Act0-47 初めての…… その三
PV3700突破です!
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「き、九枚!? いまの三倍だよ!?」
モーレが叫ぶ。
無理もない。なにせ、ふっかけた値段は、いままでの三倍だった。本来であれば、即却下される値段ではある。だが、状況が、普段とは異なっていた。
「だって依頼料をGランクの最低価格の半額にするんだぜ? ならどこかでその補てんをしないといけないよね?」
そう、モーレには俺に対する負い目がある。依頼料は銅貨十枚が最低価格。それもGランクでの最低価格でだ。モーレの依頼は、どう低く見積もってもFランク相当の依頼だ。
それをGランクの最低価格の半額にまけてあげている。一方的に俺が損を受けているわけだ。そして個人依頼という特殊性ゆえ、どちらかが損をすれば、もう一方も違う形で損をしなければならない。個人依頼の依頼料っていうのは、要は友達価格ってことだから。
つまり友達同士なのだから、通常の依頼とは違って、お互いに割を食わないようにしないといけないってことだ。
すでに俺は割を食っている。そうなると、モーレもまた割を食わなければならない。それをモーレは理解しているだろうが、どうにか値引きしようとするだろう。それこそが俺の狙いとも知らずに。
「だ、だからって、お湯の値段の九割は暴利すぎるよ!」
「でも、燃料代はかからないよね? 俺に頼んだらさ」
「そ、それは」
そう、俺に頼めれば、燃料代はいらない。そして水は自家製の井戸水。つまり元手なしで銅貨十枚だった。その売り上げの九割を俺に渡しても、宿には一割残る。売り上げは半分以下になるが、元手がかからない以上、一割でも赤字にはならない。井戸水も無限に出るわけではないから、長い目でみれば、損にはなるかもしれない。
だが、俺の滞在期間はもう半分を越してしまっている。その期間だけ、売り上げが見るからに落ちたとしても、そこまでの影響はない。
そもそも元手なしの銅貨十枚の売り上げは、俺がいるからこそできることだ。そしてお湯は、女性冒険者だけではなく、男性の冒険者も頼むものだ。水であれば、半額の銅貨五枚ですむけれど、温かいお湯で汗を流したいと思うのは、男性も女性も変わらない。しかしこの宿には風呂はない。だが頼めば、お湯を持ってきてもらえる。それで汗を拭うことができる。
夏であれば、水の方が人気は出るだろう。しかし夏以外の季節、夜は基本的に肌寒い。肌寒い中で、水で体を拭おうとする人はいるだろうか。いやいるわけがない。体が資本の冒険者が、節約のために水で体を拭いて、体調を崩してしまった、では笑い話にもならない。
だからこそ夏以外の季節は、お湯を頼むお客さんは多いという話だ。そこに元手なしで銅貨十枚の売り上げ。その売り上げのうち、九割を渡しても、手元に一割は残る。そもそも燃料代を入れれば、七割の利益なんてそうそうあるわけがなかった。
つまり九割を俺に渡しても、宿には十分利益がある。もっとも九割と言ったのは、あくまでも冗談みたいなものだ。商談を持ちかけるのは、ここからだった。
「せ、せめて、七枚に」
モーレが苦渋に満ちた声で言った。九枚にあげれば、その分宿側もどこかで補てんする必要がある。その場合、矢面に立つのは、モーレの小遣いだろう。そもそもモーレがミスをしなければ、依頼をする必要などなかった。つまりはモーレのミスから始まったための損失。補てんがモーレの小遣いからということになるのは、当然のことだろう。銅貨六枚分。されど六枚。モーレは十分考えたうえで、なおかつ七枚にしてほしい、と懇願してきた。
俺は、内心かかったと思った。だって俺の予定通りの展開だったのだから。ため息を吐きつつも、口角を上げて、にやりと笑いながら、俺は言った。
「仕方ねぇな。銅貨八枚ね」
「も、もうひと声」
「……銅貨五枚。それ以下にするっていうなら、依頼自体受けない。受けてくれる人をほかに探してね。Gランクの最低相場の半額でも受けてくれる、いい人を、ね?」
「う、うぅ~」
モーレが唸った。Gランクの最低相場の半額でも受けてくれる冒険者なんていない。そうモーレは思っているのだろうが、実際は違う。モーレが上目使いかつ目を潤ませたうえで、お願いをすれば、そんなことは些細な問題となってしまう。
モーレは俺とは違って、かなりかわいい子だった。そんなかわいい子にお願いなんてされてしまえば、よほどの女嫌いでもなければ、多少の損はあっても受けてくれる冒険者は、探せばいるだろう。
しかし俺とモーレが話をしていたのは、俺の部屋の中、当然そのときの会話は俺とモーレしか聞こえない。これが食堂の中であれば、受けてくれる冒険者が現れただろうが、俺の部屋の中にいる冒険者は俺だけだった。つまり俺の代りに受けてくれる冒険者が現れることなどない。
食堂で探せば、いるかもしれない。しかし確実にいるかどうかはわからない。だが、俺であれば、湯沸かしの仕事の賃金を銅貨五枚にすれば、受けてくれる。最低相場の半額で受けてくれる冒険者だった。探せばほかにもいるだろう。しかし確実にいる保証はどこにもない。
多少の損に目をつぶれば、確実に受けてもらえる冒険者と、いるかどうかもわからない、損を享受してくれる冒険者。商売人としてどちらを選ぶかなんて、火を見るよりも明らかだった。そしてモーレは肩を落としながらも、頷いてくれた。
「わ、わかった。銅貨五枚にしてもらえるよう頼むよ」
「よし、契約成立ね。ただし、一応あとで契約書に署名してもらうよ? 「頼んだだけ」で済まさないように、ね?」
「……はい」
念のために、「頼んだだけ」で終わらせないように釘を刺した。モーレはあくまでも、「頼む」としか言っていない。してもらうとは言っていなかった。頼むだけ頼んで、ダメだったと言われても、モーレは自分の仕事を果たしたことになる。
だが、契約書に署名すれば、話は変わる。モーレは銅貨五枚に賃金をあげるように動かねばならない。契約書という絶対のものが存在する以上、モーレにはそうする義務が生じるからだ。
仮に翻意にしても、最低相場の半額で受注したことを盾にして、そもそもの相場額を払えと言えばいいだけのことだ。
どちらにしろ、俺にはメリットしかない。逆にモーレは自身のデメリットを、できるかぎり減らすように動くしかない。
依頼人と冒険者という立場ではあるが、俺の部屋の中という空間においては、どっちがより有利であるのかなんて、考えるまでもなかった。モーレの敗因は、食堂で話をしなかったという一点だった。
加えて言うのであれば、ふっかけ気味だった九枚から五枚に落としたことも勝因のひとつだろう。元の三倍から、六割増しに「してもらった」と思わせた時点で俺の勝ちだった。
誰だって、三倍が六割増しになれば、お得に思える。どちらにしろ、暴利ではあるけれど、少なくとも銅貨九枚よりも、銅貨五枚の方が安いのは、子供でもわかる。ならば安い方に飛びつくのは、当然だろう。商売人であればなおさらだ。
「うぅ~。で、でも、代わりに絶対、絶対に守ってよ!? 約束だからね!」
「おう。守ってあげるから、心配するなよ」
唸るモーレの頭をぽんぽんと撫でてあげながら、俺はそんな安請け合いをしてしまった。安請け合いをしたことを、後悔することになるなんて、想像することもないままに。




