Act4-84 禍々しき再会
暗がりから現れたのは醜悪な化け物だった。
ぶくぶくに膨れ上がった体に、大きな顔。赤く血走った目、耳は人の顔くらいに大きく、鼻は耳に比べると小柄ではあるけれど、それでも普通のサイズを逸脱していて、赤く濡れ光る大きな口があった。そしてなによりも──。
「見つけたぞぉ、カルディアぁぁぁーっ!」
それらの部位のある顏の脇に見知ったラスティの上半身が生えていた。いやラスティの上半身を異形の体が取り込むようにして存在している。私が知っているラスティとはまるで似ても似つかない。
見知った上半身があることが、余計に目の前の化け物の醜悪さを強調している。
「ラス、ティ?」
それでも目の前にいるのは化け物ではあるけれど、私の伯父であるラスティだった。そう、ラスティだ。ラスティのはずなのに、目の前の化け物とラスティを結び付けられない。
ラスティの上半身がある。いやあるからこそ、余計に信じられない。本当に目の前にいる化け物は私が討とうと決めていた伯父なのかと思えてならない。
「私のために死ねぇ、カルディアぁぁぁーっ!」
ラスティは叫びながら突っ込んでくる。動くたびにずしんという重低音が響く。
あれがどれほどの重量をもっているのかがそれだけでわかる。重量のわりに身軽だ。
だがあくまでも重量の割には、だ。私から見ればひどく鈍重だった。
ラスティの動きに合わせて、奴の頭上に跳び上がる。獅子王軍の兵もそれぞれに回避するも、ひとりだけ回避が間に合わなかった。異形化したラスティを見て畏怖してしまったんだと思う。
その結果、その兵はラスティの突進に巻き込まれてしまう。
肉と骨が砕ける音が離れた場所からでもはっきりと聞き取れた。
兵の口から黒いものが飛び出した。飛び出したそれをラスティの上半身がつかみ取り、大きく開いた口の中に放り込んだ。
口はさも美味そうに咀嚼している。いや咀嚼しているのはそれだけじゃない。巻き込まれた兵の体を一飲みにしてしまう。口の中で肉と骨を咀嚼する音が聞こえてくる。
周りの獅子王軍の兵が顔を引きつらせる。私自身も顔が引きつるのがわかる。
目の前にいるのはラスティだ。ラスティではあるのだけど、同時にこれは化け物だった。人を喰う化け物であり、「死肉の臭い」がする者。そんな存在を私は知っている。
「グール、か」
そうグール。目の前にいるのはラスティであるけれど、グールでもあった。人とグールの混ぜ物。それがいまのラスティだった。
でも私が知るグールは、話に聞いたグールはここまで巨大化することはない。そもそもグールは人と同じ姿をしているはず。
けれどラスティはおおよそ人の姿とは言えない醜悪な姿に変わってしまっている。
というかこれは本当にグールなのかな? あまりにも通常のグールからは逸脱しすぎている。そもそもなんでラスティがグールになってしまっているのかがわからない。
なにがあったのと聞きたい。聞いたところで意味はないだろうけれど、同じ一族として、血の繋がりのある相手として聞きたいと思った。
いまのラスティを見たら婆様は気絶するだろうし、母様もショックを隠し切れないはずだ。
だからふたりにはいまのラスティを見せることはできないし、したくない。私にできることは秘密裏に、この場でラスティを始末することだけ。
本音を言えば、まともな姿でいてほしかった。私はラスティを討ちに来たわけであって、化け物退治をしに来たわけじゃないんだ。
なのに再会を果たしたラスティは人を捨ててしまっている。完全に化け物と化してしまっていた。こんなラスティを討ちたいわけじゃない。
けれど私がなにを言ってもラスティは聞いてくれない。だっていまのラスティは私を殺すことしか考えていない。
普段のラスティであれば、何度やっても殺されることはない。けれどいまのラスティは一度のミスで瀕死の重傷を負わされる。喰われてしまった兵のように一度の判断ミスが死を招く。
そんな相手だ。そもそもあの重量でまともに動けるとかおかしいと思う。いったいどういう体の構造を──。
「そうか。獅子王軍のみんな、一時撤退して! こいつは私じゃないと倒せない!」
獅子王軍の兵が邪魔になる。というよりも巻き込みかねない。ラスティは動きが鈍重になっているけれど、その重量による力任せの一撃は脅威だった。一撃死してもおかしくないくらいには。
陛下やレア様であれば瞬殺できるとは思う。でも逆に言えば陛下やレア様クラスじゃないと倒すのは難しいってことだ。
加えて陛下やレア様であっても、部下を連れてとなると、かなりてこずりそうだ。
雲の上の存在であるふたりがそうなのだから、私ではきっと獅子王軍の兵が一緒にいたら、勝つことなんてできない。ここは身軽になるべきだった。
「わかりました。徹底します。御武運を」
私の考えていることが獅子王軍の兵にも伝わったのか、小隊長さんが悔しそうに頷いてくれた。
足手まといになると言うべきかどうかを迷っていたけれど、小隊長さんのおかげでそこまで言わなくて済んだのは僥倖だった。
母様が言うには、私も生き残った「蒼炎の獅子」のみんなもそろって「獅子王軍」に編入されることになるみたいだし、獅子王軍とは仲良くするべきだ。だからこそ足手まといとまでは言いたくなかった。
……まぁ、現状を踏まえたら言外でそう言っているというのは誰でもわかることだろうけれど、それでも実際に口にするのとしないのとでは大違いだった。そういう意味では小隊長さんの判断には助けられたと言ってもいいよね。
獅子王軍の兵たちが一斉に徹底する。ほかの通路にもまだ獅子王軍の兵はいるだろうけれど、少なくともここには、もう私とラスティしかいなくなる。
獅子王軍の兵を咀嚼していた音が止んだ。完全に食べきったみたいだ。獅子王軍の兵を撤退させたのはそれも理由だった。
喰らえば、喰らうほど強くなるかどうかはわからない。
ただ少なくとも獅子王軍の兵をひとり喰った分だけ、重量は増したはず。その分一撃の重さは上がったはず。
もともと高すぎる威力があったから、それにいくらかプラスされたところで、誤差の範囲でしかないだろうけれど、少なくともあのまま獅子王軍の兵すべてを平らげられるよりかはマシのはずだ。
「爺様の仇、取らせてもらうよ、ラスティ」
これを討ったところで敵討ちになるかはわからない。
それでもやるしかなかった。私は「蒼炎」を纏う。纏ったまま、ラスティへと向かって切り込んでいった。




