Act0-45 初めての……
今回はグロいです。
閲覧の際は注意してください。
薄暗い森の中だった。
うっそうと茂る木々が、昼間でさえも日の光を遮ってしまっている。昼間でさえ暗いだろうに、夜になれば、その暗さはより一層増してしまう。
そんな薄暗い森の中、俺はひとり佇んでいた。正確に言えば、俺を囲むようにして、十数人の男たちが立っていて、その中心に俺はひとりで佇んでいた。周囲には、人が転がっている。いや、人だったものが転がっていた。みんなまともな姿じゃない。腸をぶちまけて死んでいる奴が多い。
血と臓物の臭気が漂っていた。鼻を摘まみたくなる光景を前にして、俺は平然としていた。平然としたまま、ゆっくりと拳を握りしめる。あまり強く握りしめはしない。拳の形を作る程度に、軽く力をこめるだけでいい。全力で力を込めるには、まだ早すぎる。
前を見つめる。男たちは、等間隔に立ちながら、俺を囲っている。その先には、ひげ面のおっさんがいる。服装はずいぶんと薄汚い。たぶん服装同様に、体臭もひどいものなのだろう。近寄りたくなかった。だが、その近寄りたくないおっさんに、俺は用事があった。だから近づきたくはないけれど、近づかなければならない。なのに、俺を囲む連中はそれをそばむようにして立っていた。
「退けよ」
呟くような声。自分でも驚くくらいに、小さな声。でもそれで十分だ。夜の森だからか、動物の声も魔物の雄叫びも聞こえてこない。聞こえるのは風の音。そして俺に向かって突っ込んでくる足音くらいだった。
数人の男が小さな気合を発しながら、突っ込んでくる。それぞれに剣や槍、中にはこん棒を持っている奴もいる。武器の間合いはそれぞれに違う。だが、どれも俺よりも間合いは広い。その間合いの広い得物を手にして、男たちが突っ込んでくる。俺の間合いに入るよりも先に、相手の間合いに入ってしまうのは明白だった。
特に槍を持っている奴の間合いは一番広い。ただでさえ剣道三倍段と言われているのに、その剣よりも間合いの狭い、素手を武器にしている者であれば、いったいどれくらいの技量を持っていれば勝てるのか、想像もできない。
しかしそれはあくまでも、一般的な武道家であればの話だった。俺には関係がない。軽く息を吐き、脚に力を込めた。地面を蹴る。爆発するような音が聞こえたが、構わない。目の前には相手の、こん棒を持った奴の腹部が見える。土属性を付与させて、全力で殴りつける。
土属性を付与させると、付与させた部位は異様なほどに硬くなる。岩を殴れば、岩を砕き、鉄を殴れば、鉄を折ってしまうほどに。いわば鋼の拳。その拳を相手の腹部へと向けて放った。相手は簡素な鎧を身に着けていたが、なんの問題もなかった。鎧ごと相手の体を砕いた。鮮血が舞い、腸が飛び出て行った。本来あるはずだった骨は、もう形さえもない。男が倒れ込む。
目を向けずに、次の相手へと向かって踏み込み、同じように潰した。三人目は及び腰になっていたが、構わずに踏み込んだ。槍を持っていた奴だったが、あっさりと懐に飛び込めた。慌てていたが、とっさに腹部を槍の柄を使って守っていた。だが、そのせいで足元がお留守になっていた。脚に土属性を付与させ、相手の脚に蹴りつける。骨の砕ける音が聞こえ、相手が崩れ落ちる。
しかし息はまだある。
倒れ込む男の顔面を踏みつけ、勢いをつけて倒した。
音が鳴る。
踏みしめる音だ。一度の音とともに、悲鳴が上がる。断末魔というには、あまりにも短すぎる声。なにかが潰れるような音と、言い換えてもいいのかもしれない。
足元には、海が広がる。紅い海だ。この数週間でもう見慣れてしまったもの。でもいつものは、魔物のものだ。だけど、いま足元に広がっているのは、魔物のそれではない。俺と同じ人間のもの。人間が流した血が、広がっていた。それと体からはみ出た臓物と脳漿が転がっている。
吐き気を催す光景だ。俺の周囲には、何人もの人間が転がっていた。みんな身なりは貧相だった。いや貧相というよりかは、汚れている。血と汗と脂。いろんな汚れに染まり、黒い染みが服にはこびりついている。それが魔物や動物のものであれば、まだよかった。けれど転がっている奴らの服の染みは、魔物や動物のものもあるだろうけれど、それ以上に人間のそれであることは容易に窺い知れた。いまの俺と同じように。
「な、なんなんだ、お前は?」
ひげ面のおっさんが、声をあげた。俺は渋めの男性が好みではある。もっと言えば、ロマンスグレーな人がいい。けれど目の前のおっさんは、年齢的にはちょうどいいのかもしれないが、このおっさんだけはダメだ。身の毛がよだつほどに嫌だ。右手を軽く握る。次に左手を。そうして構えようとしたとき、横合いから剣を掲げた男が飛びかかってきた。
男の持っている剣は、明らかに刃のついたものだった。ただいくらか刃こぼれしている。ちゃんと手入れをしていないのだろう。刀身が、少し汚れている。なにで汚れているのかは、確認もしたくなかった。
軽めに踏み込み、男の懐に飛び込む。右腕を振り抜いた。今度は、いつものように風属性を付与させての一撃を叩き込む。肉を通過し、拳が骨を砕いた。腕を引き抜くと、生臭さが鼻についた。男が倒れ込んでくる。けれどその目には、もう光はなくなっていた。
後ろに下がって、男から離れた。男が倒れ伏す。血の海がまた広がっていく。広がる海の中、あたりを見回す。まだ数が多い。完全に囲まれていた。だが、この囲いを突破しないといけなかった。
「カレンちゃん。もういいから」
モーレが叫ぶ。けれど頷くわけにはいかない。モーレがいつも身に着けているエプロンドレスは、切り裂かれていた。もうエプロンドレスとしては、機能していない。それどころか、肌を隠すことさえもできなくなっていた。そうなった理由が、ひげ面のおっさんだった。年端もいかない子に手を出したってことだ。正確には出そうとしていたってことだ。反吐が出る。だからこそ、たとえ年齢的にはちょうどいいおっさんだったとしても、このおっさんだけは、全力で願い下げだった。
「死にたくない奴は、失せろ。邪魔をするな」
周囲を睨みつける。けれど、あまり意味はない。怖気づいている奴はいるが、中には薄ら笑いをまだ浮かべている奴もいる。どんなに殺されようとも、最終的には俺を始末すればいいなんて考えているのかもしれない。通常の思考をしていないようだ。ある意味厄介だった。
「そっか。じゃあ、死ね」
目の前で立ちふさがっている男の懐に潜り込む。かちあげるようにして、左腕を振り上げる。男の体が浮いた。顎の砕ける音がはっきりと聞こえた。追撃に、オーバーハンド気味に、右の拳を叩き込む。拳が男の顔に深くめり込んでいくのを眺めつつ、地面に叩き落とした。全員の息は臭そうだが、とりあえず、こいつがもう息をすることもないので、少しは空気もましになるだろう。代りに血の臭いが充満していくけれど、こればかりはどうしようもない。
「まだやるの?」
おっさんを含めた全員に向かって、声をかける。ほんの一瞬の殺戮。それを見てもまだやる気のようだ。面倒だなと思う一方、吐き気がいまさらながらに込み上げてくる。けれどそれを必死に抑え込んだ。いまは自分の常識に流されるわけにはいかない。
「まだやるっていうのなら、手加減はしない」
そう言って、俺は次の奴に向かって、踏み込んだ。血の海がまた広がることになる。けれど、それでも俺はこいつらを許すことはできない。許せるわけがなかった。モーレに、俺の友達に、ひどいことをしようとした、こいつらを俺は許せないから。だから俺は──。
「全員、死んじまえ!」
腹の底から叫びながら、俺は血の海を駆け抜けていった。
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