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Act5-33 翻弄されてしまいました

 本日四話目です。

 スパイダスさんは家の中にあった複数ある岩のうち、一番大きなものによじ登り、腰を降ろした。


 腰を降ろす際に、よっこいっしょとか言っていたので、恐らくはあの岩はスパイダスさんにとってはソファーのようなものなのかもしれない。


 見れば、スパイダスさんのご家族はそれぞれ岩によじ登っていた。ただ奥さんの姿が見えない、と思っていたら目の前にオレンジ色の丸い物体が置かれた。奥さんがにっこりと笑っている。


「つまらんものですが、どうぞ」


 スパイダスさんは丸い物体を勧めてくれた。勧められるままに丸い物体を手に取り、少し齧ると柑橘類の爽やかな香りと甘い蜂蜜の味が広がった。


「この森で採取できる蜂蜜とレジンの果肉を混ぜ合わせたものです。家内自慢の料理ってところかな」


 スパイダスさんは穏やかに笑いながら、翅を器用に使って、背中にいるシリウスに食べさせてくれていた。


 シリウスは目を輝かせながら、スパイダスさんの奥さんの料理を食べていた。


 スパイダスさんの奥さんは笑っている。たぶん嬉しいんだと思う。ライコウ様の前にも同じものを置くと、ほかのご家族のもとにも同じものを配られていく。


 配り終わるとスパイダスさんの後ろで立ち尽くし、スパイダスさんになにかを言っていた。人語ではないから、俺も理解できないのだけど、スパイダスさんは奥さんの頭をもう片方の翅で撫でていた。奥さんはいくらか恥ずかしそうだ。


「家内は、急だったのでこのようなものしか用意できず、申し訳ないと言っております」


「いえ、そんなお気になさらずに」


「その通りだ、奥方よ。突然訪問した我らにこそ非がある。気になさらずともよい。それにだ。これはなかなか美味い。不躾な訪問に関わらず、これほどの品を振る舞っていただけたのだ。あなたが気にやむことではない」


「わぅわぅ、これ美味しいの。ありがとう、おばちゃん!」


 奥さんの謝罪に俺は慌て、ライコウ様はとても美味しそうに奥さんの手料理を食べ、シリウスは目をキラキラと輝かせながら、奥さんを見つめていた。すると奧さんは翅で顔を隠してしまう。よく見ると脚が赤いような。どうやら恥ずかしがっているみたいだ。蜘蛛と蛾のハイブリッドな存在なのに、仕草がかわいいです。


「うちの家内はかわいいでしょう。でも、あげませんよ?」


「いや、嫁はもういますので」


「第一盗ろうとしても、そなたと奥方の仲は引き裂けそうにはない」


 スパイダスさんは冗談混じりに言っていた。奥さんも笑っているようだった。ふたりだけじゃない。スパイダスさんのご家族はみなさん笑っている。ただ一番上のお子さんだけは恥ずかしそうに俯いている。


「パパもママも人前でやめてよ、もう」


 見た目じゃわからなかったけど、どうやら年頃のお嬢さんのようだよ。ほかのお子さんはまだそういう年頃ではないからなのか、ご両親のやりとりを見ても笑っているだけだった。


「わぅ? なんでお姉ちゃんは嫌がっているの?」


 シリウスは長女さんが恥ずかしがるのが不思議で仕方がないみたいだ。


 そんなシリウスに長女さんは嫌がってはいないと言った。


「ただ恥ずかしいだけだよ。シリウスちゃんだっけ? あなたもあなたのパパさんとママさんが人目も憚らずにイチャイチャしているのを見たら──」


「わぅ? 今朝見たよ?」


「え?」


「お外でね、ぱぱ上の上にレアままが重なって眠っていたの」


 シリウスの言葉に長女さんの表情が凍りつく。そして信じられないものを見る目で俺を見つめていた。どうにも勘違いをされているみたいだ。スパイダスさんもカレンさん、やるなぁとか言っているし。


「……違いますよ? 勘違いしているでしょうけど、変な意味では──」


「それでレアままにね、赤ちゃんできたのって聞いたら──」


 しーりーうーすーちゃーん!? 空気を読もうねぇーっ!?


 というか、なぜに話を続けていますかねぇ!?


 その話はしなくていいんだよ!? もう言わなくてもいいんだよ!?


「わぅ? なんで?」


 こてんと首を傾げてくれるシリウス。くっ、このかわいい天使め! いつまでも俺がやられっぱなしだと思ったら、大間違いだぞ!  今日こそはきちんと躾をしてやらにゃいかん!


「だ、ダメなものはダメだ! 言うことを聞かない子にはお仕置きを──」


「……シリウス、悪い子?」


 シリウスが涙目になりました。


 ……ダメだ! 流されちゃダメだ! 今日こそは「ぱぱ上」らしくお説教をだね。


「悪いことをしてごめんなさい。悪い子でごめんなさい」


 ぽろぽろと涙がこぼれていく。良心の呵責がヤバい。そ、それでも今日こそは。


「ごめんなさい、ぱぱ上」


 しゃくりあげながら謝るシリウス。……泣き落としが俺に通じるなんて思うんじゃない! そんな古典的な方法に引っかかる俺だと──。


「ごめんよぉ、シリウスぅー!」


 気づいたときにはシリウスを抱き締めていました。


 ……笑えよ。笑いたきゃ笑えばいいよ! 愛娘の泣く姿を見るくらいであれば、いくらでも道化にでもなってやろうじゃないか!


 親バカ? それがなんだ? 愛娘の笑顔と引き換えであれば、親バカにだってなってやるぜ! それでこその俺なのだから!


「……カレンさんも結構親バカなんだな」


 ぼそりとスパイダスさんが言ってくれた。親バカのなにが悪いと言うのだろうか? というか、「も」ということは、スパイダスさんも親バカってことなんだろうね。まぁ、他人の子供を相当にかわいがっている時点で、自分の子供であれば、なおさらだろうからね。


「まぁ、いいか。とりあえず、森の異変について、そろそろ話をしようか?」


 スパイダスさんが咳ばらいをし、本題を切り出した。

 続きは十二時になります。

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