Act4-47 復讐
本日二話目です。
聞き覚えのある声がカルディアを止めた。
カルディアが「蒼獅」と言うのは信じられなかったけど、この人が出てくるのはなんとなく予想できた。
というか、カルディアが「蒼炎の獅子」の一員であるのならば、この人もたぶんそうだろうなと思っていた。
「こんにちは、ラスティ所長」
いま何時なのかはわからないけれど、とりあえず声の主であるラスティ所長に、傭兵斡旋所の所長さんに挨拶をした。
カルディアが驚いた顔をしている。当のラスティ所長もほう、とやや驚いた顔をしていた。一糸報いたかな?
「これは驚きましたねぇ。私がいるのを驚くどころか、いるのがあたり前のように振る舞うとは。「才媛」殿には驚かされますねぇ」
にこにこと笑いながらラスティ所長は近づいてくる。
ベルジュの街で会ったときは、傭兵斡旋所で会ったときは、人のいい笑顔を浮かべていたが、いまは違う。唾棄したくなるような、俺の苦手な笑顔を浮かべている。
もともと狸っぽい感じはしていたけれど、ここまで腹黒だとはね。
まぁ、まだなにをしたかもわかっていないけどね? ただこういう笑顔を浮かべておいて、善行を積んでいるとかはさすがにありえないだろうけどね。
「ラスティ。なぜ邪魔をする?」
「邪魔などしておりませんよ、頭領。ただ私はこの少女にはそれなりの利用価値があると思うのです。あなたがつい先ほど利用価値があるからと言って、ここまで連れてきたというように、私自身も彼女はそれなりの利用価値があると判断しております」
「……そう。でもいまはダメ。こいつはいまから私が私刑を行う。嘗めた口を利いた罰だ。ここでは私が絶対。私がルールなんだ。その私を怒らせたこいつは、少なくとも骨の数本を折らなきゃいけない」
「それはいつでもできることです。むしろいまは五体満足にするべきかと」
「なぜ?」
「この少女はそれなりの名士です。なにせ冒険者ギルドのギルドマスターにまでなったのですから。当然「聖大陸」側にもそれなりの伝手があるはず。我らは義のために旗印をあげた。しかし義だけでは、決して腹は膨れません。なにしろ義というものは目に見えるものではないのです。己が心に抱くものですからね。当然、それだけでは人は生きていけない。人が生きていくには、なにかと元手が必要ですから」
「……つまりこいつを利用して物資の補給をするってこと?」
「ええ。それが最良かと私は存じます。後ろ盾は多いに越したことはありません。多ければ多いほどいいのです。その分兵を補充できますし、補充した兵を精強に育て上げるための資源を得ることができます」
「……でもそれだと私の気が」
「そこはどうにか抑えてください。頭領がこの娘の戯言にお心を乱されてしまったのは知っておりますが、それもしょせんは些事です。すべては「獅子の王国」の未来のためです。愚かなる圧制者たる獅子王を打倒せんがために、我らは立ち上がった。そのことを忘れてはなりませんぞ」
「……わかっている」
「おお、それでこそ頭領です。先代もきっとお喜びでしょう」
ニコニコとラスティ所長は笑っている。胡散臭すぎて、かえって清々しいね。というか、ラスティ所長の言動はなにかおかしい。
どこがどうおかしいのかはわからないけれど、なにか隠している気がする。
カルディアがそのことに気付いているのかは知らないけれど、俺が嫌いなタイプだわ。
こういうのに限ってろくなことをしないんだよな。
たとえば「蒼炎の獅子」を私利私欲のために利用しているとか、ね。自分で言っておいてなんだけど、そんな予感がぷんぷんするよ。というか信用できない。
そもそも先代もお喜びになるでしょうとか抜かす奴に限って裏切っているんだよね。
ラスティ所長からはそんなテンプレ野郎の匂いがする。そうなるとカルディアは騙されているってことになるのかな?
ありえるなぁ。カルディアって騙されやすそうだもんな。典型的に小悪党に利用されてしまうタイプと言えばいいのかな?
でもそうなると、こいつが諸悪の根源とか? うーん、やらかしそうではあるけれど、ちょっと小物すぎないかな? 言動がまんま小物のそれだもんなぁ。
しかしプライドさんを打倒するねぇ。ぶっちゃけさぁ、無理だよ。カルディアが強いことはわかっている。でもいくら強いとはいっても、俺と同じくらいじゃ話にならない。
いくら兵を鍛え上げようとも、この世界は地球とは違う。数は力なりではないんだ。
どんなに数で勝ろうとも圧倒的な個の力に負けてしまう。
魔竜バアルを「討伐」できたのはレアがいたからだ。
レアがいなかったら、たぶんいまごろ「蛇の王国」は滅んでいた。
それだけ魔竜バアルの力は規格外だった。そんな規格外な存在をあっさりと「討伐」したレアはそれ以上に規格外だけどさ。
とにかくいくら数をそろえようとも、圧倒的な力の前ではなんの意味もなさない。
そんなあたり前なことをカルディアが知らないとは思えない。もしくは知っていてもなおって奴なのかな?
カルディアは水属性を付与させた攻撃でプライドさんを倒すつもりなのだろうけれど、たぶん通じない気がする。
仮に本調子でなかったとしても、それでも俺たちとあの人との間には圧倒的な差がある。
カルディアはそのことがわからないのかな? わからないのに、あの人に反旗を翻すっていうのか?
無謀すぎる。そんな無謀なことに手を貸せるわけがなかった。
「……バカなことは辞めた方がいい」
「バカなこと?」
「プライドさんに反旗を翻すってことさ。俺たちとあの人とじゃ話にならない。たとえ俺がカルディアに手を貸したところで、差が埋まるわけじゃない。あの人にはどうあっても勝てないよ。ただ犬死にするだけだよ」
カルディアには痛めつけられてしまっているけれど、それでも俺個人としてはカルディアには死んでほしくない。
シリウスに「まま」が死んでしまうところを見せたくなかった。シリウスには笑顔でいてほしい。あの子の泣き顔を見るのはごめんだよ。
「なにも知らない奴が言うんじゃない」
カルディアが歯を噛みしめながら言った。明らかな怒りに染まっている。どうしてそんな顔をするんだろう? 俺にはわからないよ。
「あいつは、爺さまの仇だ! あいつは爺さまを殺したんだ!」
カルディアが叫ぶ。その声は怨嗟に染まっていた。深い深い怨嗟に染まった声。その声はどこかモーレのそれによく似ている。
「プライドさんが、カルディアのお爺さんを?」
「ああ、あいつが殺したんだ。爺さまを、ガイアス爺さまをあいつは殺したんだ!」
カルディアの目が濡れていく。紅い瞳が濡れて光る様は悲しい。悲しいけれど、それ以上にとてもきれいだった。
明日はできれば十六時更新です。できれば、ね←汗




