チョコレートラプソディー カルディア&エレーンwithシリウス編
本日もバレンタインものになります。
とりあえず明日まで続きます。
カルディア&シリウスの場合──。
雪が降りしきる「ラース」の中を私はシリウスと一緒にお散歩していた。
カレンからもらった真っ白なコートを私たちはそれぞれに身に着けている。
シリウスに至っては、もこもこの手袋とニット帽を頭に被り、肩からはかわいく描かれた犬の顏のポシェットを掛けていた。
すごくかわいい。
アルトリアが黄色い悲鳴を上げるくらいに、いまのシリウスはかわいい。
もっともシリウスがかわいくないことなんてないからあたり前と言えばあたり前なのだけど。
「雪、白いの」
「そうだね、真っ白だね」
「獅子の王国」では雪が降ることなんてなかったから、こうして雪を見るのは初めてだった。
聞けばシリウスも雪を見るのは初めてだったみたい。元は狼の魔物で、産まれてようやく一年くらいって話だし、無理もないとは思う。
おかげで私もシリウスも初めての雪にちょっとだけテンションを上げていた。けれど──。
「くぅん、ないねぇ」
「わぅ、ないの」
雪の中を歩き回って、もうそろそろ一時間以上が経つ。
そろそろ体が冷えてきたし、カレンのギルドに戻りたいところなのだけど、こうしてお散歩をしている一番の理由がチョコレートを買うという目的を達成できていないので、まだ帰るわけには行かない。
シリウスと一緒に「ラース」のなかをお散歩しているのは、スイーツ専門店や既製品などを扱っているお店を歩き回るため。
カレンにあげるためのチョコレートを買うためなのだけど、その目的のものがいまだ見つからない。
どこのお店に行っても、目的のチョコレートはすべて売り切れていた。いつもは余っているくせに、どうして今日に限ってはない。
「チョコレート、全部売り切れているの」
シリウスはがっくりと肩を落としている。心もち、ふさふさの白と黒の斑模様の尻尾がだらんと下がっている。まぁ私も自分でわかるくらいに尻尾が垂れ下がっているけれども。
「そうだね。行くお店、すべてでないもんね」
カレンから聞いた話だと、好きな人にチョコレートを渡す日というものがあるらしい。
なんでチョコレートなのかはいまいちわからなかったけれど、カレンの話を聞いたアルトリアやレア様はすでに行動を開始していた。そうみずからチョコレートを作ろうと動き出していた。
ただレア様はともかく、アルトリアがまともな調理なんてできるわけがないから、既製品を用意した方がいいとは思ったけれど、カレン曰く言ったところで意味がないということらしいから、あえて言わないでおいた。
その影響を受けているのかな? スイーツのお店だけならまだしも、既製品の板チョコを置いてあるお店からもチョコレートは消えてなくなっていた。
誰が犯人なのかは考えるまでもない。
「アルトリアったら、どれだけ必死なのかな?」
「わぅ、まま上には困るの」
そう犯人はどう考えてもアルトリアだろうね。というか、ほとんどのお店で「「すけひと」の秘書さんが買占めて行かれまして」と言われてしまったもの。
カレンのギルドである「すけひと」は「ラース」に本拠地を置くだけあって、とても有名だった。そしてアルトリアはその名物秘書という扱いをされている。
え? どういう意味で? まぁ、知らない方がいいってこともあるということだけ言っておこうかな?
とにかく行く店すべてでアルトリアによる仕業だという証言を得られてしまっている。おかげで私とシリウスはまだチョコレートをひとかけらも買えていないという状況においやられてしまっている。
いつもは「まま上」であるアルトリアを悪く言わないシリウスが、今日に限ってはおかんむりになっているのは、そういうこと。まぁ、「ラース」中のお店を巡っているというのに、チョコレートがひとかけらもないという状況なのだから無理もないよね。
「でもどうしようか?」
「わぅ。ぱぱ上にチョコレートあげたいのに」
シリウスは唇を尖らせつつも、俯いてしまっている。私もできたらカレンにチョコレートを渡したい。
でも最優先はシリウスだよ。シリウスは小さい体でたくさん歩いている。雪の中を一生懸命歩いているんだ。なのにチョコレートを買えないというのはさすがにありえないよ。
でもどうしたらいいのかな? どうしたらシリウスのチョコレートを用意できるんだろう? 少なくともいまの「ラース」にはチョコレートは存在しないみたいだしなぁ。
「おやおやぁ~? シリウスくんにカルディアちゃんさんじゃないですかぁ~」
後ろから声が聞こえた。見れば人型の姿になったゴンさんが薄着で歩いていた。
「あ、ゴンさん、こんにちはなの」
「うふふふ~、こんにちは~。こんなところで奇遇ですねぇ~」
「わぅ。ぱぱ上にあげるチョコレートを買いに来ているの。でも」
「ああぁ~、アルトリアちゃんさんが買い占めたって話ですかぁ~」
「くぅん? ゴンさん、どうしてわかるの?」
アルトリアがチョコレートを買い占めてしまっているというのは、少なくともお店をはしごしていない限りはわからないはずだ。なのになんでゴンさんが?
「ふふふ~、実はその件で私はいまから「すけひと」に行く予定なのですよぉ~。プーレちゃんさんとノゾミちゃんさん、あとエレーンに頼まれていましてねぇ~。近くの街にまでチョコレートと材料を買いに行くから背中に乗せてほしい、って」
「ノゾミままたちも?」
「ええぇ~。どっかの誰かさんが暴走してほとんど買い占めてしまっているので、近くの街にまで乗せて行ってほしいと頼まれましたのでねぇ~。私も日ごろの感謝を込めて、カレンちゃんさんにチョコレートをお渡ししようかと思っていたところでしたので、ちょうどいいかなと思いましてね。カルディアちゃんさんたちもいかがですかぁ~?」
ゴンさんのお誘いは渡りに船だった。シリウスは目をきらきらと輝かせている。うん、このままずっと歩き回ったところでチョコレートなんて見つからないだろうし、ここは連れて行ってもらうのが正解だよね。
「お願いします」
「お願いするの、ゴンさん」
「ふふふのふ~、了解ですよぉ~」
ゴンさんはふたつ返事で頷いてくれた。そうして私とシリウスはノゾミたちと一緒にチョコレートを買いに近くの街まで行くことになったんだ。
エレーンの場合──。
「ラース」から私はノゾミさんたちと一緒に離れていた。
「ラース」内のチョコレートはとある人物の暴走によってほとんどを買い占められている状態にあるので、手に入るはずもない。
まぁ、レア様は事前にある程度確保してもらっていたそうで、私たちと一緒に行動してはいない。どうせなら少し分けてもらえないかと頼んでみたのだけど、にべもなく断られてしまった。
「ごめんなさいねぇ。私が作るものが作るものだから、かなり量を使うの。だから分けてあげられる分がほとんどないのよね」
レア様は非常に申し訳なさそうに謝っていた。まぁ、無理もない。普段のあの人であれば、快く分けてくれそうなものだけど、今回に限っては分けられるものがないと言い切られたのだから。
それだけあの人が作るチョコレートは相当の量を使うということなのだろう。……いったいなにを作ろうとしているのが非常に気になるが、聞いたところで答えてくれそうにはない。
それにだ。あの人の行動自体ははっきりと言えば問題ではない。せいぜい少し羽目を外す程度だろうから、主さまの精神をごりごりと削る程度だろう。
問題なのはだ。私たちが「ラース」から一時的に離れる原因を作った人物の方だ。
「彼女は本当になにを考えているのやら」
主さまの秘書であり、みずから正妻だと言って憚らないアルトリア。彼女はいったいなにを考えているのやら。主さまの正妻だと言うのは別に問題ではない。問題なのは、今回の暴挙の理由だ。板チョコを買い占めるのであればまだいいが、なぜスイーツ専門店のチョコまでをも買い占めるのかがわからない。彼女は本当になにを考えているのやら。
……大方レア様が一枚噛んでいるのだろうが、レア様本人がなにも言わない以上は、私から言うことはなにもない。
あえて問題を挙げるとすればだ。シリウスちゃんが買うチョコレートまでをも買い占めてしまったということくらいか。それには私だけではなく、ノゾミさんたちも呆れていた。呆れていたが、一度暴走を始めたアルトリアを止めることは敵わない。やりたいようにやらせるしかなかった。
その結果、私たちはゴンさまの背中に乗せてもらって、「竜の王国」内にある別の街にまでチョコレートの買い出しに来ているわけだが、さして問題ではなかった。むしろかえって好都合でもある。なにせ──。
「ぱぱ上、ぱぱ上、このチョコは?」
「ん~? おお、美味しそうだな」
「じゃ、私はこれにするの。お姉ちゃん、これちょうだい」
「はいはい、毎度ありがとうございます」
私はシリウスちゃんとカルディアさん、ゴンさま、そして主さまとでこの街で一番人気だというスイーツ店に来ていた。
……なぜここに主さまがおられるのかと言うと、この街にチョコレートの買い出しに来ておられていたからだ。
アルトリアが暴走することを予見され、買い占めにはならない程度にこの街でチョコレートをみずから仕入れられておられていた。
「ちょっとだけ割高で売れば、それなりに儲けられそうだしな」
と主さまはおっしゃられていた。さすがは主さま。ビジネスチャンスを見逃さないその眼力は敬服します。
ですが、もしかしてアルトリアが暴走するようにあらかじめ誘導されていたのではないかと思えてならない。聞いたところで主さまは笑うだけだろうから、あえてなにも言うことはしまい。
とにかく、「ラース」の外でばったりと私たちは遭遇した。
結果、ノゾミさんとプーレさんを除いた全員で一緒に行動することになった。
主さまはすでに仕入れを終えられ、私たちのお土産を選ぼうとしていたそうだ。
ならお土産を一緒に選びつつ、主さまへとお渡しするチョコレートを主さまに選んでもらおうということになった。というか、シリウスちゃんのひと言がですね。
「ぱぱ上と一緒に選ぶの!」
主さまに抱き着きながら、満面の笑みを浮かべたシリウスちゃん。その笑顔に親バカである主さまが抗えるわけがなかった。
……贈り物を本人に選んでもらうというのはいかがなものかと思ったけれど、かわいいは正義です。
やや雲っているケースに張り付きながら、指差したチョコレートケーキを主さまは美味しそうと言われました。その言葉にシリウスちゃんはそれを贈り物に選びました。
主さまの世界ではたしか日付が決まっていたはずですが、まぁ、この世界ではそもそもそんな風習なんてないわけですが、いつ渡してもいいわけですし、シリウスちゃんはかわいいですから問題はないでしょうね。
女性の店員さんもシリウスちゃんの愛らしさに笑みを浮かべています。
シリウスちゃんは肩に掛けているポシェットから代金を取り出し、女性店員さんに渡しました。
それ自体は愛らしいのですが、渡した代金が金貨なのはいかがなものでしょうか?
あきらかに多すぎです。せいぜい銀貨一枚程度のものを金貨で買おうとするのだから、女性店員さんの顏が引きつりました。
「……お姉さん、こっちで」
シリウスちゃんが出した金貨を取り下げ、カルディアさんが銀貨を女性店員さんに渡されました。
女性店員さんは我に返って、毎度ありがとうございますと言われました。
ただ当のシリウスちゃんだけはよく意味がわからないみたいですね。……シリウスちゃんにお金の価値をちゃんと教えておかないといけませんね。
「あと、そっちの色違いのチョコケーキのホールをちょうだい」
カルディアさんはカルディアさんでホワイトチョコのケーキをホールで注文されました。おそらくはご自分でも食べたいからだとは思いますが。
「シリウスも食べたいでしょう?」
「わぅん!」
どうやら違ったみたいですね。シリウスちゃんにも食べさせてあげるためのホールだったみたいです。よければ私もお呼ばれしたいところですね。あ、そうか。そうすればいいのか。
「店員さん、私はそちらのビター系のチョコケーキをホールでお願いします。シリウスちゃん、私のケーキも食べてくれますか?」
「わぅん。エレーンままのケーキも食べるの!」
シリウスちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねながら笑っている。その笑顔にその場にいた全員の顏がほころびました。
「ふふふのふ~。となると私も買いましょうかねぇ~。とりあえず、端から端までのホールケーキを
」
「ゴンさん、それは多すぎないかなっ!?」
ゴンさまがかなり豪快な注文をされ、その注文に主さまが突っ込まれました。
その後ゴンさまはホールケーキを三つに減らしてくださいました。
それでもかなり多かったですが、まぁ、これくらいなら許容範囲でしょうね。
それにゴンさまであれば、一口でホールケーキを食べられますから問題はありませんね。
そうして私たちはそれぞれに主さまへとお渡しするチョコケーキを買うことができたのです。




