Act5-42 狩り
もう今日ほとんど終わりやん←汗
どうにも筆が乗らなくて、こんな時間に←汗
明日は気をつけます。
ゆっくりと息を吐く。
力を込めるのではなく、逆に力を抜く。腕の力だけで引くのではなく、全身の力を使う。腕と体は繋がっている。体と脚も繋がっている。その繋がり合う部分をうまい具合に使って引く。
吐息は白くはない。森の中に残っていたまだ白い雪を口に放りこんでいたから、吐息に色はつかない。だから気づかれることはない。
狙うのは一点だけ。ちょうど目と目の間だ。呼吸を整え、呼吸を合わせる。自分だけの呼吸だけじゃない。相手との呼吸も合わせて放つ。
まだ相手はこちらを見ていない。露わになった地衣を食んでいる。周囲には他の獲物はいない。子供連れであれば、狙わない。けれど子供はいない。まだ若い雄だ。おそらくはまだ子を為してはいない。だからこそ狙える。
弓を引くのは放つ寸前でいい。そう教えられたけれど、なんとなく構えていた。そう、なんとなく、あいつはもう──。
「……ごめんな」
こっちを向くだろうと思った。そして実際あいつはこっちを向いた。同時に矢を放つ。目と目の間に矢が突き刺さった。静かに獲物は倒れ伏した。振り返ったのと同時だったから、自分が死んだということさえにも気づいていないはずだ。
「ふむ。見事だ」
ライコウ様の声。見ればライコウ様は倒れ伏した若い雄のバンマーのそばで検分している。
「即死ではあるが、生きてもいる。うむ、見事だ、カレン殿」
倒れ伏したバンマーの胸に手を当てながら、ライコウ様は頷かれた。
「ありがとうございます」
ライコウ様の元に歩み寄りながら、頭を下げた。とんでもない試験ではあったが、どうにか合格を貰えたみたいだ。
「わぅわぅ、ぱぱ上すごいの」
隠れていたシリウスが目をキラキラと輝かせながら言ってくれた。ほんの少しだけ気恥ずかしいけれど、娘に褒めてもらえたのは純粋に嬉しい。
「ありがとうな、シリウス」
「わぅん」
シリウスが嬉しそうに笑った。その笑顔でだいぶ心が軽くなる。いまさらのことだけど、命を奪うのはやっぱり胸が痛くなる。……数えきれないくらいに命を奪い続けているくせに、なにをいまさらと自分でも思うけれど、こればかりはどうあっても慣れてはくれない。殺すことには慣れても、胸の痛みにはどうあっても慣れない。それが俺の性分なのかもしれない。
とはいえ、それが悪いというわけじゃない。ライコウ様が言うには、それが正常の反応だということらしい。まずいのは殺すことを楽しんでしまうこと。命を奪う行為に快楽を得てしまうことが、一番まずいという話だ。その意味はなんとなく理解できる。
生命というものは、基本的に他者を食い物にして生きる。自分以外の命を、血肉を食らって生きている。あたり前のことではあるけれど、そのあたり前を実感できていない人は結構多いと思う。
スーパーマーケットで並んでいる肉やら魚やらも、加工されてパックに詰め込まれる前までは、ちゃんと生きていた。でも生きたままでは食べることはできない。だからこそ殺して、その死肉を加工し、加工した死肉を調理して食べる。
あたり前のことだ。でもそのあたり前をこうして狩りという形で俺は実感している。倒れ伏すバンマーは少し前までは生きていた。でもいまはもう死んでいる。いや死んだと自分で思い込んでいる。それこそがライコウ様の試験だった。
「獲物を生きたまま即死させよ」
言われたときは、なにを言っているんだろうと思ったけれど、そんなライコウ様の言葉にマモンさんはなるほどと頷いていた。
「カレンさんはもうそこまでのことを求められるようになりましたか」
そう言ってマモンさんはどこか嬉しそうでもある。正直マモンさんが言っていることも、よくわからなかった。というかこの人たちは正気なのかなと思ったほどだ。
けれどライコウ様もマモンさんも、そのおかしなことを実践させようとしてきた。実践することはいいんだが、いまひとつ意味がわからなかった。
そもそも即死しているのだから生きているわけがない。でもライコウ様もマモンさんも、まるであたり前のように語っている。こればかりは意味がわからなかったので、どういうことなのかを尋ねるとふたりはそれぞれの顏を見合わせると言った。
「手本を見せた方がいいでしょうか?」
「であるな。要領がわからなければ、さすがにやりようもないだろうし」
「ですね。では、僭越ながら私が」
「うむ、頼むぞ、鬼王よ」
ふたりの間での会話はとんとん拍子に進み、マモンさんが「生きたまま即死させる」という方砲の手本を見せてくれることになった。
その技はとても見事だったよ。
狙ったのは俺と同じでバンマーだった。そのバンマーの眉間にマモンさんは矢を放ち、命中させた。眉間に矢が突き刺さったバンマーは静かに倒れ伏す。どう見ても即死だった。
「胸に触ってみるとわかるよ、カレンさん」
マモンさんは笑っていた。意味がわからなかったけれど、言われる通り、胸に触れると心臓が動いていた。まだ動いているのではなく、止まる気配を見せないまま動き続けていた。
「これが「生きたまま即死させる」ということだ」
ライコウ様はマモンさんから弓を貸してもらうと、別のバンマーに向けて矢を放った。同じように矢はバンマーの眉間に突き刺さり、そして同じように倒れ伏す。その心臓はやはり同じように動き続けていた。
「生き物というものは、みなここに刃物が突き刺されば死ぬ。だが突き刺さり方によっては死なないこともある。例えば、針を少し突き刺しただけでは死ぬことはないだろう?」
針が少し突き刺さるだけ。まぁ、針の種類にもよるけれど、表面に軽く刺さるだけであれば、死ぬことはない。ただ頭蓋骨を超え、脳にまで達すればどんな生物でも死ぬ。
けれどライコウ様とマモンさんがしたことは、その逆だ。矢は頭蓋骨を超えてはいたけれど、脳を損傷していなかった。ただ頭蓋骨を超えたところで、バンマーはみずから死んだと思った。でも実際は死んではいない。矢が深く刺さりすぎても、浅く刺さってもこうはならない。神業と言ってもいい技だった。それをライコウ様は俺にやれと言われた。無茶がありすぎますと言ってもライコウ様は頷いてくださらなかったのでやるしかなかった。
とはいえ、実行し始めたのは翌日からだ。その日はライコウ様とマモンさんが獲ったバンマー二頭で十分だった。むしろ一頭だけでも十分すぎるほどだったのが、二頭になったことで夕食はだいぶ豪華なものになった。
マモンさんが言うには冬を越すにはひとりにつき、バンマーの肉が二頭分は必要らしいけれど、冬は通りすぎたけれど、アジュールには結構な人数がいるから、バンマー二頭分の肉ではすぐに食べ終えてしまうそうだ。だから狩りは毎日しないといけない。
余ったところで水の魔法で凍らせて、アイテムボックスに突っ込んでおけば腐ることはないから、多く獲ったところで問題はない。
それでも生きるために殺すということを忘れてはいけない。それをマモンさんとライコウ様には徹底されていた。
そうしてこの一週間毎日バンマーを狩り続けたのだけど、今日どうにか形にすることができた。
「まぁ、今晩はこれで足りるな。なかなかのバンマーであるし、鬼王からの報告を聞くにはちょうどいい獲物だな」
ライコウ様はバンマーを担ぎ上げながら言われた。バンマーを担ぎ上げることはさすがに俺では無理だ。それをあっさりと為してしまうところが、ライコウ様の格外さを伺える。
「今日はごちそうなの?」
「ああ、そうだな、ごちそうだよ。ぱぱ上が頑張ってくれたからな」
ライコウ様はシリウスの頭を撫でている。バンマーを担ぎあげながらよくできるなぁと思う。まぁ、ライコウ様だからなと思いつつ、俺はシリウスを抱きかかえ、ライコウ様の後を追いかけた。




