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Act4-52 本当の気持ち

 更新祭りの一話目です。

「頭領、それ以上殴ると殺してしまいますよ?」


 ラスティの声。ラスティが声をかけてくれてどうにか止まれた。


 カレン・ズッキーに馬乗りをしながら殴っていた。カレン・ズッキーは頬を腫らし、鼻血を出して気を失っていた。


 それだけ私がこの女を殴ったということだ。正直自分でもなんでこんなに殴ったのかがわからない。


 気付いたら殴っていた。殴り続けていた。言われたことになんの間違いもないというのにも関わらずだ。


 復讐をした後。


 カレン・ズッキーに言われた言葉は、いままで考えたこともなかった。


 たしかに獅子王を殺せば、王が不在になる。王が不在になれば国はまず間違いなく傾く。爺様が愛したこの国が傾いてしまう。


 あたり前のことだった。そんなあたり前を私はいまはじめて自覚していた。言われるまで考えたこともなかった。


 それだけ獅子王は圧倒的な存在だった。そんな圧倒的な存在を殺すのだから、後先のことなんて考えていられるわけがなかった。


 でもそれはカルディアとしての考え。私個人の考えでしかない。「蒼炎の獅子」の頭領である「蒼獅」の考えであってはいけない。


 前々からわかっていたことではあったんだ。


 私はラスティに頼りすぎている。ラスティは私が「蒼獅」となったころからずっと私を支えてくれていた。


 八年前の私は一族の長としての資格を得ていたけれど、子供でしかなかった。


 だから大人であり、頭がよかったラスティにいろいろと頼らざるをえなかった。


 爺様も生きていた頃は、ラスティにいろいろと相談していた。だから私もラスティに相談したり、助言を貰ったりしていた。


 でもいま思えば、あれは相談や助言ではなかった。完全にラスティを頼っていただけだ。ラスティの言うことを素直に聞いてしまっていただけだった。


 だけどラスティの助言は的確なものだ。


 それはいまも当時も変わらない。


 だから「蒼炎の獅子」の運営の一部はラスティに一任しているところがある。


 具体的には兵の補充や物資の補給などの私がよくわからない後方的な仕事は完全にラスティ任せにしてあった。


 だからなのかな。私はいつからか獅子王を殺すことだけに注視してしまっていた。


 どうすればあの男を殺せるかということばかりを考えていて、足元をおろそかにしてしまっていたのかもしれない。


 だってカレン・ズッキーに言われてはじめて、獅子王を殺した後のことを、復讐が終わった後のことをなにひとつとて考えていなかったことに気付かされてしまった。


 癪ではあるけれど、彼女の言うことは間違っていない。


 私は叛徒の長だ。その長である私が叛乱を成し遂げたあとのことを、獅子王を殺して傾いた国でなにをするかということを、なにも考えていなかったなんてお話にならないよ。


 けれど実際に考えてみると、私はなにをすればいいんだろう? 


 獅子王は表面上いい王ではあるんだ。なにせマグマワームを率先して倒しに行った。


 あれは戦うのが好きということもあるけれど、それ以上に「プライド」の街の住人から死者を出したくなかったからなんだと思う。


 たぶんそれは住人たちもわかっていた。わかったうえでのブーイングをしていた。


 その際に聞こえた「王さまが率先するな」と言う言葉は、「王さまが率先して死にいくような真似はやめてくれ」ってことだったんだと思う。


 きっとその想いは「プライド」の街の住人すべての想いだったんだ。それだけ獅子王はあの街の住人すべてに好かれていた。


 なかには反感を持つ相手もいるだろうけれど、反感というのは基本的に好意があって初めて抱けるもの。


 それこそ爺様みたいに獅子王に心酔していなければできないことだった。


 百万の民に頭を垂れさせるよりも、たったひとりの忠臣に心の底から愛されること。


 私はそっちの方がよっぽど偉大だと思う。その偉大なことを獅子王はしていたんだ。爺様という忠臣に心の底から愛されていた。


 でもその爺様をあいつは殺したんだ。


 昔は偉大であっても、いまはただの屑でしかないんだと思う。


 きっとプライド」の街の住人たちだって、以前の偉大なあいつを尊敬しているだけだ。いまの屑のあいつを尊敬してはいないはずだ。


 けれどいくら屑に成り下がってもあいつがよき王だったことには変わりない。


 ラスティは民による一斉蜂起でもって、この国を二分化すると言っていた。それは私が「蒼獅」となった頃にラスティが教えてくれた獅子王を殺す算段のひとつだ。


 でも当時はうまく行くと思っていたけれど、いまは、カレン・ズッキーの話を聞いたいまは、民が一斉蜂起なんてしてくれるだろうかって思う。


 一斉蜂起させるためには、なにかしらのお題目は必要だった。


 獅子王軍を壊滅させたところで、獅子王軍の中核をなす部隊を壊滅させられたとしても、それだけでは民は立ち上がってはくれない。


 民の心を震わせるなにかが必要なんだ。そのなにかをいまの私には思いつかなかった。それで叛乱軍の長? カレン・ズッキーにいろいろと言われてしまうのも当然かもしれない。


「……ラスティ。治療の準備をして。この女には利用価値がある。そうラスティが言った理由が私にもわかった気がする。利用できるだけ利用するから、この怪我で死なないように治療をしてあげて」


「よろしいので?」


「最初にあなたがすると言ったことだよ? それとも私の考えはなにか間違えている?」


「いいえ。頭領のお考えのままに」


 ラスティは一礼をした。昔からラスティはこうして私の言うことを聞いてくれた。思えば、爺様が亡くなってから、私は誰にも怒られたことはなかった。


 私を叱れる存在は「蒼炎の獅子」のなかにはいなかった。爺様が選んだという後見人であるラスティも叱ろうとはしなかった。注意はしてくれたけれど、怒ることはなかったんだ。


 でもカレン・ズッキーは私を叱った。最初は何様だと思った。思ったけれど、不思議と嫌じゃなかった。むしろなぜか嬉しいとさえ思った。まるで私と対等に接しようとしてくれているみたいで。


「……ねぇ、ラスティ」


「なんです?」


 治療をするための準備をしにラスティは、牢屋から出ようとしていた。


 不思議そうにラスティは小首をかしげている。いつものラスティらしい振る舞いだ。


 でもいまはそんなことを気にしている場合じゃない。いや聞きたいことがあった。いや聞きたいことができてしまったんだ。


「私とラスティは対等なのかな?」


「私と頭領が、ですか?」


「うん。ラスティはどう思っている?」


「ふむ。私は後見人ではありますが、立場上は部下ですので、とてもではありませんが対等な関係にはなれませんよ」


「……対等になってと言っても?」


「ご命令であれば」


「……そっか」


 わかっていたつもりだった。けれどわかっていたつもりだったみたいだ。


 ラスティは対等な関係になってはくれないみたいだ。


 たしかに私とラスティは上司と部下であるかもしれない。


 でも同時に姪と伯父という関係でもあるんだ。なら伯父さまらしく対等な振る舞いをしてほしいとは思う。


 でもラスティは命令であればと言っていた。


 つまりは命令がなければそんなことはしないと言ったんだ。


 ラスティのことを信じている。それは変わらない。変わらないけれど、突き放された気分だった。


 ラスティから裏切りを受けたわけじゃない。けど近いなにかをされた気分だ。


「頭領? いかがなさいましたか?」


「なんでもない。ラスティは治療師を連れてきて。私は当分この女を見張っているよ」


「そんなことは見張り番に任せればよろしいかと」


「私が見張りたい。この女が暴れれば私くらいじゃないと抑え込めないでしょう?」


「たしかにそうですな。頭領以外にこの少女を抑えられる者はおりませんし。わかりました。しばらくの間、見張りをお願いいたします」


 ラスティはまた一礼をすると、今度こそ牢屋を出て行ってしまった。顔を腫らしながら、血まみれになって倒れるカレン・ズッキーを見ていると、なぜか胸が騒いだ。そして思ってしまった。


「……シリウスになんて言われちゃうかな?」


 私のことを、利用するために近づいた私なんかを「まま」と言って慕ってくれたシリウスを思うと胸が騒ぐ。


「……すごいよね、どうしてわかっちゃったのかな?」


 カレン・ズッキーに言われたことで、一番動揺したのはシリウスに関することだった。そう、彼女の言う通りだ。私は──。


「……ごめんね、シリウス。カルディアままは悪い人なんだ。だからあなたに慕ってもらえる資格はないんだよ」


 いまはいないシリウスに、愛してしまった娘に向かって私は謝ったんだ。

 続きは三時になります。

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