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Act5-2 あれから

 空が晴れていた。


 今日もいつものようにきれいな青空が見えている。あのときと同じ青空だった。


「──さようなら、シリウス。そして「旦那さま」」


 あの日、カルディアを目の前で喪ったあの日と同じ空が窓の外には広がっている。窓の外をぼんやりと眺めていると──。


「ギルドマスター? 聞いておられますか?」


 ミーリンさんの声が聞こえた。顔を向けるとミーリンさんがちょうどため息を吐くところだった。


「えっと?」


「……報告を上げていたのですが、聞いておられていますか?」


「あ、えっと、どんなのだっけ?」


「ではもう一度報告いたします」


 やれやれとミーリンさんがため息を吐いていた。


 ただため息を吐いても呆れていないのは、俺の事情を理解してのことだ。……大切な人を亡くした経験はミーリンさんたちにもあるのだから。だからこそ、上の空になっている俺を見てもなにも言わないでくれている。


「まず、ギルドマスターのご要望のララ女史を筆頭とした治療部門ですが、そのためにかかる具体的な費用を算出いたしました」


 ミーリンさんは具体的な数字の書かれた書類を渡してくれた。その内容に目を通す。思っていたよりもいくらか費用がいるようだ。


「金貨五百枚か」


 金貨にして五百枚相当の費用がかかるという試算だった。金貨五百枚。エリキサの販路や依頼の仲介手数料等を含めると、だいたい一ヶ月で金貨百枚ほどの利益はある。人件費等の諸経費で引かれる分を入れればそれ以上だ。


 ラースさんからもらった初期費用の金貨百枚は、すでに使いきっている。返済は一か月につき、金貨十枚ずつ納めさせてもらっていた。というのもラースさんがそのくらいの金額でいいと言ってくれたおかげだ。ギルドの金庫にはいまのところ金貨四百枚くらいは納まっている。


 でも治療部門の設立にはあと百枚近く足らない。というか、治療部門をいま設立したら、すっからかんになってしまう。せめて金貨百枚ほどは残しておきたいから、設立するのはあと数か月先にした方が無難だった。


「……ギルドマスターのご懸念は理解していますが、いま治療部門を設立するのは少々早すぎるかと」


 ミーリンさんが言いづらそうだが、はっきりと言ってくれた。うん、ミーリンさんの言うことは理解している。俺自身かなり無茶があることを言っているというのはわかっていた。


 ギルドの懐事情から考えると、治療部門の設立はさすがに時期尚早だ。それでも無茶だとわかったうえでも俺は設立したかった。


「……最初から設備を充実させる必要がなければ? 最悪ララおばあさんがいて、エリキサをある程度常備してくれれば、建物はいらない。適当に空いている部屋を改装するくらいでもいいんだけど?」


「その場合ですと、金貨百枚ほど、ですかね? ギルドマスターがご要望の施設を併設する場合の金額が五百枚はかかるという計算でしたので」


「そっか」


「あくまでも工費を除けばですよ? それに改装するにしても、その分宿泊の代金も減りますし、エリキサを流す数も減りますし、改装代自体いくらかかるかも」


「それでも建物を併設するよりかは安いんでしょう?」


「それはそうですが」


「ならそっちの方向で検討してくれる? 少しくらいであれば増えてもいいから。併設するのは利益がそれだけ増えてからでいい」


「……承知いたしました。ではその方向で検討し直します」


「気苦労を掛けるね」


「いいえ、気にしておりません。ギルドマスターがそういう方だというのはわかっておりますし。ただシリウスちゃんをそろそろ」


「……わかっている」


「でしたら問題はありません。アルトリアさんに関してはお任せしておりますので」


「ああ」


 ミーリンさんの言葉にどうにか返事をするので精いっぱいだった。


 実際シリウスとアルトリアのことがいま一番の問題だと言ってもいい。もう一か月は経つのだけど、そっちの進展は一切なかった。


 シリウスはあれっきり俺のそばに来ようとはしていない。嫌われてしまったのだから当然だろうね。シリウスが近づかないのは俺だけじゃなく、アルトリアにもだった。というか、なぜかアルトリアを見ると小さく唸るようになったらしい。


「どうにも反抗期みたいですね。寂しいけれど、これも親子にはつきものですから、長い目で見守っていこうと思います」


 ──とアルトリアは笑顔を浮かべていた。同じベッドで横になりながら、アルトリアは自信ありげに胸を張っていた。


 そう、あれからアルトリアは俺と一緒のベッドで寝るようになった。もともと潜り込んでくることが多かったのだけど、いまや完全に俺の隣で寝るのはアルトリアだけになった。


 というのもアルトリアだけが完全に暇な状態になってしまっているからだ。


 アルトリア以外の四人はそれぞれにやることがあり、俺のそばにいないことが多くなっている。その隙をアルトリアは衝いて、俺を独り占めしているという状態が続いていた。


 おかげでいろんな齟齬が起きている。ミーリンさんが俺の秘書みたいな仕事をしているのもその一環だった。


「正妻である以上は、「旦那さま」の身の回りのお世話をしようと思います。なのでしばらくは秘書の仕事はお休みいたします」


 とギルドに帰還早々に言ってくれた。その言葉にミーリンさんたちが絶句したのは言うまでもないし、希望たちも困った顔をしていた。


 けれどアルトリアは誰の意見も聞かず、秘書の仕事をしばらく休むとの一点張りだった。その頑固さに折れて、勝手にしろとだけ言った。その結果、ミーリンさんが代理秘書として頑張ってくれていた。


「いいですか、ミーリンさん。「旦那さま」が素敵なお方だとはいえ、正妻は私です。なので勝手に「旦那さま」に取り入らないくださいね?」


 そんなミーリンさんに対してアルトリアはお礼を言うどころか、釘を刺してくれた。


 ミーリンさんには恋人がいると前々から何度も言っているのにも関わらずの言葉に、俺は完全に呆れてしまった。


 ミーリンさんが苦笑いしながら頷いてくれたから、ミーリンさんがアルトリアがそういう子だと理解してくれているからこそ大事にはならなかったけれど、あんなやり方じゃしこりが残るに決まっている。それさえもいまのアルトリアは考えていないようだった。


 とはいえ、俺以外の誰が言ってもアルトリアは聞かないだろうから、結局俺が言うしかなかった。それでも話をちゃんと聞いてくれるのかはわからない。


 だからこそアルトリアの件については俺が一任している。それでも一向に状況がよくならないのは、母神さまからのお叱りなのだろうね。


「「旦那さま」、昼食のお時間ですよ」


 アルトリアがノックもせずに執務室のドアを開けて入ってくる。手には真っ黒に焦げたなにかしらの料理がトレイに乗っていた。


 頭が痛くなるのを感じつつも、俺はありがとうとしか言えなかった。そんな俺に同情のまなざしを向けてくれるミーリンさん。その視線を感じつつ、俺は小さなため息を吐いたんだ。

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