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Act5-20 ぬくもりに包まれて

 今週は久しぶりに二話更新です。

「──モーレもカルディアちゃんも守ってあげたんじゃないよ? 大好きなあなたを助けてあげられたんだよ。だからあのふたりはなんの後悔もなかった。だから笑って旅立つことができた。大好きなあなたのためにひとつでもしてあげることができた。だからこそ笑えたんだよ? 誰よりも大好きなカレンちゃんを助けてあげられた。それをあの子たちはきっと誇ったと思うよ」


 レアの言葉はまっすぐに胸へと突き刺さった。


 モーレとカルディアにずっと守ってもらったんだと思っていた。でもレアは守ってもらったのではなく、助けてくれたんだと言った。


 意味合いはほとんど同じだ。けれど守ってもらったのではなく、助けてくれたと思うと、不思議と心が軽くなるようだった。我ながら単純だとは思うけれど、レアの言葉は実際に俺の心を救ってくれた。……実際にふたりがそう思っていたのかはわからない。


 けれどレアの言う通り、モーレもカルディアも笑っていた。笑いながら旅立っていた。それはふたりに後悔がなかったから。


 自己満足でしかない命を掛けて守ったのではなく、自分のすべてを掛けて俺を助けてくれたから。だから笑えた。笑うことができた。


 レアの言った言葉を頭の中で反芻していく。そのたびに胸が温かくなる。心の中に巣食っていた絶望が少しずつ解れていくようだ。


「……ふたりとも助けてくれたんだ」


「うん。あなたを助けてくれたんだよ。同じ意味合いであったとしても、守ってもらったではなく、助けてくれたと思った方が、まだ心は軽くなるでしょう?」


 レアは笑っていた。でも実際俺の心は軽くなっていた。ただひとつだけ言いたいことがある。


「自信満々に言っていたくせに、その言い方はどうかと思うよ?」


 そう、レアは自信満々に言っていた。まるで自分はふたりの気持ちを理解しているというかのようにだ。なのに俺の気持ちが上向きになったとたんに掌返しはさすがにちょっとひどい気がする。まぁそっちの方がレアらしいと言えば、レアらしいのだけども。


「それはそうでしょう? だって私はモーレでもカルディアちゃんでもないのだから。ふたりが本当にそう思っていたかどうかまではわからない。けれど」


「けれど?」


「なんとなく想像はできるの。だって同じ人を愛しているだもの。だから彼女たちが抱いだであろう気持ちは想像できるの。そして共感もできる。あなただからこそ、私たちは自分のすべてを懸けられるんだって。そう思えるの」


 レアは笑っていた。けれどその言葉はあまり聞きたくない類のものだ。


「……やめてくれよ。すべてを懸けるなんて言わないでよ」


 もう目の前で誰かを喪うのはごめんだ。親しい人の亡骸を抱いて泣くのはもういい。もうしたくないよ。だからレアには冗談でもそんなことは言ってほしくなかった。


「……ごめんね、「旦那さま」」


 レアがそっと抱きしめてくれた。レアのぬくもりと香りに包まれていく。とても温かく、そして落ち着く香りだった。少しだけ意識が遠のいた。


「あなたが優しい人だってことはわかっている。優しすぎるくらいに優しい人だってことを私は知っている。ううん、私たちは誰もがそのことをわかっている。誰かを傷付けるたびに心の中で泣いていることを知っている。その手を血に染めるたびに、夜中に目を醒ましていることを知っている。あなたは誰かを傷付け、その命を奪うことを平然とできる人じゃない。あなたは誰よりも繊細で、そして温かな心の持ち主だってことを私たちは知っている」


 抱きしめられる力が強まる。痛いくらいに抱きしめられるけれど、それがかえって心地よかった。意識がまた少し遠のいていく。


「そんなあなただからこそ私たちは助けたいの。すべてを懸けてでも助けたいと思えるの。あなたの在り方を尊く、そしてきれいだと思えるから。そんなあなたが愛おしいから。私たちはすべてを懸けられる。自分たちがそうしたいからしているの。だから気にしないでいいの。あなたが気に病むことはなにひとつとてないのだから」


 レアは言う。言うけれど、それは決して頷けることじゃない。なのに口が動かない。体が動かない。まぶたがひどく重い。まるで睡眠の魔法でも掛けられてしまったかのように。意識を保つことができなかった。


「ちなみに魔法は使っていないよ? ただあなたがそれだけ疲れているだけってことだもの。だから気にせずに眠って? そのまままぶたを閉じていいの。明日もすごく大変だろうから。だから夜の間はぐっすりと眠って明日に備えて。あなたが望むのであれば、私はいつだってこうしてあげる。いつだってこうして抱きしめたまま、夜をともにしてあげる。だからいまは休んでいいんだよ、カレンちゃん」


 そっと頭を撫でられる。その手つきは母さんに、記憶の中で母さんにしてもらったときによく似ていた。レアは母さんじゃない。それでもこの心地よさは母さんのとよく似ていた。まぶたが重い。開けていることができない。


「おやすみなさい、カレンちゃん」


「おやすみ、レア」


 レアの言葉に俺はそう返すので精いっぱいだった。それでも俺はみずからの意思で眠りについた。


 レアがいる。レアがいてくれるから寝るのはもう怖くはなかった。


 その温かな体が、その優しい香りが、穏やかな眠りへといざなってくれる。いざなわれるままに俺は意識を手放した。


 その夜、俺はカルディアの夢を、スケルトン化したカルディアに殺される夢を見ることはなかった。

続きは二十時になります。

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