Act4-50 復讐の先に
「──そうして私は爺様の後を継いで「蒼獅」となった」
カルディアの昔語りが終わった。
カルディアが言うには獅子王軍が襲い掛かられ、唯一の肉親であるおじいさんを殺されてしまったってきたってことだけど、その獅子王軍は本物なのかな?
問いかけたところでカルディアは話を聞いてくれないだろうな。
カルディアにとっては、おじいさんを殺したのは獅子王軍。つまりはプライドさんってことになってしまっている。
いや、プライドさんを恨むことでいままで生きてきたであろう彼女にとって、いまさらプライドさんが犯人じゃないなんて信じられないだろうね。実際証拠なんてなにもない。
ただどうにも違和感がある。俺の知っているプライドさんは、獅子王プライドは果たして暗殺なんて姑息な真似をするだろうか?
俺が知るプライドさんであれば、暗殺なんてことはせず、正々堂々と正面から戦いを挑む気がする。闇討ち同然の暗殺なんて仕掛けるはずがない。
でもカルディアはきっと話を聞いてくれない。
おじいさんを殺したのは、獅子王だと彼女のなかでは確定してしまっているんだ。それをひっくり返すことは誰にもできはしない。できるとすればそれはおじいさんくらいだろうね。
しかしまさか、モーレの言っていた「蒼獅」がカルディアのおじいさんだとはね。話を聞く限りは、「蒼炎の獅子」自体、おじいさんの代から始まったみたいだし、そうなる頭目である「蒼獅」はおじいさんが初代ってことなる。
なにせおじいさんの代までは伯爵をしていたって話だし、おそらくは間違いないはずだ。モーレはカルディアのおじいさんを、「蒼獅」を血の涙もないような人物みたいに話していた。
でもカルディアの話を聞く限りは、孫煩悩なおじいさんだった。
普通の孫煩悩なおじいさんとは違い、プライドさんという絶対の存在がいて、プライドさんを貶すようなことを言えば怒ったというのは違いだろうけれど。
そんなカルディアのおじいさんがモーレの両親の仇である「蒼獅」か。
たぶん当時のことを聞いてもカルディアは知らない可能性が高い。
そもそもモーレが子供の頃と言っていたから、まだカルディアが産まれる前のことだろう。
仮に産まれていたとしても、わざわざ行商人を殺したことを孫娘に話すわけがなかった。
どのみちカルディア自身は知らないだろうね。可能性があるとすれば、ラスティ所長くらいか。
「……ラスティ所長がおじいさんの言っていた後見人だったのか?」
「ええ。私は先代「蒼獅」こと「蒼炎伯」ガイアスの長子でしたのでね。父からは姪であるカルディアをよろしく頼むと言われておりました。しかしその父が非業の最期を遂げるとは」
ラスティ所長は心苦しそうに胸を押さえている。
表情も悲しそうなものだけど、どうにも胡散臭い。
まぁ表面上は胡散臭くても、内面は礼儀正しい紳士だという可能性もなきにしも非ずだから、あまりとやかく言いたくはない。
「父の代りに私は頭領を、カルディアを見守ってきました。この子が幸せになるために、私たちは獅子王へと反旗を翻したのです」
「カルディアが幸せになるため?」
なんでプライドさんに反旗を翻すことが、カルディアの幸せになるんだ? 意味がわからない。
「「蒼獅」としてなにをしたいのかとラスティに尋ねられて、私が口にしたことこそが」
「プライドさん、獅子王の殺害?」
「正解だよ、カレン・ズッキー」
なるほど。大好きなおじいさんを殺した相手への復讐か。たしかにそれを失くしてカルディアの幸せはないかもしれないな。
でも、うん。あきらかに内容がおかしいけどな。
そもそもいくら「蒼炎」を受け継いだからと言って、まだ七つの子供に頭領なんて大役を任せることがおかしくないか?
そこは普通ラスティ所長が臨時的に頭領として振るまうべきだっただろうに。
それでこその後見人だろうに。なのになんでラスティ所長はカルディアを頭領として立たせてしまったんだ?
カルディアが頭領になれば、自然と「蒼炎の獅子」の目的がプライドさんの殺害になるのは目に見えているはず。
カルディアのおじいさんから後見人として任されたのであれば、姪が暴走することは予想できたはずだろうに。それを諌めず助長させるようなことをしたんだろう? なんかおかしい気がする。
とはいえ、ラスティ所長にもなにかしらの考えがあったんだろうし。いま考えていることだって、俺の主観でしかない。
ラスティ所長なりのなにかしらの考えがあって、カルディアのさせたいようにさせているんだろう。ただどうにも不穏な臭いがするけどね。
でも当のカルディアはそのことに気付いていない。
いや復讐にとらわれすぎて、まともに思考できなくなっているみたいだった。
「獅子王軍が私と爺様を襲って殺したんだ。爺様は獅子王に心酔していた。獅子王のことを誰よりも尊敬していた。そんな爺様を獅子王は、あいつは殺したんだ! それも卑怯者のする暗殺でだ! 爺様を討ち取りたいのであれば、正々堂々と戦えばいい! なのにあいつはたくさんの兵を用意して爺様を囲んで殺した! 爺様とまともに戦うことなく、爺様を殺した! 爺様を誇り高く死なせなかった。惨めに殺した。許せない。爺様の誇りを穢したあの男を、私は許せない!」
カルディアは泣いていた。泣きながら睨み付けて来る。
やっぱり下手なことを言っても反感を食らうだけだね。というか下手をしたら殺されることだってありえそうだ。
それくらいいまのカルディアは冷静さを失っている。
おじいさんの最期を話したことで、抑えこんでいた感情が再び爆発したんだ。
いまなにかを言えば、その矛先は俺に向くはずだ。
なんというか、妙な気持ち悪さがあるね。ひとつひとつは筋道が立っているように思える。
でもそれらが合わさると、妙な違和感がある。
でもその違和感を口にするにはなんの証拠もない。
いま思ったことを言っても、適当なことを言うんじゃないと切り捨てられるだけだ。
いま俺にできることがあるとすれば、少しでも多くの情報を得ることくらいか。
あとはどうにか脱出するための算段を立てることくらいかな。
どうすればいいのかまでは、正直さっぱりだけど、やれることはなんでもやっておくべきだろうな。となれば、だ。
「ラスティ所長。ひとつ聞きたい」
「なんです?」
「勝算はあるのか? 獅子王軍とことを為して勝つ自信があるのか?」
「ふむ。勝算ですか。なければ戦いを挑むわけがないでしょう?」
「つまり、とっておきの策があるってことかな?」
「ええ、もちろん」
にっこりとラスティ所長が笑う。どうにも言動のひとつひとつが胡散臭すぎる。
ベルジュの街で会ったときとは大違いだな。あのときの結構な腹黒だとは思っていたけれど、ここまでとはな。
しかしあのプライドさんを相手に勝算があるとか、本気で言っているのかな?
俺にはあの人と戦って勝てるビジョンなんて見えないんだけどね。
「その策については教えませんよ? なにせ頭領にもお伝えしていないのです。しかしこれであればまず間違いなく勝てます。頭領の復讐を為せるのですよ」
「そう。じゃあカルディアに聞きたい」
「なに? 私はあなたと話をする気には──」
「復讐をした後は?」
「は?」
「だから、復讐をした後、君はどうするんだって聞いているんだよ」
「どうするって」
「復讐するってことは、プライドさんを殺すことだろう? そうするとこの国からは王がいなくなる。そうなればこの国は転覆するよ。大きな混乱が起こるだろうね。そんな祖国を見て、君はどうするのかって聞いているんだよ」
一般人相手にする復讐とはわけが違う。王への復讐となれば、国が傾くことになる。
そうして傾いた祖国を見てカルディアはどうするのか。
そしてなによりもラスティ所長がどういう反応を示すのか。確認させてもらいましょうかね。さぁ、どう出るのかな?




