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Act4-79 苛立ちと襲撃

 カレン・ズッキーの殺害。私がラスティに命じたことだった。


 あまり使い道のない男ではあるけれど、あの状況であればあの男でもあの女を殺すことはたやすい。そう思っていた。だが、その私の期待をラスティは裏切った。


 殺せずとも死に体までできればいいと思っていたが、あろうことか、あの女を逃がしてしまった。


 おかげで「獅子の王国」での拠点を使うことになってしまった。


「蒼炎の獅子」のアジトはもう使えない。もっともこの拠点であれば、誰にも気づかれることはない。


 だからと言って、ラスティの、役立たずの失態が拭えたわけではなかった。


「この、穀つぶしが!」


 苛立ちのままに蹴り飛ばす。


 役立ずは、血を吐きながら地面を転がっていく。だがその表情にあるのは喜色だけ。私自身が為したこととはいえ、気色悪いにもほどがある。


 利用価値があるかと思っていたが、まさかここまでの役立たずだとは思ってもいなかった。まさかあの状況で、あの女を殺すどころか、逃がしてしまうなんて、とんでもない役立たずだった。


「私は殺せと言ったはずだ! なぜ逃がした!?」


 声を大にして叫ぶ。役立たずの口から血を流しながら、「申し訳ありません」と言っている。だが謝ればすむことではない。


「謝ればすむと思っているのか、この穀つぶしが! あの女を、カレン・ズッキーを必ず殺せと私は命じたはずだ!」


「思った以上に、あの少女は手ごわく、こちらにも被害が」


「そんな言い訳で納得できると思ったか!?」


 立ち上がろうとした役立たずを再び蹴り飛ばす。役立たずの服は血と土に塗れて汚れていた。


 だがそんなことはどうでもいい。いまはこの苛立ちをこの役立たずにぶつければいい。


 いっそのこと殺してしまおうか。そうすれば少しは憂さ晴らしができるし、これ以上この役立たずの顏を見なくて──。


「お待ちください、姫様」


「……なんの用だ? じいや」


 振り向かずとも誰に声をかけられたのはわかっていた。相変らず、好々爺の顏をしているくせに得体のしれない爺だ。だがそういうところがお父さまには気に入られているのだろう。


「癇癪を起されるのはわかりますが、いまはどうかお気を沈めてくださいませ。役立たずの首などいつでも落とせるのです。そのようなことに労力を使うよりかは」


「私に指図するのか?」


「いえ、そういうことではございません。どうか冷静になり、お父上の命を思い出してくださいませ」


「……わかっている」


 お父さまの命令。その言葉を言われてしまったら、私はなにも言えなくなってしまう。


 たしかにお父さまがお望みである「獅子の王国」の転覆はこの役立たずを殺せば、達成できなくなってしまう。


 すでに手遅れになりつつあるとはいえ、いまはまだ殺すわけにはいかない。殺してしまえば、お父さまのお望み通りの結果にはなりえなくなってしまう。癪ではあるが、じいやの言う通りではあった。


「……礼を言う、じいや」


「なんの、姫様のお役に立つことこそがこの老骨の至上の喜びゆえ」


「ふん。姉さまやアリアにも同じことを言っているのであろう?」


「これは痛いところを衝かれました。私にとって姫様方は平等にお慕いする方々ゆえ」


「まぁ、いいさ。アリアはともかく姉さまを慕わぬなどと抜かすのであれば、じいやとはいえただではすまさぬところであった」


「これはこれは、怖いですなぁ。もっともアイリス姫のご性格はお小さい頃から知っておりますので、そう言われるとは思っておりましたが」


「……本当に喰えぬな、じいやは」


「ほっほっほ、それだけでこの歳まで生き抜いてきましたので」


「それだけではなかろうに。まぁ、じいやがそういうのであれば、そういうことにしておくよ。それよりも、だ」


 役立たずは血を流しながら、荒い呼吸を繰り返している。痛みによるものではない。単純に興奮して息を荒げている。


 どこまでも気色が悪い。いっそ殺してしまいたいところではあるが、じいやに止められた以上は殺すわけにはいかない。だが──。


「なぁ、じいや」


「ふむ、殺さぬ程度で、ですぞ?」


「ふふふ、さすがはじいやだ。私の言いたいことをすぐに理解してくれる」


「さきほども言いましたが、お小さい頃から、アイリス姫のことは存じ上げておりますゆえ」


 恭しくじいやがお辞儀をする。多少呆れているようにも見えるが、些事だ。それにじいやの慇懃無礼はいつものことだった。


 むしろそれでこそのじいやだと私は思っている。それは姉さまもアリアも同じ意見だった。アリアはともかく姉さまと同じ意見だというのは素直に嬉しかった。


「さぁて、じいやの許しも得たところで、だ。覚悟はいいな? 役立たず」


 転がっている役立たずを見やる。役立たずはみずからの血で顔を染めながらも笑っていた。笑っている役立たずを見ていると反吐が出そうになる。


 だが役立たずであっても憂さ晴らしの道具くらいには使える。いやそうでなければ、こいつの存在価値はなかった。


 殺さない程度で、とじいやは言った。つまりは殺さない限りはなにをしても問題はないということだった。


「さぁ、いい声で啼けよ、役立たずが!」


 役立たずをまた蹴り飛ばす。今度はじいやだろうと、誰であろうとも邪魔はさせない。死ぬ一歩手前まで追い込んでやる。そうしないと私の気がすまない。この苛立ちを解消することができない。


 そうだ。こいつはそのためだけに存在する。私を満足させることもできず、あの女を殺すこともできない。そんな役立たずにできることは、私の苛立ちを解消させるための、嬲られ役くらいだろう。


 役立たずの顎を蹴り上げる。折れた歯と血が宙に舞う。宙に舞うそれらを眺めつつ、これからがお楽しみだと思った。


「伝令! 獅子王軍です!」


 扉の向こうからありえない言葉が聞こえてきた。同時に鬨の声が聞こえてきた。

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