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Act5-4 「鬼の王国」へ

 コック姿の希望がシリウスを抱っこして、中庭に出てきた。


 希望にぎゅっと抱きつきながら、シリウスは俺とアルトリアを見ようとはしていない。


 嫌われているのはわかっているけれど、ここまで来ると胸が痛いね。……胸はありませんなんていつものようにふざけることはできそうにない。そんな余裕なんていまの俺にはなかった。


「休憩?」


「うん。プラムさんがしばらくは大丈夫だからって」


「そっか」


 プーレのお母さんであるプラムさんはスイーツ作りの達人だった。


 プクレに関してはプーレや旦那さんであるおじさんには譲ってしまうけれど、ほかのスイーツに関して言えば、「エンヴィー」ではプラムさんに敵うパティシエはいないとまで言われていたそうだ。


 だけど、病を得てからはその腕を十分にふるうことができずにいた。その病気が完治してからはリハビリと称して簡単なクッキーしか作っていなかったのだけど、それだけでも圧倒的に美味かった。それこそプーレと希望が同じように作ったものが霞むくらいに。


「獅子の王国」に行くまではリハビリ段階だったけれど、いまは完全に復帰してその腕をふるってくれていた。


 そのうえ、プラムさんは通常の食事も美味しい。あくまでも希望同様に家庭料理ではあるけれど、その味は希望が唸るレベルだった。


「ムガルさんじゃなく、プラムさんが料理対決の相手だったら勝てるかどうかわからなかったかも」


 希望は冷や汗を掻きながら笑っていた。


 それほどまでにプラムさんはありえないレベルの料理人であり、パティシエだった。


 プーレは見た目が完全にプラムさん似だけど、その才能もまた受け継ぎ、そのうえプクレ作りの名人であるおじさんに徹底的にしごかれていた。いわば英才教育を受けていたんだ。そりゃあスイーツ作りのチートキャラになるってもんだよ。


 そのプーレはいまのところ、ララおばあさんの弟子としてしごかれているが、その穴はプラムさんと希望によって完全に塞がれている。


 これでプーレまで戻ってきたら、うちのギルドの料理部門は「魔大陸」どころか、この世界でも最高クラスの食事処になりそうな気がする。


「そっち行ってもいい?」


「ああ、構わな──」


「ダメです」


 俺がうなずくよりもアルトリアが拒否するのが早かった。


 アルトリアが希望を見る目はとても鋭かった。


「アルトリア、なにを」


「「旦那さま」は黙っていてください。いまは私と「旦那さま」の蜜月の時間なんです! その邪魔をしないで!」


「……邪魔なんてしないよ。私はシリウスちゃんを」


「ならシリウスちゃんを置いて行ってください」


「……だってさ、シリウスちゃん?」


 どうすると希望がシリウスに尋ねる。シリウスはなにも言わず、希望の腕のなかから抜け出し、駆け去っていく。


「シリウスちゃん!?」


 アルトリアが立ち上がり、シリウスの後を追いかけていく。


「……大丈夫、香恋?」


「……だいじょばない」


 後頭部を押さえながら唸る俺。アルトリアに膝枕をしてもらっていたんだから、立ち上がられれば当然そうなる。ただ、うん、今日も青でした。……あえて何がとは言わない。あえて何がとは。


「……鼻の下伸ばしすぎ」


 希望が冷たい目で見下ろしてくる。……うん、いかんね。浮気をした気分だぜ。まぁ、浮気以前の問題なんですけどね?


「いや、見たくて見たわけじゃないよ? 見えただけだもん!」


「鼻の下伸ばしながら言われてもね」


 いかん、なにを言っても言い訳にされてしまう流れだ。


 ここは俺がどんなに希望が好きなのかを表現すべきだな!


「世界で一番希望が好きぃぃぃー!」


 叫ぶ。お腹の底から叫ぶ。希望は唖然としたのか、ぽかんとしています。そういう顔もかわうぃね!


「……いきなりなにを叫ぶかな、あんたは」


 頬を染めて文句を言われてしまった。だけど、これで機嫌は治ったはずだ。


「……で、どうするの?」


「一度離してみるのもありかなって」


「そう。あんたがそれを決めたのであればいいんじゃない?」


 希望は素っ気なかった。けれど、現状では仕方がなかった。アルトリアもシリウスも現状のままではどうしようもない。


 一度頭を冷やさせる必要がある。もちろん俺も含めてね。


「……「鬼の王国」に行ってみようかな?」


「アダマンタイト?」


「うん」


「獅子の王国」でサラさんの師匠で「獅子の王国」の王宮鍛治師であるヴァーティさんに会い、魔鋼のナイフと刀をみてもらった結果、この二振りはたしかに同じ鍛治師の作品であることがわかった。でも、それだけではないこともわかったんだ。


「アダマンタイトとヒヒイロカネ、ですか?」


 ヴァーティさんが言うには、二振りはそれぞれに魔鋼と聖銀で作られているそうなのだけど、実際はそういうレベルではなく、「魔大陸」と「聖大陸」のそれぞれで最高の金属であるアダマンタイトとヒヒイロカネに進化しかけているそうだ。


「あぁ、まず間違いなくね。見事なもんさ。魔鋼と聖銀の段階からふたつを混ぜ合わせることで、長い月日をかけて、それぞれの大陸の最高の金属へと進化させる。おそらくはそんな目的のもとで作られたんだろうさ。……皮肉なことに失敗作が進化手前の段階まで来ていることは打ち手の予想外のことだろうけどね」


 ヴァーティさんはしわだらけのまぶたを薄く開きながら、惚れ惚れとした表情になっていた。

 

 見た目は完全に腰が曲がったおばあさんの竜人だったけど、二振りを見つめる目はとても真剣で、気迫を感じられた。


 プライドさんに紹介されたときは本当にこのおばあさんが王宮鍛治師なのかと思っていたけれど、二振りを見つめるその姿からは鍛治師の最高峰のひとりであることを如実に感じさせられていた。


「サラはこの子の作者が誰なのかはわからなかったんだろう?」


「自身では足元に及ばないことだけはわかると仰ってました」


「ふむ。それを理解できたかい。よいよい、いい鍛治師になったね。自分では劣ることを理解し、認められるようになる。それが優れた鍛治師になるために必要なこと。五十年前まではできなかったことができるようになったんだねぇ」


 ヴァーティさんは嬉しそうに笑っていた。五十年前とか言われても、ピンとは来ない。この人たちの五十年とかは、人間にとっての五年前とかそういうレベルなんだろうね。これだから長生きな種族とは思ったよ。


 でも、肝心の作者のことにはノータッチだった。知らなくても問題はないことではあるけれど、ここまで来たら教えてほしい。そんな俺の気持ちがいつのまにか表情に出ていたのか、ヴァーティさんが苦笑いをしていた。


「ふふふ、悪いねぇ。かわいい弟子の成長が嬉しくてね。嬢ちゃんには関係ないことだから、申し訳がないけどね」


 ヴァーティさんは言葉通り申し訳なさそうだった。謝られることじゃないし、俺自身不躾だったこともあって、その場で謝罪をしたけど、ヴァーティさんは柔らかく笑っていた。おばあちゃんに似ていると思った。


「さて、それじゃあ、私の見解を言おうか。この子らの作者は「神の匠」と謳われた鍛治王ヴァンの作だと思われる」


「鍛治王ヴァン」


「二振りの天王剣を鍛えた人さ。もう数千年も前の人だけどね」


「それじゃあ、もう」


「だが、たしか子孫がいたはずだよ。居場所は定かじゃないけど、「獅子の王国」にはいないとあれば、可能性があるのは、「鬼の王国」と「狼の王国」かね?」


「「鬼の王国」と「狼の王国」ですか?」


「ああ、「狼の王国」はいま「魔大陸」中の腕利きの鍛冶師たちがしのぎを削っているからね。聞いた話だと良質の魔鋼石が採取できるようになったらしいよ」


「そう言えば、そんな話を聞いたような」


 カルディアがまだ生きていた頃に「狼の王国」に魔鋼のシェアを奪われつつあると言っていたのを思い出した。あれはそういう意味だったんだろう。


「狼王」さんとは顔を合わせた程度だから、どういう人なのかはほとんど知らない。純血の吸血鬼であり、デイウォーカーでもあるってことくらいだ。


「だからこそ、鍛冶王の子孫がいる可能性は高いと思う」


「じゃあ「鬼の王国」は?」


「それは簡単さ。「鬼の王国」こそが「魔大陸」で純粋なアダマンタイトが採取できる唯一の国だからだよ」


 最高の金属であるアダマンタイトが採取できる国。たしかに鍛冶王の子孫がいる可能性もあった。だけど、疑問が浮かんだ。


 純粋なアダマンタイトが採取できるのであれば、「鬼の王国」に鍛冶師が集まればいいんじゃないかって。良質とはいえ、アダマンタイトに劣る魔鋼しかない「狼の王国」に集まる必要はなかった。


 その疑問をそのままヴァーティさんにぶつけると、ヴァーティさんはおかしそうに笑いながら、その理由を教えてくれた。


「それも簡単な理由さ。アダマンタイトを加工できる鍛冶師は少ないのさ。アダマンタイトはあまりにも硬く、そして重い金属でね。それゆえに加工するには、技量はもちろんのこと、相当量の魔力と屈強な肉体が必要になる。そのすべてを兼ね備えた鍛冶師というのは、なかなか存在しない。逆に魔鋼はすべての点でそこそこであれば扱える。アダマンタイトを自由に加工できることでも力量はわかるが、それ以上に魔鋼をいかに加工することこそが、鍛冶師の腕の見せ所なのさ」


「それが「狼の王国」に鍛冶師が集う理由、ですか」


「ああ。いまも鍛冶王の子孫が鍛冶師であるのであれば、どちらかにはいるだろうさ。しかし鍛冶王の子孫に会ってどうするんだい?」


 ヴァーティさんは魔鋼の刀とナイフを返してくれた。返された二振りをしまう俺に、ヴァーティさんは不思議そうに首を傾げていた。たしかにヴァーティさんにとってみれば、俺が鍛冶王の作品を持っていることよりも、俺が二振りの作者を知りたがっている方が不思議なことかもしれない。


「……なにかと物騒ですから。できるだけ強力な装備があるに越したことはない。それだけですよ」


「……そうかい。まぁ、あんたがどんな理由でその二振りを使おうとしても、あたしら鍛冶師には止める権利はないよ。できることであれば、まっとうなことに使ってほしいとは思うけどね」


 ヴァーティさんは俺の真意に気付いているみたいだったけど、なにも言わなかった。止める権利はないと言ったのはたぶん本音だろう。まっとうなことに使ってほしいというのもまた。だけど、カルディアの復讐をするというのは俺にとってはまっとうなことだった。


「ご忠告痛み入ります」


「……その歳でそれだけの血の臭いをさせているのはあんたくらいだよ。そう言ってもあんたは止まらないんだろうね」


「……なさねばならないことができましたから」


 まっすぐにヴァーティさんを見つめた。ヴァーティさんはため息混じりに好きにしなとだけ言ってくれた。


 それから俺は「鬼の王国」と「狼の王国」についてを少しずつ調べていた。本命は「狼の王国」だけど、いま「狼の王国」は寒期らしく、いま向かうのは得策ではないみたい。


 逆に「鬼の王国」は寒期が明けて、いまが旅に出るのは絶好の時期のようだった。


 同じ大陸にある国でも、「鬼の王国」は北にあり、「狼の王国」が南にあるというのが理由みたいだけど、詳しいことはよくわからない。


 でもいまは「狼の王国」には向かえないということだけはわかっていた。


 それになんとなくだけど、「鬼の王国」は星がよく見えそうな気がする。ないとは思うけれど、シリウスの名前の由来となった星も見えそうな気がする。あと俺も傷心を癒やしたい。


 星空を見上げながら、シリウスとふたりっきり。親子での二人旅も悪くはないと思う。


「……シリウスには希望から伝えてくれないかな? 俺だとたぶん聞いてもらえそうにないだろうし」


「……わかった。誰か連れていく?」


「とりあえず、アルトリアは連れて行かない。プーレは忙しいだろうし」


「じゃあレアさんかな? そろそろ「獅子の王国」での用事も終わる頃だろうし」


「希望は?」


「私がいないとアルトリアは抑えておけないからね」


 やれやれとため息を吐く希望。たしかに希望ではないとアルトリアを抑えることはできそうにない。できればアルトリアには「ラース」でじっとしていてほしいからね。


「……わかった。じゃあ、レアから連絡が入り次第、あっちで合流するように伝えておく。留守の間、頼むな」


「うん、行ってらっしゃい、香恋」


 希望は笑っていた。笑う希望に俺はどうにか笑顔で頷き返すことができた。


 いろんな意味で心がボロボロになっていた。一度リフレッシュする必要がある。俺もシリウスもね。


 ただ問題なのは、シリウスがちゃんとついて来てくれるかどうかってことだ。


 若干の不安はあるけれど、シリウスが着いて来てくれることに期待するしかない。そんなことを考えながら、俺が「ラース」を留守にすることが決まった。

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