Act5-22 対峙
日曜日は本当にダメだなぁ←汗
また十六時に間に合わなかった←汗
「どうにも気が抜けているみたいだな?」
翌日、いつものように訓練を受けていると、ライコウ様がため息混じりに言われた。
「集中していないわけではないんですが」
「それはわかっている。ただどうにも集中しきれていないように見えるな。なにかあったかな?」
ライコウ様はじっと俺を見つめていた。実際に見つめているのかはわからない。ただ俺に顔を向けられていることだけはたしかだった。
「恥ずかしい話ですが」
ここ最近悪夢を見ていることをライコウ様に伝えた。ただの悪夢であれば、笑い話で済むのだけど、その悪夢は喪った大切な人に殺されるという夢。実際今日も俺はスケルトン化したカルディアに殺されてしまった。昨日はレアのおかげで悪夢を見ずに朝まで眠ることができた。
けれど今日はレアがいても悪夢を見てしまった。レアを信じていないわけではない。レアが言う通り、カルディアが殺したいほどに俺を憎んでいるとは思えなくなった。実際それで胸のつかえは取れた。つかえは取れたけれど、今日は悪夢を見たことには変わりない。レアがいてくれれば見ることはないと。大切な人のぬくもりがあれば見ることはないと思っていた。実際昨日はレアのおかげで見なかった。けれど今日はレアがいても悪夢を見てしまったんだ。
別に見たからと言ってどういうということではないのだけど、単純に胸が痛かった。心が苦しかった。カルディアの声で、カルディアの姿で怨嗟の声を聞くのは心が痛くてたまらなかった。
たとえカルディアがそんな怨念を俺に向けるわけがないとわかっていても、実際に夢の中で聞こえてくるのだからどうしようもなかった。
「……それは辛いな」
ライコウ様は同情するように言われた。同情されたところで、悪夢を見なくなるわけではないのだけど、ライコウ様のひと言は正直思ってもみなかったものだ。
「どうした?」
「いえ、弛んでいるとか。情けないとか、言われるのかなと」
いままでの訓練を受けてきた限り、ライコウ様であれば同情ではなく、叱責をされるだろうなと思っていたから、まさか同情をしていただけるのは、予想外だった。
「……カレン殿は我をどういう目で見ているんだ? それでは我が血も涙もないと言っているようなものではないか」
「え?」
「……え?」
ライコウ様の言葉に、思わず素で返事をしてしまった。ライコウ様は信じられないものを見る目で俺を見ているけれど、まぁ、いいかな?
「いや、よくはないからな?」
ライコウ様はため息を吐かれたけれど、日ごろの行いじゃないですかとは言わなかった。言ったら怒られるのは目に見えていたからね。もっともそう俺が思っていること自体はライコウ様は気づかれていたみたいだったけれど、ライコウ様はそのことに関してはなにも言われなかったから、たぶん問題はないと思う。うん、思いたいです。
「まぁいい。とにかく我とて同情はするさ。……特に愛した人に恨まれるなんてな。さすがにそれは堪える。いくら強くなっても愛する人からの恨みつらみは来るものがある。そればかりはいくら強くなったところで耐えられるものではないさ」
ライコウ様はしみじみと言われた。その言葉はまるでライコウ様にも同じ経験があるというようなものだった。ライコウ様にも愛した人がいたんだろう。
天使が誰かを、特定の誰かを愛することがあるんだなとは思わなかった。だってエレーンは天使だけど、俺のことを「旦那さま」と呼んでくれている。サラ様だってシリウスのことを孫娘として愛してくださっている。あぁ、サラ様の愛情とライコウ様やエレーンの愛情は意味合いが異なるものだけど、特定の誰かを愛するという意味であれば同じだった。
その愛情が反転したものをライコウ様は知っているのだろう。いったいどういうことをすればそうなるのか、少し気にはなったけれど、俺だって人のことを言えるような状況ではなかった。
「……レアにはカルディアが俺を恨むわけがないと言われたんですけどね」
「我はその娘のことをなにも知らない。知らないが、蛇王がその娘はカレン殿を恨むことがないと言ったのであれば、それが真実だと我は思う」
「でも、実際に俺は」
ライコウ様の言うことは尤もだと思う。けれど実際に俺はカルディアに恨みつらみをぶつけられて、夢の中で何度も殺されているんだ。それだけの恨みがカルディアにはあるということだ。それだけの恨みを俺は買ってしまっているということだった。否定できる要素はなにもなかった。
「……カレン殿。目に見えるものがすべてではない」
「え?」
「目はたしかに一番の情報量を得られる器官ではある。だからこそ、その目で見えるものがすべてだと思い込みやすい。決して目で見えるものすべてが正しいというわけではない。むしろ目で見ようとするからこそ、かえって思い込んでしまう。冷静になり、よく観察すればわかることを見落としてしまう。我にはいまのカレン殿はそういう状況にあると思う。よく考えてみろ。本当にその目で見ているものがすべて正しいのかを。隠された意図が本当にないのかを。その目で、その心で確かめてみればいい」
ライコウ様はそう言って俺の頭を撫でた。ごつごつとした大きな掌だったけれど、どこか懐かしさを感じられた。親父の掌とは違う。けれどどこかで覚えがあるものだった。そのどこかがなんなのかはわからない。わからないまま、その日の訓練は終わった。
「体の傷とは違い、心の傷はそう簡単には治らん。体が辛くても心が耐えられるのであれば、いくらでも訓練は続けられるが、体が耐えられても心が耐えらないのでは訓練をするだけ意味はない。とりあえず今日は休むと言い。そしてよく考えてみればいい。我の言葉を信じるのではなく、そなたが愛したカルディアのことを信じてみればいい」
ライコウ様は笑いながら、マモンさんの弓を手に狩りに向かわれた。その背中を見送りながら、ライコウ様に言われたことを考えていった。
レアには考えすぎると言われた。ライコウ様にはよく考えろと言われた。ふたつのアドバイスは相反するものではあるけれど、そのアドバイス通りにしてみることにした。
考えすぎずによく考えてみた。矛盾していると思うけれど、実際にやってみると答えはあっけなく出た。違和感に気付いたら、あっという間に答えまでたどり着けた。
でもその答えは思った以上に悲しいものだった。実際に俺が導き出した答えの通りなのかはわからない。結果がわかるのは今夜の夢の中でだけだ。
「鬼が出るか、蛇が出るか」
シリウスが寝てから、俺はまたレアと一緒にアジュールの外で夜空を眺めながら横になった。レアはすでに俺の胸を枕にして眠っている。レアのぬくもりがとても心地いい。
「力を貸してね、レア」
眠るレアを見つめながら俺はまぶたを下した。そして──。
「カレン、カレン、カレぇぇぇン!」
俺はまた悪夢を見た。でも今日はいつもとは違う。
「決着を着けようか」
もういつもみたいに殺されはしない。そんな決意を抱きながら、俺は変わり果てたカルディアと夢の中で対峙した。




