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Act4-49 「蒼獅」を継いだ日

 爺様からの訓練は日が経つごとに、激しさを増していった。


 その分だけ、私が爺様の期待に応えてしまったということでもあるのだけど、それでも爺様の訓練は凄まじい、のひと言だった。


「立て、カルディア」


 訓練の激しさのあまり、立てなくなった私を、地面に這いつくばった私を爺様はとても冷たい目で見下ろしていた。私を見下ろす目にはなんの優しさもなかった。いつもの爺様とはまるで違っていた。


「もう、無理だよ」


「口が利ければよい。さぁ、立て。立たぬなら、無理やり立たせるまでよ」


 体が動かないと言っても爺様は聞いてくれなかった。


 それどころか側面からお腹を蹴り上げることで無理やり体を起こしてくれた。胃の中のものをすべて吐き出す代わりにだ。


「よし、立ったな。では続きを始めるぞ」


 爺様は笑っていた。でもその笑顔は爺様の笑顔ではなく、地獄アルカトラの使者を思わせてくれた。もっとも地獄アルカトラなんて見たこともないから、想像でしかなかったけど。


「なんで、こんなことをするの?」


「聞いていなかったのか? すべてはこの国と獅子王陛下のためよ」


「獅子王陛下とは会ったこともないのに? 会ったこともない人のために私は頑張らなきゃいけないの? そもそも国のためと言われても、大きすぎて私には想像できないよ」


 その当時の私は五つだった。五歳の子供が国の姿を想像するなんてできるわけもない。


 それでも爺様は私に常々に言っていた。すべてはこの国と獅子王陛下のためにと。


 爺様は愛国心と獅子王への忠義の塊のような人だった。そんな爺様に向かって私はあまりにも愚かな言葉を投げかけてしまった。


「この不敬者が!」


 爺様が叫んだ。頬を思いっきり打たれてしまった。


 でも倒れる前に爺様に襟を掴まれ、何度も頬を打たれた。


 爺様はそれまで見たこともないくらいに怖い顔をしていた。怖い顔をしながら、何度も不敬者と私を罵倒していた。


「よいか、カルディア。我らはこの肉の一片、血の一滴となっても、この国と獅子王陛下のために尽くす。それが我が一族の果たすべき宿運だ。憶えの悪いお前でもそう言えばわかるか?」


 爺様は私を目線の高さまで持ち上げると、鋭く睨み付けてきた。すごく怖かったことをいまでも憶えている。まるで爺様じゃなくなったみたいだった。爺様の姿をした別人のように思えてならなかった。


「次にまた同じことを言えば、灰にしてやろう。憶えておけよ?」


 それだけ言って爺様は手を離した。そのまま踵を返してしまう。


「今日は終わりだ。頭を冷やすまで戻って来るな」


 それだけ言って爺様は、アジトに帰ってしまった。私は体の痛みに耐えつつ、爺様の背中を眺めることしかできなかった。


 夜になって爺様は迎えに来てくれた。ただそのとき、なにか爺様に言われたと思うのだけど、もう十年前のことだし、痛みや疲れ、そして爺様の背中が暖かすぎて半分眠っていたこともあって憶えていない。


「この国と獅子王陛下のために生きておくれ、カルディア」


 ただ最後まで爺様が獅子王のことを気にかけていた。それだけ爺様は獅子王に忠誠を誓っていた。そう、誓っていたんだ。なのに、そんな爺様を獅子王は殺したんだ。


 忘れもしない。あれは私が七つになった頃だ。


 まだ当時の私は「蒼炎」をうまく使いこなすことができていなかった。せいぜい「蒼炎」を作り出して、少しの間維持すること。それが私にできるすべてだった。「蒼炎」を纏うことはできなかった。


 でも、訓練を始めた頃は作り出すもできなかったことを踏まえれば格段の進歩だと爺様は言っていた。


「やはりカルディアは天才かのぅ。さすがは我が孫娘よ、獅子王陛下をお喜びになるであろう」


 爺様は嬉しそうに笑っていた。いつものことだった。いつものことだけど、その頃には私は獅子王のことが嫌いになっていた。


 だって獅子王のせいで私は爺様からしごかれていたんだ、嫌いになるのも当然だった。


「ふんだ、私は陛下なんて嫌いだもん!」


「なんじゃと、この小娘ぇ!」


 爺様はその頃になると以前みたく怒りはしなくなっていた。まぁそれでも怒ってはいたんだけど、その頃には私も爺様をどうにかあしらうことができるようになっていた。


 ……大半は捕まってお尻を叩かれるという辱しめにあっていたけれど、それでも逃げることはできるようになっていた。


 それだけ私が強くなったということでもあったけど、それ以上に爺様が弱くなったということでもあったんだ。


 その頃爺様は篤い病を患っていたと、ラスティが教えてくれた。治すことができない病で、余命は幾ばくかもないと言われた。


 だから私は悪い子になることにした。悪い子になれば、爺様はきっと心配になってなにがなんでも生きようとしてくれると思ったから。いま考えれば子供の浅知恵だ。


 だってそんなことをしたところで、心労が重なって余計に負担がかかるだけだし、仮に生きようとしてくれてもより長く痛みに耐える日々を過ごさせることになる。


 そんなことさえも私はわかっていなかった。爺様にもっと一緒にいて欲しかった。生きていて欲しかった。それだけを考えていた。


 だからたくさん悪戯をしたし、たくさん獅子王の悪口を言った。爺様が怒鳴らない日がないくらいに私は悪い子になっていた。


 でも、怒鳴りながらも爺様は楽しそうだった。


 たぶん私が悪い子になっていた理由をわかっていたんだ。


 だから爺様は私に付き合ってくれていた。病に侵された体に鞭を打ってくれていた。そんなことさえもやはり私はわかっていなかった。わからないまま、その日も私は爺様に怒られた。


 その日は爺様に連れられて、「プライド」に行くことになっていた。


 獅子王に会いに行くって話だった。爵位を捨てた爺様でも獅子王に会えるのかなと思ったけれど、爺様は笑っていた。来ればわかると言っていた。


 それが爺様と出かける最後だった。


「蒼炎の獅子」のアジトを出てすぐ、私と爺様は獅子王軍に襲われた。


「獅子王軍?」


 私たちを襲った軍はみんな獅子を象った仮面をつけていたけれど、爺様から話を聞いていた獅子王軍と同じ鎧を身に付けていた。赤揃えの軍。獅子王の武威を示す軍。その軍に私たちは囲まれていた。


「いや、これは」


 爺様はなにかを言おうとしていた。


 でも、それを言う前に獅子王軍は襲いかかってきた。


 大きな獣に襲いかかられてしまったみたいだった。


 私が憶えているのはそこまで。気づいたときには、爺様は血だらけになって私を抱き締めてくれていた。爺様の顔はとても白くて、生きているようには見えなかった。


「爺様?」


 声を震わせながら、爺様に声を掛けた。


 でも、爺様はなにも言わない。爺様からはなんの熱も感じなかった。


「嫌だ。嫌だよ、爺様」


 爺様の体を揺さぶった。けれど爺様はなにも言わなかった。


 視界が歪んだ。歪む視界のなか、必死に爺様を呼んだ。


「カルディア」


 爺様の声。爺様がまぶたを開けていた。


 でもその目は焦点が合っていなかった。どこかぼんやりとして、私を見つめていた。


 幼心に爺様がどういう状況にあるのかははっきりと理解できていた。それでも私は言っていた。


「爺様、戻ろう? いまならまだ助かるから」


 爺様の肩を少しだけ揺さぶった。でも爺様は首を振るだけだった。


「儂はもう死ぬ。いまは母神さまがお時間をくれただけだからな」


「やだよ。カティいい子になるから。もう悪いことはしない! 陛下の悪口だって言わない! 悪戯もしないから! だから!」


 小さい頃のように「カティ」と自分を呼びながら、必死に爺様に呼びかけた。けれど爺様は私の声をまるで聴いてくれていなかった。


「おまえが子を産むまでそばにいてあげたかった」


「いてよ。そばにいて」


「安心せい。後見人はすでにいる。おまえの面倒を看てもらえるように頼んである。だから儂がいなくてもなにも問題はない」


「やだ。爺様じゃなきゃ嫌だ! カティは爺様がいい! 爺様以外はいらない!」


 泣き叫びながら私は何度も何度も首を振った。けれど爺様は答えてくれなかった。答えないまま、最期のときは訪れた。


「幸せにおなり。愛しているぞ、カルディア。我が孫娘」


 爺様は最期に笑った。笑ったまま、まぶたを閉じて動かなくなってしまった。


「爺様ぁぁぁーっ!」


 空へ向かって私は慟哭していた。慟哭はいつまでも響いた。


 私自らがあげた慟哭はやがて咆哮へと変わった。咆哮とともに私は蒼い炎を纏っていた。


 ひどい皮肉だった。爺様に喜んでもらいたくて「蒼炎」を纏おうとしていたのに、爺様が死んではじめて「蒼炎」を纏えるようになった。


 そして「蒼炎」を纏えた者が「蒼炎」を受け継ぐということだった。


 つまりそのときになってようやく私は、一族の長となる資格を得た。


 でももう褒めてもらえる相手はいない。


 私は「蒼炎」を纏いながら、咆哮をあげ続けた。


 爺様に対してできることはもうそれしかなかった。


 そうして私は一族の長となるとともに「蒼炎の獅子」の頭目である「蒼獅」を継いだんだ。

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