Act4-55 黒幕
本日四話目です。
「おーろーせー!」
廊下から聞こえてくる声は、例の「才媛」のものだ。
「才媛」は両手両足を縛って牢屋に転がしておいたはずだが、なぜか牢屋から出てしまっているようだ。
大方頭領、姪が部屋へと連れて行こうとしているのだろう。
あの姪には困らせられてきたが、それももうすぐ終わりだと思えば、我慢もしやすい。
具体的な日数はまだわからないが、いままでのように何年も待つということはない。もう終わりなのだから最後くらいは好きにさせてやればいい。
「八年、長かったですねぇ」
あれの後見人のふりをしはじめてから、ようやく八年経った。当初は操りやすかった子供が、最近は無駄な知恵を付け始めてきたので、扱いに困っていたところだった。
子供の頃であれば、「蒼炎」さえ使わせなければどうとでもできる存在だったが、いまや自分とは比べようもないほどの戦闘力の持ち主だ。
寝込みを襲ったところでたぶん通じない。下手したら寝起きがよくない姪の怒りに買う可能性も大いにある。
だから我慢をし続けてきた。十五歳の小娘に呼捨てにされるという屈辱にも耐えてきた。だがその屈辱ももうすぐ終わる。
「ふぅん、ずいぶんと長かったんですね」
くすくすと笑う声が部屋の中で不意に聞こえてきた。窓代りにしてある通気口のそばに協力者である少女が立っていた。
「やぁ、リース。いつここに?」
少なくともさっきまでは部屋の中に誰もいなかったはずだ。
もっとも自分は戦闘力もそうだが、危険察知力も低いので、リースほどの実力者のまえでは赤子同然だ。こうして自分の部屋まで踏み込まれてしまっているのが、そのいい証拠だった。
「いましがたですよ。頭領さまがこの部屋の前を通られるので、慌ててこの部屋に批難させてもらいました」
「ああ、頭領はあなたが苦手ですからねぇ」
「ええ、サキュバスは好きじゃないと言われても、こればかりは種族ですので変えられませんのでね」
困ったようにリースは笑っていた。普段の彼女は姪よりも年下の少女らしい姿を見せてくれる。
けれど事ベッドの上では、奔放な姿を見せてくれる。
彼女主体になってしまうのは、あまり好ましくはないが、それでもほかの女を抱くよりかははるかに快感が大きい。
自分よりもはるかに年下の少女を、サキュバスとはいえ、姪よりも年下の少女を抱くというのがかえって快感を生じさせているのだろうが。
「まぁ、あれのことはいいでしょう。それで今回はなぜ?」
「ええ、最終の打ち合わせにでもと思いまして」
リースが壁から離れて近づいてくる。席を立つと同時にリースが服を脱ぎ始める。
「打ち合わせですか。まぁいいでしょう」
「そう言ってすでにその気ではありませんか」
「ふふふ、そう見えますか?」
「ええ、そういう風にしか」
「なるほど、私もまだまだのようですね」
リースの目が怪しく輝く。いつものことではあるが、この目を見ているとなにも考えられなくなってしまう。
「さぁ、楽しい「打ち合わせ」をしましょうか?」
なにも、考えられなく、なってしまう。
「ふふふ、さぁ、いまはどうなっているの? ラスティ?」
聞こえてくる声に素直に答える。
「なんの問題もありません」
「そう、それはよかった。問題なく、クーデターは起こせそうね」
「はい。元の人員よりも主さまにお貸しいただいた人員の方がいまや多数となっておりますゆえ、なんの問題もなく」
「なら問題なく「蒼炎の獅子」を乗っ取れそうね」
「ええ、なんの問題もございません」
「この愚か者が!」
叱責の声とともに赤き剣で切りつけられる。痛みとともに朱色の線が走る。えも知れぬ快感が走っていく。
「なぜ、あの女が生きている!? 殺せと命じただろうが! 姉さまをかどわかしたあの女を殺せと!」
「申し訳ございません。カルディアめが温情をかけてしまったようでして」
「ならカルディアごと殺せばよかろう!」
「しかしそれでは主さまの計画に支障が」
「口答えをするな、この木偶が!」
頬を叩かれた。口の中に血の味が広がっていく。快感が広がる。
「あぁ、申し訳ありません、主さま。この木偶ごときが主さまに物言いをするなど不遜なことをしてしまいました」
「頭が高い。跪け」
主が執務用の机に腰掛けた。その足元にすり寄るように跪くと、主の脚が目の前に晒される。
いつものように口づけ、奉仕をしていく。丹念に舌を這わせ、汚れを舐め取っていく。
「……まぁ今回のことは許そう。私自身頭に血が上りすぎていた。それを諌めたのだ。見事な忠義。誉めてつかわす」
「ありがたき」
「誰がやめていいと言った?」
反対側の足で顔を蹴られた。すでに叩かれていた頬がさらに痛みを増す。おそらくは歯が折れたのだろうが、それさえも快感だった。
「貴様は本当に木偶よな。私を満足もさせられんどころか、奉仕すらまともにできんとはな。まぁだからこそ、父殺しなどという大罪を犯せたのかな?」
主が言う。思い出すのは父であるガイアスの死だ。
長子である自分を長にはせず、まだ子供であったカルディアを長にすると言い出したのだ。
「ラスティ。おまえには欠けているものが多すぎる」
父の言葉を理解することはできなかった。
武力はたしかにない。だが、知力であれば、軍師としての才であれば、自分は誰にも負けはしないという自負はあった。
それに自分にも長の証である「蒼炎」は使えていた。纏うことはできないが、放つことくらいであればできるのだ。
なのに、父は認めてはくれなかった。
「おまえには欠けているものが多すぎると言ったぞ」
何度直談判をしても、父は話を聞いてはくれなかった。直談判をすることだけは認めてくれたが、そこまでだった。
自分を長にするとは言ってくれなかった。
だから父を殺した。自分を理解しない父が悪い。
長子である自分を無視して、妹ディアナの娘のカルディアを長として選んだ。
最初言われたときはなんの冗談かと思った。
だが父は本気で言っていた。本気でカルディアを長にすると言っていた。
頭がおかしくなるかと思った。いやおかしくなっていたのは父だ。
病を得ておかしくなっていたのだ。だから長として最適である自分を差し置いて、姪のカルディアを選んだのだ。
だから殺した。
頭がおかしくなった者の下になどついていけるわけがなかった。
だが暗殺などをしてもいずれはばれる。ならどうすればいいのか、そう考えていたときだ。「あの方」の使者である主に出会ったのは。
「あなたの望みを叶えましょう」
最初は頭のおかしい子供だと思っていた。
しかし彼女は実際に見せたのだ。獅子王軍に見せかけた軍隊を連れてきたのだ。そして彼女は言った。
「すべてを獅子王になすりつければいい。獅子王を疲弊させる役にあなたの姪を使えばいいのです。最低でも姪は死に、あなたは姪の暴走を止めた忠臣となれます。それどころかうまくいけば獅子王もその傷で死ぬかもしれません。獅子王からの覚えがよければ、次代の獅子王の座はあなたになる可能性は高いですよ」
一族の長ではなく、国の長になれる。その言葉はとても魅力的なものだった。気づいたときには、少女の言葉に頷いていた。
そうしてすぐに父は死んだ。あらかじめ、後見人を用意していたようだが、誰が後見人なのかはわからない。
しかしいままで名乗りでなかったのだから、おそらくは問題ないだろう。
あとは獅子王からの覚えをよくできればいいのだ。
そうすれば主に誉めていただける。夢のようだ。
「なにがあっても、カレン・ズッキーは殺せ。とりあえず事を起こした際の混乱に隙をつけば貴様でも殺せるだろう?」
「必ずや」
「よかろう。だが失敗は許さぬ。確実にあの女の首を刎ねろ。よいな?」
「心得ました」
主が掌を向けてくれる。主の掌から眩い光が放たれる。その光が体の傷を癒していく。
「ちょっとやりすぎたか。歯までは治せないけど、まぁいいや」
主が紅い瞳で見下ろしてくれている。それさえも快感だった。
「では、「打ち合わせ」はここまでにしようか」
主の目から怪しい輝きが消えていく。次第に頭の中が晴れていくようだった。
「次に会うときは、そなたが獅子王となったときだ。よいな? 木偶のラスティ」
主が笑う。笑いながら主は部屋を出て行ってしまう。主を見送ってから、ベッドへ向かう。
ひどく眠い。主を見送った後はいつもベッドで眠るように言われている。
どうしてなのかはよくわからない。
わからないが、とにかくいまは寝よう。寝ればきっといつものようにすべてを忘れているのだから。
「おやすみなさい、主」
いなくなった主を思い浮かべながら、まぶたを閉じると、すぐに睡魔が訪れた。
抗うことはできなかった。なにかおかしい。そんなことを考えながらも、意識を手放した。
予想通りの小物さんなラスティ所長でした。
続きは十二時になります。




