Act5-32 スパイダスさんと子供
本日三話目です。
スパイダスさんの家は遠めから見た通り、蜘蛛の巣がいくつも張り合わされてできたものだった。
近くにある大木を利用して柱と天井代わりにし、二つの大木の間にあっただろう繁みを取り払い、蜘蛛の巣によって頑丈な壁を構成するという、ちょっと強引かつ豪快な方法で家を建てているみたいだ。
蜘蛛の巣をいくつも張り合わせているからなのか、ぱっと見大きな繭みたいだよ。
加えてかなりサイズが大きい。これなんの虫の繭だって思うね。実際俺はいまそう思っているもの。新種の虫が羽化しようとしているのかと思ったよ。
そんなスパイダスさんのお家を見て、シリウスは例のごとく尻尾をフルスロットルです。
どうやらスパイダスさんの野性味あふれるお家に感激しているみたいだ。正直な話、感激する要素がどこにあるって話なんですけどね?
でもシリウスにとっては感激するくらいのいいお家のようだ。そこは人と魔物の差なんですかね? 微妙なところで感性の違いがあるみたいだ。
実際シリウスは無類の胸好きであり、俺は無類の胸嫌いという違いがあるし、その時点で感性には違いがあるからいまさらって話なんですけどね。
「わぅわぅ、スパイダスさんのお家すごいの!」
スパイダスさんの背中の上でシリウスは上機嫌になっている。が、アルトリアが見たらたぶん気絶しそうな状況だね。むしろこの状況でアルトリアが卒倒しないとかありえないと思うんですよね。
だってあのアルトリアですよ? あのアルトリアが巨大蜘蛛の背中ではしゃぐシリウスを見て卒倒しないわけがないもの。むしろ卒倒するに決まっている。
いつもであれば、心配しすぎだと思うけれど今回ばかりは俺も心配してしまう。ただそれはあくまでもスパイダスさんがかなりの巨体の持ち主だからだ。
あの巨体の背中から落ちたら、まず間違いなく怪我をしてしまう。プライドさんに天空肩車をされたときは一瞬目を疑った。というか頭の中が真っ白になってしまった。
それでもプライドさんはきちんとシリウスをキャッチしてくれた。キャッチし損ねていたら、シリウスは間違いなく死んでいただろうけれど。
とはいえ今回は怪我ですむ。落ちたところで死ぬわけじゃない。けれど死ぬくらいの高さの方がかえって心配しないというか。助かるけれど怪我をする高さの方がかえって心配してしまうんだよね。
実際落ちたら死ぬ高さの方がかえって怖くなく、落ちたら確実に怪我をする高さの方がかえって怖いというのもあるんだよね。俺はぶっちゃけそういうタイプだ。東京タワーの展望台の床で、一部ガラスになっているところとかわりと好きだもの。逆に学校の校舎の三、四階から下を眺めるのは結構怖いんだよね。やっぱり落ちたら諦められる高さとそうではない高さの違いって結構大きいと思うんだ。
とにかくだ。現在シリウスはそういう高さにいる。そのことが俺には心配でたまらない。アルトリアはそれに加えてスパイダスさんという得体のしれない存在の背中に愛娘がいることが心配になるだろうね。
アルトリアは自分が認めない者はなにがあっても認めないという、厄介な性格をしているからか、スパイダスさんみたいな一見恐ろしそうな魔物は確実に拒絶するだろうし。実のところ、スパイダスさんはかなりのナイスガイだ。話をしてみるとそれがよくわかる。
聞けばスパイダスさんは子持ちかつ奥さんがいるみたいだ。家族はスパイダスさん自身の親御さんを含めて、八人の大家族らしい。子供さんは四人いて、スパイダスさん同様に特殊個体らしい。奥さんと親御さんは通常の個体らしいけれど、スパイダスさんが言うには奥さんも親御さんも優しい人たちらしい。
「まぁ、さすがに俺みたいに人語を介することはできないが、取って喰うようなことはしないさ」
スパイダスさんは豪快に笑っていた。ちなみにスパイダスさん曰く、スパイダスという種族はその見た目とは違い、草食の魔物であり、他者の肉は受け付けない体をしているらしい。見た目はほぼ蜘蛛なのに、食性は蛾というか、その幼虫っぽいようだ。そしてなによりも驚いたのは──。
「そうか、今年はいつもよりも早く北上したのか。「グリード」のガキどもがまた来年とか言っていたけれど、あれはそういう意味だったんだな」
森に入った経緯を伝えるとスパイダスさんはしみじみと頷いてくれたよ。「グリード」に住まう子供たちの大半は、スパイダスさんのいるこの森を遊び場にしているのはマモンさんから聞いていた。
けど、その遊び相手をスパイダスさんがしているとは聞いていなかった。そう、スパイダスさんは「グリード」の子供たちの遊び相手をしてくれているみたいだ。話を聞いたときは本気で驚いたよ。
「そりゃぁ、遊ぶ内容が特殊だからな。大人には内緒にしているのさ。というか大人には内緒になと言ってあるんだ。あいつらは律儀にもそれを守ってくれているみたいだな。まったくかわいい奴らだよ」
子供たちとの遊びを思い出して、スパイダスさんは笑っていた。遊ぶ内容は日によって様々で、スパイダスさんが吐き出した糸を、木々の間に張り巡らせて滑り台のようにするときもあれば、スパイダスさんの背中に乗っての空中散歩をすることもある。
でも一番のお気に入りの遊びがあるそうだけど、その内容まではスパイダスさんは教えてくれなかった。
ただ子供たちとのことを話すスパイダスさんは、蜘蛛だから表情はわかりづらいが、その目はとても穏やかでそして優しかった。シリウスと触れ合っている姿でわかってはいたけれど、スパイダスさんは相当の子供好きだった。
「子供は大切にしないといけないだろう? 子供は未来を作るんだ。それは人であろうと魔物であろうと変わらない。未来を作る子供は、可能性に満ち溢れた子供はまさに宝だからな。お宝は大切に守るのが当然だろう?」
スパイダスさんは器用に翅を使って背中の上にいるシリウスの頭を撫でながらそう言ってくれた。その言動でシリウスからの信頼を完全に勝ち取っていた。だからこそシリウスはあそこまではしゃいでいたわけだ。
俺自身その言動が嘘だとは思えなかった。アルトリアであれば、それでも疑いかかっていたんだろうけれど、俺にはスパイダスさんを疑う気はない。
これでいままでの話がすべて嘘であったら、それこそ俺は人の善意を信じられなくなってしまいそうだもの。
「さて、まずはうちの家族を紹介するよ。おーい、帰ったぞー」
スパイダスさんが家に向かって声をかけると、入り口からぞろぞろとスパイダスさんを二回りほど小さくしたスパイダスたちが、スパイダスさんのご家族が現れた。
「客人のカレンさんたちだ。みんなよくしてあげてほしい」
一家の大黒柱たるスパイダスさんの言葉に、スパイダスさんのご家族は揃って返事をしていた。奥さんと親御さんは了承というようにぴゅーと糸を噴き出していた。
「さて、それじゃ話し合いと行こうか。この森の異変についてな」
スパイダスさんは、ご自宅に俺たちを招待した理由を口にした。
続きは九時になります。




