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Act5-18 家族として

 誰もいない草原でレアが笑っている。


 その笑顔は、月と星の光に照らされた笑顔はいつも以上にきれいだった。


「……俺はレアに愛されるのにふさわしい人間じゃないよ」


 レアだけじゃない。俺は誰かに愛されるのにふさわしい人間じゃない。かなりクズな人間だもの。


 希望だけでいいと思っているくせに、求められれば関係を持ってしまう。


 目的のためであればなんだってしてしまう。アルトリアを騙したのもそうだ。


 そしてなによりも俺は守りたいと思った人を守れたことがない。モーレもカルディアも揃って目の前で喪った。俺が弱かったから。自分よりも弱い相手にしか勝てない俺がいけなかった。


 そんな俺なんかレアに愛されるような存在じゃない。レアにはもっとふさわしい相手がいると思う。……誰だよと聞かれると答えようはありませんけども。


 でも探せばきっと俺なんかよりもふさわしい相手はいると思うんだ。


 それはレアだけじゃなく、プーレだって同じだ。俺なんかよりも幸せにしてくれる相手がどこかに──。


「……本当、呆れるくらい自己評価が低い人ですよね、「旦那さま」は」


 やれやれとレアが肩を竦めた。呆れるとか言っているのに、レアは楽しそうに笑っていた。


「自己評価が低いのは認めるよ。実際俺は誰かに愛されるような価値──」


「誰かに価値を認められなきゃいけないんですか?」


「だって価値を認められるのはあたりまえなことでしょう?」


 社会というのは基本的にそんなものだ。努力をした結果が成果となり、その成果が積み重なって実績となり、実績を積み重ねることで、それが評価される。そしてその評価を積み重ねて、その人の価値が生まれる。どんな職種にしろ、その仕組みだけは変わらない。努力をしたところで、成果が出るかどうかはまた別問題にはなるけどね。


 とにかくそんな仕組みは王様であるレアがよくわかっているだろうに、なぜそんなことを言うのがわからなかった。


「「旦那さま」の言うことはもっともですね。価値があるからこそ、社会で生きていけるのですから」


「なら──」


「でもね。それは第三者からみた話ですよ? 家族から見ればそんなものはどうでもいいのです」


「家族って」


「あら? 私は「旦那さま」のお嫁さんですよ? なら家族でしょう?」


「それは」


 否定はできない。たしかにレアも俺の嫁だから、家族と言えば家族だ。


 でもそんなことは一度も考えたことがなかった。


 俺にとっての家族は地球にいる親父たちだった。


 希望もまだその中には入っていない。


 守りたいと思っているのに、幸せにしたいと思っているのに、その希望さえも俺は家族というカテゴリーの中に入れてはいなかった。


 そしてそれは──。


「……シリウスちゃんも家族ではなかった、ですか?」


 レアが笑っていた。でも笑いながらもどこか寂しげだった。


 でも俺はなにも言えない。


 だってレアの言うとおりだったから。


 トカゲじじいにぼこぼこにされた後、シリウスが人化の術を覚えたその日の夜、俺はシリウスを家族と言った。その中にはアルトリアも入っていた。


 けど、アルトリアには裏切られた。シリウスには嫌われてしまった。


 俺が家族と言ったふたりとの絆は途絶えてしまった。


 だからなのかな。アルトリアに裏切られてしまったからなのかな。俺は新しく家族を増やすのが怖かった。


 なのに嫁は増えた。それでもその嫁を家族とは思うことができなかった。それはまた裏切られてしまうのが怖かったから。自分が傷つくのが怖かったからだ。


 わかってはいた。


 でも認めることも怖かったんだ。


 アルトリアに裏切られてしまったと認めることが怖かった。


 でも現実には裏切られてしまっていた。アルトリアが認めた。そのことが俺をまた傷つけた。


 いまさらだとは思う。希望への想いに気づいたからと言って、それまでの関係をなかったことにしたのは俺だ。いくらそれまでの関係が偽物じみたものであっても、アルトリアへの魔眼によって植え付けられたものであっても、俺もまたアルトリアを裏切った。


 俺とアルトリアはお互いに裏切りあった。けど、それからまた俺はアルトリアを裏切った。いやアルトリアを騙してしまった。


 俺の中にはアルトリアの想いはもうなくなっていた。ただ申し訳なさはある。身勝手かもしれないけど、それ以外の感情はもうなくなってしまっていた。


 一度は愛した人なのに、ひどいものだ。やっぱり俺はクズなんだろうな。


 そんな俺を家族と言ってくれるレアの優しさはすごく嬉しい。


「シリウスは、もう俺を嫌っているし」


「バカですね」


「え?」


「救いがないくらいにおバカさんですね、カレンちゃんは」


「旦那さま」ではなく、カレンちゃんとレアが言う。俺との関係がここまでというこなのか、それともいまは嫁のレアではなく、姉代わりだったレアさんとしての言葉を口にすると言うことなのか。どちらなのかは判断がつかない。できれはま後者であってほしいけど、レアのこれからのことを考えれば前者であってもおかしくはなかった。


 嫌な汗が流れるのを感じながら、俺はレアの言葉を待った。


「いいですか。いまから言うのは、あなたのお嫁さんのひとりであるレアではありません。カレンちゃんのお姉さん代りだったレアさんとしての言葉です」


 そう前置きを口にしてレアは言った。


「シリウスちゃんがカレンちゃんを嫌いになるわけがないでしょう? あの子は本当にあなたを慕ってくれている。あなたをぱぱ上と思ってくれているんだよ?」


「だけど、シリウスは俺のことを」


「だからおバカだと言っているの。まぁ、カレンちゃんらしいことだとは思うけどね。だってカレンちゃんってば、すぐに考えこんじゃうでしょう?」


「それはそうだけど」


「それもそこまで考え込むことでもないことでも、考えちゃうよね? 考える必要のないことでも考えてしまう。そこがカレンちゃんのいいところでもあるし、ダメなところでもあるとお姉さんは思っているよ?」


 くすくすとレアが笑っている。嫁になる前の、体の関係を持つ前の「レアさん」としてレアは振る舞っている。それはまるでいままでのすべてがなかったように。そう、いままでのすべてがただの夢であったように。雪解けの夜が見せた夢のような、うたかたの瞬間のように思えてしまう。いや思わせてくれる。


 だけど、夢じゃない。俺がいままで歩んできた日々は決して夢じゃない。だってこの手は血で染まっているのだから。そうだ。この手はたくさんの命を奪ってきた。魔物だろうと人だろうと、俺はこの手にかけてきた。それは決して夢じゃない。そしてなによりもこの手は、この腕は大切な人のぬくもりが消えていくのを知っている。


「……でも俺は考えていなかったから。考えなしに行動してしまったから。俺はモーレもカルディアも守ってあげることができなかった。ううん、ふたりに守ってもらってしまったんだ」


 そう、俺はモーレもカルディアも守ってあげることができなかった。逆にふたりに守ってもらった。ふたりのぬくもりが消えていくのを俺は憶えている。この腕の中でふたりの命は燃え尽きた。命が燃え尽きる瞬間を俺は二度も味わった。あれは堪えるよ。命を奪うのとはまた違う。命を奪うのは本当にあっさりだ。とても簡単に命は消えてしまう。


 けれど命が喪われていくのは、あっさりとなんて言えない。徐々に失われていく体温。途切れ途切れになる言葉。光が消えゆく瞳。あれは、あれだけは何度味わっても慣れることはない。それを俺は半年の間で二度も味わうことになった。その二度も俺にとって大切な人だった。


 でも同じ大切でもモーレとカルディアでは意味合いが違う。どちらも好きな人ではあったけれど、同じ好きでも意味合いは異なっていた。


 けれどいま思えば、モーレがあのまま生きていたら俺はモーレをどういう風に見ていただろうか? 希望たちと同じ意味での好きになっていただろうか?


 わからない。たらればの話だし、それに嫁はもういいって気持ちが強い。そうさ。嫁がどんなにできたとしても、俺はきっと幸せにしてあげることはできないのだから。いや、それどころかカルディアみたいに死なせてしまうかもしれない。


 そうだ。俺はきっと誰も幸せにできない。むしろ誰かの幸せを奪ってしまうんだ。俺はただの──。


「本当におバカさんだよね、カレンちゃんはさ」


 レアがため息を吐いた。同時に顔を掴まれて、そのままレアの顏がすぐ目の前にまで迫った。軽やかな音が響く。唇が触れ合った。触れ合うだけの優しい口づけを交わし合った。


「……モーレもカルディアちゃんも守ってあげたんじゃないよ? 大好きなあなたを助けてあげられたんだよ。だからあのふたりはなんの後悔もなかった。だから笑って旅立つことができた。大好きなあなたのためにひとつでもしてあげることができた。だからこそ笑えたんだよ? 誰よりも大好きなカレンちゃんを助けてあげられた。それをあの子たちはきっと誇ったと思うよ」


 レアはまっすぐに俺を見つめながらそう言った。とても穏やかな笑顔を浮かべながら言ってくれたんだ。

 レアさんのメインヒロイン度の爆上がりが止まらない←汗

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