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Act5-27 プレゼントと進化

「さて、どうしたもんかな?」


「ふむ」


「起きたらすぐに渡せばいいだけだろうが!」


「それだといままでなんで渡さなかったのかってことになるって言ったでしょう?」


「おまえの事情など知らん!」


「まぁ、そう言うな、マーナ。ここは我らが主に知恵を貸すのもだな」


「私の主はシリウスであって、この女ではありません!」


「娘を主と言うのはどうなのだ?」


「そういう親子がいてもいいじゃないですか、ガルム様!」


 マーナとガルムが穏やかな夫婦喧嘩をしている。


 基本的にはマーナが噛みつき、ガルムが冷静に嗜める。


 これはこれでお互いに補い合っているみたいだ。


 思えば「エンヴィー」郊外で戦ったときもガルムはかなり冷静で、マーナは感情的になりやすかった。


 その性格は死んでも変わることはないようだ。単純にマーナは忘れられていたことで怒っているというだけのことかもしれないけども。


「まぁまぁ、マーナ。あまり怒らないでよ」


「私が怒っているのはおまえのせいだろうが! そもそもなぜ私のことを忘れるんだ!? ガルム様のことは憶えていたというのに!」


「いや、渡したくてもタイミングがなくてね?」


「そんなものはさっさと渡せばよかっただけだろうが!」


「わからない人だなぁ。タイミングがなかったんだってば」


「そんな事情など知らんわ!」


 マーナが唸りながら物理的に噛みついてくるけど、マーナの額に手を当てて押さえ込む。マーナはじたばたとするけど、それ以上は踏み込めなくなっていた。


「何度も言うけど、シリウスに喜んでもらうためなんだからさ」


「むぅ」


 シリウスを引き合いに出すとマーナは黙りこんでしまう。


 ガルムは苦笑いしているけれど、マーナに対してはシリウスを引き合いに出すと基本的には大人しくなる。


 やはり自分の子供には弱いようだ。俺も人のことは言えないけどね。


「ここまで遅れてしまったのだ。ならもう少し時間が空いても大した違いはなかろうよ、マーナ」


「違いはあります! 私がシリウスと一緒にいられる時間が増えるか増えないかという大きな違いが!」


「たしかにそうではあるが、いま渡すよりも、どうせなら祝いとして渡す方がシリウスは喜ぶと思うのだが?」


「祝いですか」


「ああ。なにかしらの祝いとして渡し、我らが戻ってきたとあれば、あの子はより愛らしい笑顔を──」


 ガルムは冷静にマーナを説得していく。ガルムって根気強いなぁとしみじみと思うよ。


 感情的になりやすいマーナを、必要以上に刺激しないよう、冷静に注意深く話をするのだから。上に立つ存在というのは、こうあるべきだというお手本を見せてもらっているようだよ。上に立つ存在に関して言えば、人も魔物も変わらないんだな。


 そうしてガルムの話を聞くマーナはというと──。


「なにをしているのですガルム様、それとカレン! シリウスに渡すタイミングを考えなきゃいけないのに、時間を浪費しないでください!」


 ……いつの間にか正座になり、いくらか興奮した面持ちになっている。耳はぴこぴこと動き、尻尾はちぎれんばかりのフルスロットルだ。


 ……シリウスもテンションが上がるとこうなるけど、マーナからの遺伝だったんだ。本当に似た者親子なんだなぁ。


「我が主よ。言いたいことはあるだろうが、時間は有限であるからして浪費するのはたしかにもったいない。……マーナが言うのは、まぁ我慢してくだされ」


 ガルムは苦笑いしている。本当にできた旦那さんだとこと。というか、苦労性と言えばいいのかな? 俺と同じだね。


「……カレンのどこが苦労性なのだ?」


 マーナがなにを言っているんだ、こいつみたいな顔をしているけど、あえて無視です。俺もそれなりに苦労しているもの。


 ってそんなことはどうだっていいんだよ。


 いま大事なのはシリウスにいつマーナが宿る「黒護狼」を渡すかってことだもの。


 ガルムの言うとおり、なにかしらのお祝いとしてあげたいと思うんだけど、シリウスの誕生日は知らないし、俺と会った日を誕生日にする場合、あと半年以上先になってしまう。


 ただでさえ、マーナが暴走ぎみだと言うのに、これ以上待たせたらどうなるのかわかったものじゃない。


 かといってプレゼントをするのにふさわしい祝い事ってなにがあるんだろう?


 これが地球であれば、ボーナスが出たからと言ってプレゼントを買ってあげられるのだけど、この世界にはボーナスなんて概念はない。


 そもそもあったとしても、俺はボーナスを支給する側なのだからどうしようもない。


 ……あれ? これってわりと詰みに近くね?


 正直に忘れていましたと言って、呆れられた方が傷は浅いような。


「主、まだ諦めるには早いぞ?」


 ガルムが前向きなことを言ってくれるけど、現実的に考えれば恥を承知で起きたらすぐに渡した方がいい。なにせ、贈り物を渡すのにふさわしい日がないわけなんだから。


「その日がいつ訪れるかはわからぬが、確実に渡せる状況はじきに訪れるぞ?」


「え?」


「あぁ、なるほど。たしかにもうじきというところですからね。さすがはガルム様です」


 ガルムの言葉の意味をマーナは理解しているみたいだ。


 でも俺にはさっぱりだ。なにがもうじきなんだろうか?


「ふっ、「ぱぱ上」と言われているくせにシリウスの現状を把握してもおらんとは。それであの子の親だと? 片腹痛いわ」


 マーナは俺がわかっていないことで勝ち誇ってくれた。ほかのことであれば思うことはないけれど、シリウスに関して把握していないと言われるのは、ちょっと腹が立つね。


 でも、ガルムとマーナにはわかっていることが俺にはわかっていないことはたしかなわけで、いくら腹を立てたところでその事実が変わることはない。


 むしろ腹を立てたせいで、話を聞かせてもらえない方がまずい。シリウスのために下げるべきものは下げておくべきだ。


「マーナ。あまり意地の悪いことを言うな。主と我らでは感覚があまりにも違いすぎるのだ。主が理解していなくても無理はなかろう」


「それはそうですが」


「よいではないか。我らとて少しずつあの子のことを知っていったのだ。主が同じことをして悪いわけではないのだから」


 ガルムの言葉にマーナはなにも言い返せなくなっていた。


 ガルムの言葉が正論だからこそ、なにも言い返せないんだろうね。


 むしろ正論をぶつけられて、自分の発言が子供じみたものだと思ったのかもしれない。よく見るとマーナは恥ずかしそうにしている。


「すまぬ、主。妻の非礼を詫びよう」


「いや、気にしていないよ。むしろ、反論できないな。俺はたしかにシリウスの現状を把握しているわけじゃないからね」


「いや、把握はできないと思う。魔物であれば理解できるが、人間である主には理解しろというのは無茶がある」


「そうなの?」


 魔物であれば理解できる。どうしてそんなことが言えるのか、いまいちわからない。わからないまま、ガルムは事情を話してくれた。


「シリウスはじきに進化を果たす。祝いを贈るには相応しいだろう」


 ガルムの言葉を聞いて、それはたしかに理解できないなと思ったのは言うまでもなかった。

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