Act5-37 闘騎
本日八話目です。
「さて、ルルドの暴走は置いておくとしてだ。ルルド」
「は、はい」
「なんで金を欲しがったんだ?」
ルルドがつまらない冗談を言っていたけれど、それも取りやめさせたから問題はなくなった。
でもマモンさんにとっては、まだ問題はあるみたいだ。スパイダスさんとの遊びで、「グリード」の子供たちにとって一番人気があるのが、「レ―ス」と言われるもの。スパイダスさんが教えてくれなかったことだけど、ルルドが洩らした「レース」こそが、その一番人気の遊びであるのは間違いない。そしてその遊びはマモンさん曰く子供の小遣い稼ぎレベルではすまなくなるらしい。
いったいなにをしているんだろう? というかなにをすればそれだけ稼げるようになるのかが俺にわからないよ。
考えられるとすれば、売り物になるものをスパイダスさんと一緒に遊びとして作っているってことなんだろう。それも小遣いレベルでは済まなくなる金額、つまりはかなりの高給品になるってことだと思う。
考えられるとすれば、スパイダスさんの糸かなって思う。俗にいう「スパイダーシルク」を作っているんじゃないかな? 厳密に言えば、スパイダーシルクは蜘蛛の遺伝子を導入させた蚕の絹糸のことだから、スパイダスさんの糸が絹糸になるってわけじゃない。
ただそれはあくまでも地球での常識だ。この異世界であれば、蜘蛛の糸からスパイダーシルクを採れるのかもしれない。
かなり無理がある推論ではあるけれど、スパイダスさんと協力する遊びで、金を稼げるものとなれば、スパイダーシルクくらいかなと思うんだよね。
でも、それがどうしてレースになるのかがわからない。レースってことは競争でしょう? 競争が成立するスパイダーシルクを採取する方法ってなんだろう?
「答えろ、ルルド。「鬼絹」を求めた理由はなんだ?」
マモンさんが目を細めていた。「鬼絹」がこの世界で言うスパイダーシルクのことなのかな? それとも「鬼の王国」ではスパイダーシルクをそう呼んでいるんだろうか? どちらにしろ、ルルドが絹を作っていたことは、スパイダスさんと協力して絹を作っていたことは確定したようなものだ。
ただマモンさんが言うように、スパイダーシルクこと「鬼絹」を作っている理由はなんだろう? ルルドはまだ十歳児。十歳の子供が大金を欲するようなことってなにがあるかな? 地球であればゲーム機が欲しいって言うのであれば、まだわかるんだ。
でもこの世界にはゲーム機なんてものはない。ならルルドはいったいなにを欲しがって金を稼ごうとしていたのやら。
「それは」
「……おまえが「鬼王軍」に入るのではなく、冒険者になりたがっていることに関係あるのか?」
ルルドが息を呑んだ。驚いた顔でマモンさんを見つめている。マモンさんはため息混じりにやっぱりかと言っていた。マモンさんにはもともとあたりがあったということなんだろうか。
しかし冒険者ねぇ。俺としては冒険者よりも、「鬼の王国」で親父さんと同じように騎馬隊の将軍になった方がいいと思うんだけどな。
むしろ冒険者よりも騎馬隊の将軍の方がカッコよくないかな? 冒険者よりも給料はいいだろうし。もっとも冒険者でも高ランクの冒険者であれば、それこそ年間で星金貨も夢ではないくらいに稼げるんだけどね。
けれどそれはあくまでも一握りの冒険者だけだ。一般的な冒険者はその日暮らしがやっとっていうパターンが多い。
稼ぎを増やすために無理をして体を壊し、結果冒険者を廃業するという新人も多いとククルさんが以前言っていたことがあった。
「才能があるからとはいえ、すぐに稼げるようになるほど冒険者は甘い職業ではありません。むしろ才能があるからこそ、早死にしやすい職業です。新人のうちは堅実な仕事をするのが、冒険者として成功する第一歩です」
ククルさんは口が酸っぱくなるほどに注意をしてくれていた。ギルドマスターになるまでは、うるさいなぁと思っていたこともあったけれど、ギルドマスターになったいまは、あの言葉の意味がよくわかる。
うちのギルドで冒険者になる新人もそれなりの数がいるんだけど、大半は一か月も持たずにやめてしまうんだよね。理由は様々だけど、思っていた以上に冒険者を続けるのが大変だったというのが、大半の新人が廃業を選ぶ理由だった。
冒険者は高ランクになれれば、それこそ英雄視されることもあるけれど、そこに辿り着くのは生半可な道じゃにないんだ。俺もBランクの冒険者だけど、英雄視されているかと言われると、首を傾げるしかない。
それでも冒険者を目指そうとする新人は多い。ルルドもその口なのかな? ルルドがどの程度の力を持っているのかはわからない。いまはそこまで強いとは思えないけれど、オーガの血を引いているのであれば、将来性はあるんだと思う。
だからと言って、将軍よりも冒険者を選ぶのはどうかなと思うんだ。将軍になれるかどうかはわからないだろうけれど、少なくともお父さんの後を継げる可能性はあるんだから、高ランクの冒険者になるという博打を打つよりかはまだ手堅いとは思うんだけどね。
「……なりたいんだもん」
「なににだ?」
「「闘騎」みたいになりたい」
マモンさんが目をわずかに見開いた。でも、その名前はマモンさんには禁句じゃないか? だって「闘騎」は先代「七王」を、マモンさんの親を討った相手であり、マモンさんにとってみれば親の仇なんだ。その「闘騎」に憧れるということは──。
「鬼王さまが「闘騎」を嫌っているのは知っているよ。でも、俺は「闘騎」みたいになりたい! 人の身でありながら、「七王」さまを倒せるようになった「闘騎」のようなすごい冒険者になりたい!」
ルルドの目は強い意志を宿していた。なにを言っても聞いてくれそうにない目だ。もしかしたらルルドのお父さんも、説得を諦めてしまっているのかもしれない。ルルドの目はもう誰がなにを言っても聞いてくれない目をしていた。
「……「闘騎」が、いや、ベルセリオスと「六聖者」どもが「魔大陸」において、どういう扱いを受けているのかわかったうえでの言葉なのか? ルルド」
「……はい。わかっています。それでも憧れました。強い相手に憧れる。それが「鬼の王国」であたり前のことでしょう!? たとえそれが先代様を討った相手であっても!」
ルルドは真剣だった。マモンさんはなにも言わない。すでにその拳は強く握りしめられていた。その拳が放たれるのは時間の問題だった。
「……子供に手をあげるのは、王としては立派なことかな、鬼王よ」
ライコウ様がじっとマモンさんを見つめた。ライコウ様のことはマモンさんとルルドたちには伝えてある。ライコウ様の言葉にマモンさんはなにか言いたそうな顔をしていたけれど、小さくため息を吐いた。
「「闘騎」は強かった。槍の腕もそうだが、騎乗の技も相当のものがあった。ルルド、おまえはあまり騎乗が得意ではないそうだが、騎乗の技が苦手では「闘騎」のようにはなれん。武術の稽古をするのも当然だが、騎乗の稽古も怠るなよ。おまえの父は騎馬隊の将軍の中で、もっともうまく馬を扱うことができる。「闘騎」のようになりたくば、父から手ほどきを受けるといい」
マモンさんはそう言って握りしめていた拳を解き、ルルドの頭を撫でた。ルルドは一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに「はい」と力強く返事をしていた。
でもルルドとは違い、マモンさんの目は悲しみを帯びていた。悲しみを帯びながらも、その目は決して怒りに染まってはいない。ただ深い悲しみに目が染めつくされていたんだ。
続きは二十時になります。




