チョコレートラプソディ プーレ&希望そして締めの香恋編
バレンタインものの三日目です。
どうにか三日で済ませられました←しみじみ
あ、プーレ編はちょっとネタバレがあるので、ご注意をば。
プーレの場合──。
アルトリアさんのおかげで、大変な目に遭ったのです。
まさか、「ラース」中のチョコレートを買い占めに走るとは思ってもいませんでした。
まだ板チョコを買い占めるのであれば、わかるのです。
アルトリアさんなら、大量に失敗するでしょうから。
でも、まさかスイーツ店のチョコレートまでも買い占めるとは思っていなかったのです。
というか、普通そこまで買い占める人っていないと思うのです。
そもそもなぜにスイーツ店のチョコレートまで買い占めるのです?
その理由がプーレにはさっぱりなのです。
「アルトリアさんのことはよくわからないわねぇ」
「いったいなにを考えているのかしら?」
お母さんと師匠も首をかしげていたのです。
お母さんほどではありませんが、師匠もお菓子作りが得意とのことでした。
実際、師匠のお菓子はいままでみたことがないくらいに斬新でした。
まさか、クッキーに黒っぽい調味料を入れるとは思っていなかったのです。
師匠が言うには、あくまで香り付け程度にかけるのがポイントらしいのです。その調味料を入れるとクッキーが甘じょっぱくなりました。
「旦那さま」やノゾミさんが言うにはオショウユの味らしいです。オショウユってなんでしょうと思いましたが、「旦那さま」もノゾミさんも喜んでいたので、おふたりの故郷の味みたいです。
甘じょっぱくなったのは、オショウユが理由みたいですが、その味は格別でした。しょっぱさがかえって甘みを引き出しつつも、そのしょっぱさが味に深みを与えていたのです。
プーレはいままでスイーツは甘いものというイメージでしたが、甘いだけがスイーツではなかったのです。脱帽でした。
「甘いものだけという固定観念を持つのはよくないわ。これだと思うものがあるのはいいのだけど、ときには視点を変えるのも大切なの。覚えておきなさいね」
師匠は笑っていました。たぶんあれはスイーツ作りだけではなく、治療術のことも言っていたと思うのです。
正しい手順、処置の方法はあれど、すべてがすべてあてはまるとは言えない。ときには想定外も起こることもある。だからこそ、視点を変える。それが命を救うこともある。師匠はそれを伝えてくれたのです。
「プーレは一を教えたら十をわかってくれるわね。……その分、多少どんくさいけど」
「昔から興味のあることには凄いんですけど、それ以外がさっぱりで」
お母さんと師匠はため息混じりにプーレのあることないことを話し始めました。怖い話の本を読んでオネショをしたこととか治療用の薬の調合を間違えるとか。……ぜ、全部あることじゃないのです! ないことも含まれているのです! ほ、本当なのですよ!?
と、とにかくなのです!
アルトリアさんのおかげで、近くの街まで、チョコレートを買いにいかなきゃいけないはめになったのです!
そのうえ、厨房はアルトリアさんとレア様が独占しているので、プーレとノゾミさんは違うところでチョコレートを作らないといけないのです! まぁ、その問題はすぐに片付きましたけども。「七王」さまは本当に太っ腹な方が多いのです。
それにしてもです。本当にアルトリアさんは困った人なのですよ。プーレよりもちょっと胸が大きいくらいですぐに威張るのですから。
でも、アルトリアさんの悪口はノゾミさんから禁止されているのです。
「アルトリアはアルトリアなりに頑張っているんだし、親友として応援してあげないとね。だからといって、香恋を渡す気はないけどさ」
ノゾミさんは笑っていました。笑いながらもその目は闘志が宿っていたのです。
「プーレだって負けないのです!」
「お? 下克上かな? いいよ、受けて立つよ」
ノゾミさんがニヤリと口角を上げました。スイーツ以外であれば、逆立ちしで敵わないけれど、スイーツに関してだけは負けられないのです! 下剋上なのです!
「負けないよ、プーレちゃん」
「勝たせてもらうのですよ、ノゾミさん!」
さぁ、下克上の開始なのです!
希望の場合──。
プーレちゃんから下克上宣言を受けてしまった。
正妻の座を私から奪い取ろうとしているみたいだね。
プーレちゃんの目は闘志に燃えている。あのバカにぞっこんみたい。
だからといって、正妻の座を明け渡す気はないよ。
香恋のお嫁さん序列一位は私だもの。
まぁ、正直な話、序列とかはあんまり興味ないんだけどね?
香恋に愛してもらえているのであればそれでいいんだ。
だから序列とかはどうでもいいの。
とはいえ、下克上宣言をされて受けないというのは、プーレちゃんに悪い。
ここは受ける以外になかった。
ただ、今回の勝負は圧倒的にプーレちゃんが有利なんだよね。なにせプーレちゃんはスイーツ作りの天才だもの。
目新しいスイーツを見れば、どん欲に作り方を知りたがる。ときには一週間それだけを食べ続けることもある。食べ続けることでレシピを理解し、完全再現をする。そのうえでアレンジする。そのアレンジが見事の一言なんだよね。
実際、以前試しにどら焼きを作ったときなんてすごかったよ。一回作り方を見せただけで完全再現されたうえに、プーレちゃんはアレンジしてくれたもの。そのときはあんこがなかったから、生クリームで代用したどら焼きモドキだったのだけど、プーレちゃんは生クリームとカスタードのダブルクリームを挟んでくれたもの。
生クリームとカスタードのダブルクリームは地球であればわりとポピュラーなものだけど、まさかこの世界でそんな発想を、しかもどら焼きでそれをやるとは。ことスイーツ作りに関してはプーレちゃんには勝てる気がしないよ。
ほかの調理であれば負ける気はないけれど、スイーツに関してだけは勝てない。というか勝てる気がしない。
私もスイーツ作りはそこそこ自信があったけど、やっぱりその道のプロには敵いません。
同じプロであってもムガルさんのときは、あの人は傲りに傲っていたから、勝つのは難しくなかった。
でもプーレちゃんは傲るどころか、引いてしまうほどストイックにスイーツ作りに邁進している。
そんなプーレちゃん相手に、召喚特典だと思われるチートクラスの調理技術を以てしても勝てる気はしない。
逆に言えば、スイーツ作りに関してはプーレちゃんがチートクラスの能力を誇るということ。
そんな子相手に勝て? 無茶を言うなよと言いたいね。……方法がない訳じゃないんだけどね?
要は相手の土俵で戦うから敗色濃厚なんだよ。相手の土俵で戦わなければいいだけだもの。
今回で言えば、プーレちゃんの土俵であるスイーツ作りで戦ったら私はまず負ける。
でも、スイーツではなく、食事にしてしまえば?
食事であれば、私はプーレちゃんに負けない自信はあった。……ちょっぴりずるい方法だけど、負けるわけにはいかないのですよ。
「ごめんね」
マジメにチョコレートを作ろうとしているプーレちゃんに謝りながら私は勝つためのメニュー作りに集中していった。
香恋の場合──。
アルトリアがまさかの暴走をしていた。
いや、まさかじゃないか。ある意味当然の暴走かね?
ただ、まさか「ラース」内のチョコというチョコをすべて買い占めるとは思っていなかったよ。
せいぜい板チョコ程度だと思っていたのに、まさかスイーツ店のチョコレートまで買い占めるとは。
板チョコならば試作品を作るのに、それだけの量がいるというのは理解できるんだ。
けれど、なぜにスイーツ店のチョコレートまで?
いったいアルトリアはなにを考えているのやら。
そんなことをしたら、シリウスが買う分がなくなるというのに、 その辺のことを考えていないんかね? あのまま上さまは。
まぁ、そのおかげでシリウスやカルディアと一緒にチョコを選ぶことができたんですけどね?
アルトリアが暴走したおかげで、チョコレートが不足している「ラース」でチョコレートを販売したら、そこそこに稼げそうだった。
だから近くの街まで、この街がチョコレート不足に陥らない程度にチョコレートを仕入れていると、希望たちとばったりと遭遇したんだ。
どうやら希望たちもここにチョコレートを買いに来たみたいだ。
同じ買いに来たでも、希望とプーレはチョコレートを作るための板チョコを、カルディアとエレーンにゴンさん、そしてシリウスはスイーツ専門店でチョコレートを。それぞれに買いに来たみたいだ。
俺としては希望と一緒にチョコレートを選びたいところだったけれど、材料となる板チョコの種類なんてたかが知れているので、俺は希望とプーレとは別れ、カルディアたちと一緒にスイーツ専門店でチョコレートを選ぶことにしたんだ。
「ぱぱ上と一緒に選ぶの!」
でも一番の理由は俺に抱き着きながらシリウスが言ったことだね。俺としてはシリウスに選んでほしいところではあったよ。かわいい娘の選んでくれるものであればなんだって嬉しかったからね。でもシリウスが一緒に選びたいというのであれば、そのお願いを聞くのはぱぱ上としては当然のことだった。
「もう、シリウスったら、それじゃ贈り物の意味がないよ?」
カルディアはくすくすと笑いながら、シリウスの頭を撫でてくれた。シリウスはわぅと不思議そうに首を傾げていたけれど、その仕草はヤバいくらいにかわいかった。
というか、今日のカルディアとシリウスの服装がそもそもかわいかったよ。
俺がふたりに贈った白いコートを揃って身に付けていた。
カルディアはコートの下に黒いニットワンピースというちょっと大人っぽい服装だ。黒いワンピースがカルディアの銀髪とよく映えている。それとワンピースの裾から覗く白く健康的な太ももがなんとも言えません。しかも黒いオーバーニーを穿いているので、いわゆる絶対領域が生じている。一見清楚っぽいのに、なんともエロスを感じさせてくれます。弘明兄ちゃんが見たら叫びながら、連写しそうですね。
対してシリウスはというと、白いコートは同じだけど、もこもこの手袋とニット帽を頭に被り、肩からはかわいくデフォルメされた犬の顏のポシェットを掛けていた。カルディアとは違っていかにも小さな子供の服装って感じだけど、それがかえってシリウスの愛らしさをより引きたてている。まったく、本当に困ったものだぜ。どうしてこうもうちの愛娘はかわいいのやら。
まぁ、そんなふたりとエレーン、あとゴンさんと一緒に俺は街のスイーツ専門店に入った。そこでシリウスはショーケースに張り付きつつ、俺が美味しそうだと言ったチョコケーキを選んでくれた。まぁ、バレンタインはチョコレートであればなんでもいいので、ケーキでも問題はなかった。
問題なのは、シリウスが出したお金が金貨だったってこと。チョコケーキなんてせいぜい銀貨一枚を出せばお釣りがくる程度だというのに、シリウスってば、まさか金貨を出してしまうんだもの。お店のお姉さんの顏が引きつったのは言うまでもない。
ただそこはさすがにカルディアだった。カルディアはシリウスが出した金貨を引っ込めて、銀貨でお会計をしてもらうと、今度はカルディアが選んだというホワイトチョコのホールケーキを注文した。俺のためというよりも、カルディア自身が食べたいからだと思ったのだけど──。
「シリウスも食べたいでしょう?」
カルディアはシリウスを見つめながら穏やかに笑っていた。
やっぱり同じ狼だからかな? シリウスとのやりとりで一番お母さんっぽく見えるのはカルディアなんだよね。
まぁ、カルディアは獣人で、シリウスは狼の魔物という違いはあるけれど、傍から見ればシリウスはカルディアが産んだ娘という風に見えなくもないんだよね。
この世界の初産ってめちゃくちゃ早いから、カルディアがシリウスを産んだとしても別に不思議ではないんだ。
とにかくカルディアが俺とシリウスのためにホールケーキを注文してくれたことは素直に嬉しかった。ありがとうと言おうとしたのだけど、それまで黙っていたエレーンが注文をした。それもカルディアと同じで、ホールケーキを。ただビター系のチョコケーキのではあったけれど。
どうやらエレーンもシリウスに食べさせてあげるためのホールケーキみたいだ。うちの嫁たちは本当にシリウスに甘いなぁと思うよ。……まぁ、俺が一番シリウスに甘いんだろうけどさ。
そうして娘と嫁たちの注文が終わった。最後に残ったのはゴンさんの注文だった。その注文がまた、ね。
「ふふふのふ~。となると私も買いましょうかねぇ~。とりあえず、端から端までのホールケーキを」
「ゴンさん、それは多すぎないかなっ!?」
まさかショーケースの端から端までのホールケーキを注文するとは思っていなかったよ。思わず突っ込んだもの。ゴンさんは不思議そうに首を傾げるだけだったけれど。
とにかく、ゴンさんの注文も終わり、全員の注文したケーキを受け取った頃には希望とプーレの買い出しも終わったみたいで、俺たちは意気揚々と「ラース」へと戻った。希望とプーレはそのままラースさんの城の厨房を借りるためにお城へと向かった。
「アルトリア嬢とレアがそっちの厨房を占領しているだろうし、うちの厨房を使うといい」
とラースさんがゴンさんに伝言を頼んでいたらしい。ふたりは素直に頷いて、ラースさんの城へと向かった。同時に俺はギルドの前で板チョコの販売をした。
そこそこに売れるだろうと思っていたのだけど、予想以上に売れてしまった。それも通常の板チョコが銅貨で十枚程度なのを銅貨十五枚というぼったくり値段にしたというのにも関わらず、販売開始一時間で二百枚が売り切れてしまった。
儲けは銀貨三十枚ほど。仕入れ値をまとめて買うからと値切ったので、銀貨六、七枚くらい。つまり銀貨二十数枚の利益を得たということになる。
「笑いが止まらないねぇ」
自分でもはっきりとわかるくらいに悪人チックに笑っていたよ。そして希望とプーレに言われていた時間にラースさんのお城へと向かった。もちろんシリウスたちとシリウスたちが買ったチョコも一緒にね。ただアルトリアだけがいない。それが妙に嫌な予感がするけれど、まぁ、いいかな。
「ハッピーバレンタイン、なのです!」
お城のダイニングで、普段ラースさんだけが使っているダイニングでプーレが目を見張るような大きなチョコケーキを鎮座させていた。……どう見てもウェイデングケーキレベルの大きさです。数時間でどうやって作ったんだろう、この子は。
「あ、ありがとう、プーレ」
気持ちは嬉しい。しかしこれは明らかにやりすぎなような。というか、シリウスたちのチョコケーキを完全に食っちゃうような。
「わぅ~、プーレままのケーキ、すごいの!」
シリウスは目をきらきらと輝かせていた。怒っていたり、落ち込んでいたりしているわけではないのが救いですね。
「さすがはプーレだね。すごいよ」
「ええ、これはさすがに予想外でした。なんという愛情でしょうか」
「これは食べ応えがありますね~」
カルディアは感嘆とし、エレーンは驚き、ゴンさんはよだれを垂らしながら。三者三様の様子を眺める。しかしすごいもんだ。むしろよくこの短時間で作れたなというレべルだった。
「頑張りました。でも」
プーレは少し悔しそうな顔をしている。その理由は希望にあった。なにせ希望は──。
「わぁ、ノゾミままのお鍋なの!」
「お鍋じゃなく、チョコフォンデュだよ、シリウスちゃん」
くすくすと笑いながら、シリウスに説明をする希望。そう希望が作ったのは、チョコフォンデュだった。たしかスイーツ作りではプーレには敵わないと言っていたことがあったけれど、まさかの奇策で来るとは。王道のプーレに奇策の希望。これは白熱した勝負になりそうだよ。……そもそも勝負しているかどうかもわからないけれども。
「とりあえず、俺だけじゃ無理だからみんなで──」
一緒に食べよう。そう言おうとした。でもそこで俺の幸福の時間は終わりを告げた。
「お待たせしました」
扉が開き、レアが入ってきた。その手に持つものを見て、俺は目を疑ったね。正確には後ろにいる物体を見てだけども。
レアが手に持つのは肌色の物体だった。大きく、そしてぷりんとした山型のもので、中央には桃色のアクセントがある。……うん、どう見てもレアの胸の形をしています。というかレアの胸の形を模したチョコか。居酒屋さんでおいてありそうなチョコでした。
「「旦那さま」に熱い一夜を思い出していただければ、と」
ぽっと頬を染めるレア。それ自体はいい。いや、もうチョコをくれるのはいいんだ。でもさ、その後ろにいるのはなに? チョコをかぶったオバケみたいな存在はなんですか!?
「「旦那さま」」
アルトリアの声が聞こえる。物体がゆっくりと動く。まさか、あれってアルトリアなのか!? 背筋がぞくりと震えた。アルトリアの声だ。まさか最後の最後にアルトリアがこんな色物を選ぶとは。
「……なにしているの? アルトリア」
「チョコレートです」
「……うん、そうだね。チョコレートを塗りたくっているね」
局所は水着で隠しつつ、あとはすべてチョコレートで体をコーティングしたアルトリアが立っていた。俺の気が遠くなったのは言うまでもない。
「お師匠様からお聞きしたのです。こうすれば「旦那さま」を夢中にさせられると。さぁ、どうぞ、召し上がれ」
ぽっと頬を染めるアルトリア。そんなアルトリアの姿に狂気を感じた俺がその場を逃げ出したのは言うまでもない。ただどんなに逃げてもアルトリアが追いかけてきたのもまた言うまでもなかった。
「どうして逃げるのですか!? 美味しいですよ!?」
「喰えるかぁぁぁーっ!」
雪が降りしきる「ラース」に俺の絶叫が響いたのは言うまでもない。そんな俺の姿を見てラースさんが爆笑したのもまた。もうチョコレートはこりごりだよ。
まぁ、アルトリアとレアさんのはだいたい予想できたかと←笑




