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Act4-59 シリウスのために

 本日八話目です。

 なにを言っているんだろうと自分でも思う。


 だけどこうでも言わないとカレン・ズッキーはきっと頷いてくれない。


 この人は優柔不断ではあるけれど、この人が誰よりも愛しているのがノゾミであることは知っている。


 だって同じ嫁という立場ではあったけれど、私と、ううん、レア様やプーレを含めた私たち四人と、ノゾミに対してではカレン・ズッキーのまなざしは違っていた。


 私たちの中でもレア様とプーレに関してはまた扱いが違っていたけれど、ことノゾミに関してはそれ以上の違いがあった。


 具体的に言えば、ノゾミに対してだけ、カレン・ズッキーは態度が違っていた。


 私たち四人にも優しかったし、ちゃんと面倒を看ようとしてくれるというのがわかったけれど、ノゾミはそのさらに数歩先を行っていた。


「なにがあっても守り抜く」


 ノゾミを見つめるカレン・ズッキーの目は雄弁に物語っていた。


 ノゾミを守り抜くってそう目が言っていた。それは私たちには決して向けられることのないまなざしであり、想いだった。


 ちょっとだけ嫉妬をしたのは秘密。たとえ本気ではなかったとしても、あくまでも策ではめるためだけに近づいた相手だったとしても、一時は「旦那さま」と呼んだ人だ。


 その人からの想いの大きさに違いがあれば、それも比べようもないくらいに想いの大崎に違いがあるとすれば、嫉妬をするのも当然だった。


 しかも嫉妬をしたくても、ノゾミは嫉妬しづらい子だった。まだアルトリアのように自分こそが正妻だって顔をしているのであれば、嫉妬はしやすかった。


 けれどノゾミは違っていた。正妻だけど、その立場を鼻にかけているわけじゃない。むしろ対等な立場だと言っているかのように、私たちと接していた。


 どう考えても正妻の座は揺るがないというのに、自分もまた正妻をめぐるための戦いの参加者だって態度を崩すことはなかった。自分も対等の立場で争っているんだという態度を変えることはなかった。


 そこがアルトリアとは違うところであり、そしてノゾミに嫉妬しづらい部分だった。


 なにせあまりにも清々しすぎるんだもの。嫉妬するための毒気すらも抜かれてしまいそうなほどに、ノゾミは清々しい人だった。


 これが少しでも調子に乗っていると思えれば、嫉妬はできた。


 けれどノゾミにはそういうものは一切なかった。


 かえってノゾミの粗探しをしようとする自分の粗が見えてしまうくらいに。


清々しすぎるノゾミとは違って、あまりにも醜い姿の自分を見ているように感じられた。まるで透きとおった鏡を見ているかのような気分だった。


 そんなノゾミだからこそ、レア様もノゾミがいまのところは正妻だということを認めているんだろう。


 プーレもノゾミを正妻の最有力の候補だと考えている。


 そしてアルトリアに余裕がない態度なのも、すべてはノゾミがあまりにもまっすぐすぎるからなんだと思う。


 相手を尊重したうえで、正々堂々と戦おうとするノゾミにやられてしまっているからなんだと思う。


 はっきりと言えば、アルトリア自身ノゾミには敵わないと思ってしまっているんだと思う。


 どれだけ背伸びをしてもノゾミには敵わない。ノゾミがすべての面で自分を超えていると思っているんだと思う。


 だからこそ私たちに対する当たりが強くなってしまうし、余裕がなくなってしまっているんだと思う。


 元からアルトリアがああいう性格なのであれば、シリウスがアルトリアを「まま上」と慕うことはなかったと思う。せいぜい「おねえちゃん」だったんじゃないかな? もしくはただの「まま」だったのかもしれない。ノゾミが「まま上」になっていたと思う。


 それだけアルトリアは余裕がない。なさすぎるくらいにない子だった。それこそどうしてこんな子をシリウスは「まま上」と言って慕っているのかなって不思議になるくらいには。


 きっとノゾミと出会うまえまでは、アルトリアはああいう風ではなかったんだ。アルトリアが変わってしまったのは、ノゾミが正妻の座に座ってしまったから。だからこそアルトリアは変わったんだろう。ノゾミにしてみれば言いがかりのようなものだろうけどね。


 でもアルトリアの気持ちもわからなくはないんだよね。私がアルトリアの立場であれば、ノゾミはかなり目障りな存在だと思う。目の上のたん瘤みたいな存在になるはず。


 その一方でノゾミをどうしても嫌うことができないはずだ。実際私がそうだもの。いや、違う。そうだったもの。あくまでもカレン・ズッキーを油断させるためだったとはいえ、嫁という立場であったとき、私はノゾミを目障りには感じていた。


 だってノゾミがいるかぎりは、私が一番になることはないんだ。その座に居座っているノゾミを忌々しく思わないわけがない。


 忌々しくは思っても、決して嫌いにはなれなかった。むしろ話せば話すほどノゾミは私にとって好ましい人になっていっていた。それこそ私が男であれば求婚していてもおかしくはないくらいに。


 それだけノゾミは好ましくて、そして優しい子だ。そんなノゾミだからこそカレン・ズッキーはあんなにも愛しているんだろうって思ったよ。


 その割にはレア様とプーレに手を出しているわけだけども。まぁ、そこは爺様も同じだったみたいだから、とやかく言うつもりはない。


 とにかくカレン・ズッキーがノゾミをどれだけ愛しているのかは理解している。だからこそいまカレン・ズッキーがいまなにを考えているのかもわかっているつもり。


 事情は説明した。それでも彼女が即答しないのは、ノゾミを想っているからだ。


 ノゾミがいるのに、ノゾミを愛しているのに、ノゾミ以外のものになるとは口が裂けても言えないからなんだと思う。実に彼女らしいことだと思う。


 でも頷いてもらわないといけない。いや頷かせなきゃいけない。


 カレン・ズッキーには直接的な言葉では言っていないけれど、ラスティは「蒼炎の獅子」を乗っ取ろうとしているのかもしれないと私は考えている。


 あくまでも可能性であって、実際にそうだとは思っていない。けれど可能性としてであれば、決して否定できないことだ。


 実際ラスティが連れてきた新メンバーたちは、すでに旧メンバーよりも多くなっていた。


 獅子王軍との諍いが起きると旧メンバーたちが矢面に立つことが多いから、その分損耗が大きい。


 逆に新メンバーは経験が足りないってことで後方にいることが多い。


 部隊の采配はラスティにお願いしているけれど、その采配は私から見るとおかしなところが多々ある。


 でも意見的には決して間違っていないことだから、却下することはできなかった。そうしているうちに昔から知っている「蒼炎の獅子」のみんなは少しずつ数を減らしていき、逆に新メンバーは数を増やしていった。


 そしていまや数の差は新メンバーの方がだいぶ多くなっていた。


 数の差で言えば百人ほどくらいかな。下手をすれば数の差で押さえこまれかねない状況だった。つまりはクーデターが起きてもおかしくはない状況だった。


 だけど私は信じている。ラスティは、伯父さまがそんなことをするはずがないって。だって伯父さまは爺様に私の後見人を頼まれた人なんだ。だからきっとそんなことはしない。


 でも念には念を入れるべきだった。だからこそカレン・ズッキーには頷いてもらわなきゃいけないんだ。だって頷いてもらわなきゃ──。


「シリウスが泣くところを私は見たくないよ。だからお願い、頷いて」


 シリウスはとても愛おしい。それこそ攫って娘にしたいくらいには。


 でもそんなあの子が泣くようなことはしたくなかった。


 あの子が泣くことになる。それは「ぱぱ上」であるカレン・ズッキーの死。


 かわいいシリウスが泣くところなんて想像もしたくないんだ。


 だからこそここで頷いてもらう必要がある。


 頷いてくれさえすれば、私が守ってあげられる。


 事が終われば、シリウスの下に「ぱぱ上」を連れて行ってあげられる。


 だからこそなにがなんでも頷いてもらう。そう思っていた。でも──。


「悪いけれど、頷けないよ。俺もシリウスが泣くところは見たくない。でも俺は」


 ノゾミを愛しているから、頷くことはできない。


 カレン・ズッキーはまっすぐに私を見上げながら、はっきりとそう言い切ってくれた。

 シリウスのためであっても、あえて頷かないのが香恋です。

 続きは二十時になります。

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