Act0-49 初めての…… その五
PV4200突破です!
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数日後、つまりは今日の朝。俺はモーレと一緒に、森に来ていた。
「エンヴィー」のすぐ近くに広がる森は、深部はかなり薄暗く、そこを根城にしている危険度の高い魔物がいるそうだが、深部にまで行かなければ遭遇することはない。なので今回の依頼では、遭遇することはない。
なにせ俺たちの目的地は、森の入り口付近にある群生地だ。繰り返しになるが、森の入り口付近には、危険度の高い魔物は生息していない。いるのは、危険度の低い魔物だけ。せいぜいがFランクの魔物だった。もっともFランクとはいえ、油断をするわけにはいかない。Fランクだからと高を括って、群れられたら、危険度は一段階上がってしまう。つまりは、Eランク相当の危険度になるってことだ。
一般人が相手できるのは、せいぜいがFランクまでと言われているから、Eランクになってしまったら、手のつけようはない。俺はCランクの魔物を「討伐」できるので、FランクがEランクになろうと問題はなかった。
それでも慢心はするべきではない。一瞬の慢心が、大敗に変わることは、十分にありえる。気を引き締めて、俺はモーレと森の入り口に立っていた。
「今日はよろしくね、カレンちゃん」
モーレはいつものエプロンドレスを身に着けて、腰にはアイテムボックスを装備していた。アイテムボックス自体は、この世界では、わりと一般的なものだった。もっとも性能はまさにピンキリだ。エンヴィーさんに貰ったもののように上限のないものから、小物類を入れられる程度の、子供の小遣いでも買えるものまであった。モーレが身に着けているのは、下から数えた方が早い性能ではあるけれど、そこそこの量が入るものだった。具体的に言えば、一般的なロングソードを二、三本収納できる程度と、一般人が買えるものでは、最高ランクのものだ。値段はたしか銀貨七十枚くらい。行商人御用達のアイテムボックスだ。
「ずいぶんと、性能のいい奴を、装備しているね」
俺が持っていたものに比べると、完全な下位互換でしかないが、それでも子供が持っているレベルのものではない。
「うん、父さんが持って行けって、渡してくれたんだ」
モーレはくるりと回転し、まるで見せつけているかのような、盛大なドヤ顔を浮かべてくれている。まるで子供の頃に熱中したミニ四駆で、友達は自分でカスタマイズしているのに、ひとりだけ親の、金を懸けたうえに徹底的なカスタマイズしたマシンをもち出してきたときのような、「おまえたちとはレベルが違うんだよ」というような顔を浮かべてくれている。うん、あれは腹が立ったなぁ。普通にぶち抜いてやったけどね。
それに比べれば、モーレのドヤ顔はまだかわいらしい。背伸びをしたいお年頃っていうのは、誰しも通ってきた道だ。そしてモーレはちょうどその時期なのだから、温かく見守ってあげるのが先達の役目だろう。
「そっか。これならたっぷりと採取できるね」
「あ、うん。そうだね」
それまでのドヤ顔から、モーレは不思議そうに首を傾げた。毒気を抜かれたと言うか、俺の反応が思っていたのと違い、拍子抜けしていた。
たしかにモーレの装備していたアイテムボックスは、一般人が買えるものであれば、かなりの高性能なものだ。しかしそれはあくまでも、「一般人が買える」ものでしかない。
冒険者用のアイテムボックスは、最低価格のものでも、モーレのアイテムボックスよりもはるかに高性能だ。なにせ一般的なロングソードは、二、三本どころか、十本は入る。そのうえ、替えの下着やら食糧、薬などのもろもろを入れられるのだから。
もっともロングソードを十本も入れる人なんて、めったにいない。せいぜい予備用の武器を一本入れておく程度だ。じゃないと旅の必需品しか入らなくなってしまう。採取した薬草や「討伐」した魔物の素材を入れるために最低価格のものでも、それだけの容量があるんだ。それを予備用の武器のためだけに食いつぶすっていうのは、どう考えてもバカだ。というか、どれだけ心配性なんだろうって話だ。
とにかく、冒険者にとって、モーレのアイテムボックスは、大した性能ではないということだ。そもそも容量の上限なしのアイテムボックスを持っていた俺にとってみれば、ロングソード二、三本程度の容量なんて、子供だましだ。
でもそれを自慢げにしているモーレは、実にかわいらしかった。バカにはする気はない。一般人と冒険者の差が如実に表れているというだけのこと。それにモーレのアイテムボックスは、一般に買えるもので、高性能であることには変わりない。
加えて、俺はアイテムボックスを壊してしまったから、大した容量ではなくても、モーレのアイテムボックスが、有用であることは事実。あえて事実を口にする気はない。子供の夢っていうものは、壊すべきものじゃない。なんて大人ぶりながら、モーレの頭を撫でた。
「さて、それじゃ行こうぜ。群生地は近いし、さっさと終わらせよう」
「あ、うん。そうだね」
モーレはいまいち納得していないようだったが、依頼を早く終わらせたいというのは、俺と共通している。朝、宿屋はそう忙しくない。宿泊客の朝食を用意しなくてはならないけれど、それもとっくに終わり、部屋の掃除や朝食の片付けをしている時間帯だった。
掃除は旦那さんやモーレのお兄さん、朝食の片づけはおかみさんやモーレのお姉さんがしている。普段であれば、モーレも朝食の片づけをしているそうだが、モーレが絶対に必要ってほどではないそうだ。
だからこそ俺と一緒に森にまで来られているわけだ。ただそれも朝であればの話だ。昼の時間からは、宿屋だけではなく、食堂としても開かれる。その時間帯からは、モーレは必要になる。つまりはそれまでには終わらせなければならない。
実際、おかみさんや旦那さんからは、昼までには帰ってきてほしい、と言われていた。群生地は森の入り口付近とはいえ、魔物が跋扈する森の中にあるのだから、魔物の相手をしつつ、薬草を採取するとなると、それなりに時間はかかる。一日かかる仕事ではないが、少なくとも魔物の相手と採取、そして街との往復で、数時間は確実にかかる。あまりぐすぐすしていると、昼の営業に間に合わなくてなってしまう。それはおかみさんたちに言われるまでもなく、わかっていたし、モーレ自身も承知していたことだった。
そして森の入り口で問答をしている余裕がないことも、モーレはわかっている。俺の反応に納得できていなくても、その間にも時間は経ってしまう。その時間が惜しいと考えるのは、商売人としてはあたり前の感覚だろう。つまり、時は金なりってことだ。
幼いながらにも、時間が有限であることをわかっているあたり、モーレは将来いい商売人になれるんじゃないかな、とひいき目で見つつ、モーレと手を繋いで、森の中に入った。
群生地は本当に森の入り口付近にあり、ギルドの調査でも、危険度の高い魔物の存在は確認できなかったということだった。それでも念のために周囲の確認を怠ることなく、モーレを連れて群生地へとまっすぐ向かった。




