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Act4-69 涙は悲憤とともに

 獅子王の話が終わる。


 懐かしそうに始祖様のことを語る獅子王は、とても寂しそうだった。


 始祖様のことを好きではなかったって言っていたけれど、いまの表情を見るかぎり、ひそかに好きだったんじゃないかなって思えなくもない。


 話を聞く限りだと無自覚な気がする。いやあえて無自覚に見せているだけなのかもしれない。


 獅子王は結構な読書家かつ、それなりの戦術家でもあるみたいだから、自分の本心を語ることなんてそうそうないだろうからね。


 それにしても婆様の言う通りだったのか。「蒼炎の獅子」は私たち一族と獅子王の絆の証。正直な話、まだ半信半疑だ。


 だって爺様が死んでから私はずっと獅子王を恨み続けてきたんだ。


 獅子王を恨むことでいままで生きてこられたと言ってもいい。


 なのにそれがいまさら間違いでしたなんて言われても、納得はできない。ましてや恨む相手自体が違うと言われても、そもそも納得さえできないよ。


 たとえ獅子王が始祖様に恩義を抱いていたとしても、すぐには飲み込むことはできない。納得することはできない。


 実際に私は獅子王軍に爺様を殺されてしまっている。話を聞く限りでは、あの獅子王軍自体が偽物なのかもしれないけど。


 だって獅子王や婆様の話を信じるのであれば、「蒼炎の獅子」自体が獅子王軍の一部ってことだもの。


 つまり味方に殺されたってことだもの。そんなことはありえない。


 獅子王自身もそう言っているし、婆様もそう信じている。


 そして思えば、爺様も襲われてすぐになにかを言おうとしていた。あれはきっと獅子王軍ではないと言おうとしていたんじゃないのかな?


 本物の獅子王軍ではないと。偽物の獅子王軍だと言おうとしたんじゃないのかな。そうなると、あの獅子王軍はなんだったのか。答えはひとつしか思い浮かばない。


「……ラスティの差し金だったのかな?」


 どう考えてもあの獅子王軍はラスティの部隊だったんだろう。むしろそう考えれば納得できる。


 当時の私はまだ十歳にもなっていない子供だった。そんな子供を頭領にするとなれば、当然後見人が必要になる。成人するまでは後見人が実質の頭領ということになる。


 実際私はいまのいままでラスティに頼りっぱなしだった。


 単純にラスティに押し付けていたというだけだったけれど、あの人に実務を任せていたことは事実だ。


 その立場をあの人が利用していた。でなければ頭領である私の言うことを聞かない奴なんて、普通は入団なんてさせないだろうに。


 そんな奴らを入団させていたってことは、ラスティは「蒼炎の獅子」を乗っ取ろうと画策していたってこと。私を陥れて、自分の思うままに「蒼炎の獅子」を動かそうとしていた。私物化しようとしていたんだ。いやそもそも──。


「……ひとつ聞いてもいい? 陛下」


「なんだ?」


「爺様が言っていた後見人ってさ、もしかしたら陛下のことなの?」


 考えてみれば、爺様があの日私を獅子王に会わせると言っていたのは、獅子王という後見人との顔合わせのためだったんじゃないかな。


 むしろそれ以外に獅子王にわざわざ会いに行く理由が私には思いつかなかった。


「……ああ、ガイアスから頼まれていた。ララは生存を隠していなきゃいけないから、後見人として選ぶことはできない。となると頼れるのはあなただけだと言われてな。ちと迷ったが、あいつの最後の頼みとまで言われちまったら、断ることはできなかったよ。まぁ、その後見人としての役目も満足に果たせなかったんだがな」


 申し訳なさそうに獅子王は私を見つめていた。自分のせいだと言っているように感じられた。


「あの日、ちゃんとおまえたち二人に迎えを出せばよかった。ガイアスは体を病んでいたのだから、迎えを出すのは当然のことだった。それを怠った。あいつであれば病であっても最期の最期まで元気でいるだろうと思ってしまった。その結果がガイアスの死を速めることになり、カルディア、おまえさんの後見人として接してあげることができなくなった。すべては俺の怠慢が招いたことだ。そういう意味では、ガイアスを殺したのが俺だっていうのは間違いではないんだろうな」


「なにを仰っているのですか、陛下!?」


 婆様が驚いた顔をする。けれど獅子王は首を振った。


「間違ってはいないさ。俺がもう少し気を配ればよかった。あいつのことをちゃんと考えていれば、あいつはもう少しだけ生きていられただろう。もっとカルディアと一緒にいることができた。ララ、おまえさんとももっと一緒にいられたはずだ」


「それは」


 婆様はなにかを言おうとしてやめた。否定する言葉が出てこないからなんだと思う。もしくは否定できる言葉が思いつかないのかもしれない。それだけいまの獅子王はあまりにもらしくない姿だった。


「だから言う。すまないことをした。すべて俺の不徳と怠慢が引き起こしたことだ。なにを言っても詫びにはならないだろうが、それでも謝らせてくれ。すまなかった」


 獅子王はその場で頭を下げた。国王みずからが頭を下げる。それは前代未聞と言ってもいい。それを獅子王はあっさりとやってのけた。


 それだけ獅子王も責任を感じているということ。そしてそんなことができる人が、爺様の仇であるわけがなかった。本当の仇であればこんな風に謝ることなんてないと思う。ということは──。


「そっか、やっぱりラスティが爺様の仇なんだね」


 認めたくはない。認めたくはないことだけど、認めるしかなかった。私の本当の仇は、爺様を殺した張本人は私の後見人と言って、「蒼炎の獅子」を実効支配していたラスティその人だってことを。


 ラスティはなんとなく怪しいとは思っていた。


 獅子王を倒す算段がついたと言っていた。策があると言っていた。


 でもその策を私には教えてくれなかった。


 最初に策があると言ったのは、私が子供の頃、「蒼獅」になったばかりの頃だった。


 あの頃から変わることなく、ラスティは策を教えてくれなかった。


 子供の頃は素直に信じられた。


 でも成長するにつれて、その策が本当にあるのかと思うようになった。


 私を騙しているだけじゃないかと思うようになっていた。


 それでもラスティが頼れる存在であることには変わらなかった。


 それがよりラスティを助長させてしまったんだ。


「……間違いはないでしょうね。ガイアスが陛下を後見人になってもらっていたことをあの子は知らなかったから。私たちも状況を把握しようとしていたのだけど、その隙を衝かれてしまった。後手に回ってしまった結果、あの子はあなたの後見人としての地位を確立してしまった」


 婆様は悔しそうだった。


 それが爺様を殺されたうえに嘘で塗りかためた地位を得られてしまったことに対してなのか、それともそれらを為したのが自分の息子だからなのか。たぶん両方だとは思う。


 私には婆様がいまどれくらい悔しいのかはわからない。わからないけど、私も悔しいと思ってはいた。悔しいという意味であれば、私も同じだった。


 ラスティに騙されたうえに、いいように使われてしまった。


 獅子王は自分のせいだと言っていた。でも、本当に悪いのはなにも考えていなかった私だもの。


 ラスティに言われるままに獅子王を恨み、始祖様から続く私たち一族と獅子王の絆の証を象徴していた「蒼炎の獅子」を、始祖様から爺様まで続いていた絆を汚してしまった。


 私たち一族の誇りを汚してしまった私が誰よりも悪いんだ。


「悔しい」


「なにがだ、カルディア?」


「一族の誇りを汚してしまった。あなたと始祖様との絆を泥まみれにしてしまった。それが悔しい。悔しいよ、陛下」


 泣いていた。無理やりではなく、心の底から獅子王を陛下と呼びながら泣いていた。


 獅子王、いや陛下は痛ましそうな顔をしている。


 なにも言わず、私の頭をただ撫でてくれた。


「……悔しいだけで終わりじゃないよな? カルディア」


 不意に声が聞こえてきた。同時に扉が開いた。そこには──。


「よお、元気そうだな」


 不適に笑うカレンが立っていた。

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