Act4-72 再会
めちゃくちゃ遅くなりました←汗
「カレン」
カルディアは泣いていた。
ラスティ所長のことはよく知らない。だけど、すでに俺の中では敵判定だった。
でも、敵判定でも足りないかもしれない。滅殺判定くらいは必要かな?
こんなことなら一発じゃなく、あと五発くらいは殴っておけばよかったよ。
そのくらいは殴らないと気がすまなくなってしまったよ。
別に義憤に駆られてってわけじゃない。そりゃぁ、少しはそういうのもありますよ?
ゲームの勇者みたく、困っている人の手助けをすることもある。
でもさ、手助けってどこまですればいいのさ?
病気の人のために病に効く薬草を摘んでくることまでであれば、おそろしく心の狭い人でなければしてくれる。
でも、病気が治ったから就職の世話をしてくれと言われて手伝う人っているのかな?
報酬があれば、仕事の依頼であればやってもいい。
でも、仕事の依頼ではなく、無報酬であったら?
受けてくれる人はそうそういないよ。
薬草は善意でかつ、そう面倒なことではなかったからだ。
けど就職の世話なんざ、善意でやれるわけがないだろうに。
薬草のときは助けてくれたのにと言われたとしても、善意でできる範囲を越えている。
だからこそ、冒険者は善意で動くなと新人の頃に教わる。
実際俺もそう教わったからね。……プラムさんのときは完全に善意で動いてしまったうえに、働き先まで紹介することになってしまったのだけども。
とにかく。普通の冒険者であれば善意で動くことはない。
せいぜい依頼の途中で話に聞いた薬草があり、なおかつアイテムボックスに余裕があれば採取する程度だ。
……もっともそれを吹っ掛けた値段で買わせるか、それともただ同然の値段で買わせるかでその冒険者の器がわかるけども。
俺であれば、吹っ掛けはしない。プラムさんに無料でエリキサを渡してしまった時点で俺が甘ちゃんな奴だということになる。
でもどんなに甘ちゃんであっても、俺も冒険者の端くれですから、基本的には報酬を要求する人種です。
プラムさんのときは、無料でエリキサをあげた。でも、代価はもらっている。なにせ代々続く人気の屋台を文字通り潰させ、俺のギルドで安い給料で働かせているんだ。
しかもプラムさんの一人娘であるプーレを無理やり娶った。
うん、どう考えても俺は善良なる市民とは言えません。
そんな俺がいくら嫁が泣いているとはいえ、無報酬で働くなんざごめんですよ。
ちゃんと代価を貰わなきゃやる気なんて起きないよ。
「やられっぱなしは嫌だろう?」
「……うん。ラスティのせいで「蒼炎の獅子」のみんなが何人もいなくなってしまった。ううん、ラスティの言うことに素直に従っていた私が悪いの。私がなにも考えていなかったから。考えるのをやめてしまったから」
「……たしかにそうかもね」
がたりと後ろで物音が聞こえる。なんとなくだけど、ディアナさんが過剰反応をしているような気がする。
……俺、無事にこの部屋を出られるかな?
まぁ、そのことはいい。いや、いいと考えていないとやっていられません。
とにかく、いまはディアナさんという恐怖のことは忘れましょう。
「君がちゃんと物事を考えていたら、こんなことにはならなかった。人に決めてもらうのではなく、自分の意思で決めていればよかったと思う」
「……そうだね。私はずっとラスティが考えていたとおりに動けばいいと思っていたから。カレンの言うとおりだ。私は自分の意思で動いていなかった。いや自分の意思で動いていると思いこんでいた。本当はラスティの掌のうえで踊らされている人形だったのにね」
カルディアが笑う。涙目になって、力なく笑っている。
俺は笑顔が好きだ。どんな人でも笑顔はきれいだからね。そのなかには当然カルディアの笑顔も含まれていた。
でも、いまのカルディアの笑顔は好きじゃない。こんな笑顔なんて見たくない。カルディアにこんな笑顔を浮かべさせている。うん、やりたいことは決まったよ。
あとの問題はだ。報酬を決めることかな?
「カルディア。依頼内容を教えてほしい」
「依頼?」
意味がわからないとカルディアは首を傾げている。ララおばあさんも驚いた顔をしている。あー、そういえばララおばあさんにはカルディアの依頼を受けたからと言って、納得させたんだっけ?
もっともあのときは、カルディアであればああいうだろうなと思ったからこそ、ああ言ったわけで実際には依頼の内容を教えてもらっていなかったんだよね。
まぁ、あのときの判断で結果オーライだったから問題はない。
でも、今回ばかりはカルディアに依頼の内容を教えて貰わなきゃいけない。
「あのとき、アジトで言い掛けていたことだよ」
「あれは婆様を連れて逃げてほしいと言おうとして──」
「でも、依頼を受注する前に依頼自体は完遂することになった。だからこそ、君は新しい依頼を俺に受けさせることができる。当然報酬はいただきますがね? しかも今回は危険すぎる依頼だから、割り増し料金とさせていただきます」
報酬という言葉にカルディアが顔を歪ませる。
いまのカルディアは無一文だ。そしてカルディアが俺に請け負わせたい依頼は、かなりの金額になる。星金貨ほどではなくとも、金貨百枚はくだらない。
そんな大金をいまのカルディアが持っているわけがなかった。だからこそ、顔を歪ませている。
「ちなみにいくらかかるの?」
「そうだなぁ。偽物の「蒼炎の獅子」壊滅及びラスティ所長をぼこぼこにするとなると、ざっと──」
ごくりとカルディアが喉を鳴らした。そんなカルディアに俺は割り増し料金という名の吹っ掛けた報酬額を口にした。
「カルディアのとびっきりきれいな笑顔を俺が満足するまで見せてもらおうかな? ただそう簡単には満足しないのでよろしくな」
「はっ?」
カルディアが唖然としている。ララおばあさんは苦笑いで、プライドさんに至っては爆笑していた。
「がははは、そう来たか! それはたしかに割り増し料金だな!」
「ふふふ、たしかにかなりの報酬になるでしょうね」
「えっと?」
プライドさんとララおばあさんは俺の言いたい意味を理解したみたいだ。カルディアだけは理解していなかった。
「ふぅん? 面白い言い方をするじゃないか、婿殿」
扉が開き、ディアナさんが入ってきた。ディアナさんはにやにやと笑っている。
が、ララおばあさんがため息を吐いていた。
「……あんたは相変わらずだねぇ」
「あははは、娘を産んだからといって、そう簡単には性格は変わらないですよ」
「まぁ、それでこそのあんただからね。ガイアスも草葉の陰で泣いていそうだよ」
「そうですかねぇ~? 父様なら喜んでいそうな気がしますよ? 母様」
「あの人は親バカだったからね。あと爺バカでもあっとし」
「あ~、話でしか聞かなかったけれど、その光景見たかったですね」
「まぁ、仕方がないでしょうよ。あんたには任務があったし」
「それでも見たかったなぁ。……この子が日に日に成長するところを父様と母様と一緒に」
ディアナさんは穏やかに笑いながらカルディアのそばに座った。
カルディアは目を見開いている。見開きながらディアナさんをじっと見つめていた。
「……婆様を母様って言ったの?」
震えていた。体と声が震えている。そんなカルディアにディアナさんはそっと手を伸ばし、頬を撫でていく。
「……父様たちに任せたときは、まだ泣いてばかりだった。私が抱いてあげないと泣き止んでくれなかった子が、大きくなったねぇ」
ディアナさんの目尻に涙が溜まる。カルディアが小さく口を動かしているけれど、その「呼び名」を口にできないでいるみたいだ。
「……憶えているかな? こうして頬を撫でてあげたこと」
「……知らない」
「無理もないよ。だって、産まれたばかりだったもの。私の顔だって憶えていないでしょう?」
「……知らない」
「うん。それがあたりまえ。私にとってのあなたと、あなたにとっての私は、決してイコールではない。私が抱く気持ちとあなたが私に向ける気持ちは同じではないから」
「やめて」
「ごめんね。いまさら出てきちゃって。もっと早くあなたには会いたかったのだけど」
「やめてよ」
「……なにを言われても仕方がないとは思っていたけど、あなたにそう言われるのは──」
「やめてってば!」
カルディアが俯きながら叫んだ。
肩を上気させながら、カルディアは荒い呼吸を繰り返していた。
感情を抑え込めないのだと思う。自制心さえ麻痺させるほどの感情がカルディアのなかで渦巻いているんだ。
「そうだね。いまさら出てきてなにをえらそうに──」
「そうじゃない!」
「え?」
ディアナさんが首を傾げていた。カルディアの言いたい意味がわかっていないんだ。そういうところは母娘だなぁと思うよ。
なんというか、どっちもマイペースすぎる。そういうところは本当にそっくりだ。見た目もそっくりだし。ただ獣人としての種が違うのはちょっと不思議ではあるけれども。
「……「あなた」って呼ばないで。他人行儀じゃなく、ちゃんと名前を呼んでよ。私がなんなのか、ちゃんと名前を呼んで聞かせてよ」
カルディアが顔をあげる。大粒の涙をこぼしながら、カルディアはディアナさんを見つめていた。ディアナさんの目じりに溜まっていた涙がほろりと零れ落ちていく。
「……そうだね。さっきから「あなた」としか言っていなかったものね。本当に私はダメだな。だけどね。それでもあなたを、カルディアを誰よりも愛しているよ。だって私はあなたの母親だもの。あなたの母様だもの」
「母様ぁっ!」
カルディアがディアナさんに抱き着いた。抱き着きながら泣きじゃくる姿は、小さな子供のようだった。
「おやおや、泣き虫さんだねぇ、カルディアは」
「母様も泣いている、もの」
「ふふふ、そうだね」
ディアナさんがカルディアを強く抱きしめていく。いままで一緒にいられなかった月日の分まで、その月日のなかで抱いてきた想いを込めるように。
「……大きくなったねぇ」
万感の思いがこもった言葉。その言葉にカルディアは大声で泣いていく。そんなカルディアをディアナさんは強く、とても強く抱きしめていく。十何年ぶりの親子の再会。その姿に──。
「……いいなぁ」
ほんのわずかにだけ、俺はカルディアを羨ましく思えてしまった。その言葉自体はカルディアの声に掻き消されてしまっていた。
でもいつのまにか隣に立っていた希望がそっと手を握ってくれた。希望はなにも言わない。ただ手を握ってくれた。
カルディアは泣き続けている。泣きじゃくるカルディアを俺は希望と手を繋ぎながら、いつまでも見つめ続けていた。
明日は多分十六時に更新できるはず、です←汗




