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Act4-44 また増えました

「やれやれ、身内同士での喧嘩なんてよそでやってほしいものなんだけどな」


 シリウスとエレーンの一件が片付くと、それまで蚊帳の外になっていたガルーダ様がため息を吐いていた。たしかに今回のことは身内同士での喧嘩だった。


 エレーンに対するシリウスの態度を咎めた結果こういうことになってしまった。


 たしかにガルーダ様がため息を吐かれてしまうのも無理はないことだった。そう無理はないことなのだけど──。


「ガルーダ? 私のすることになにか文句でも?」


「……あ、あははは、そんな文句などあるわけがございませぬ。ただそういうことはできれば」


「できれば? なんでしょう?」


 にこっとサラ様は笑っている。そう、笑っているんだ。笑っているのだけど、ガルーダ様のお顔は恐怖に染まり切っていた。


 うん、どれだけサラ様が怖いんだろうね、ガルーダ様ってば。


 むしろガルーダ様をここまで恐怖に陥れされるほどのなにかをサラ様は過去にしたってことだよね。


 いったいなにをしたんだサラ様は。怖くて聞けないです。


「言っていいですよ? ほら、言ってみなさい、ガルーダ」


 にこにこと笑うサラ様にガルーダ様が悲鳴を上げた。


 笑っているだけなのに、悲鳴を上げさせるとか。それも神獣様の一柱であるガルーダ様をだ。


 本当になにをしたんだろう、サラ様ってば。


「な、なにもありません! ど、どうかお気の召すまで」


 そう言って土下座をするガルーダ様。まさかの土下座をさせてしまうとは。


 うん、やっぱりこの人は怒らせるべきじゃないね。というか怒らせたら、本当にこの辺焼け野原になるんじゃないか?


「ふむ。では今宵はここで泊まるとしましょう。ガルーダ。シリウスちゃんたちの部屋の準備をお願いしますね? ああ、もちろんシリウスちゃんたちが気持ちよく過ごせるように「炎翼殿」内の温度を調節するように。よいですね?」


「は、ははぁ! ただちに!」


 ガルーダ様が立ち上がり、謁見の間から駆け去っていく。うーん、これじゃあどっちがここの主なのかわからないね。


 むしろガルーダ様はあまりにも神獣っぽくないよね。


 人の姿をしているというのも理由の一端だろうけれど、サラ様に命じられて駆けずり回っている姿を見る限りは、ガルーダ様が世話係でサラ様こそが、ここの主たる神獣様っていう方がまだしっくりくるよ。


 実際貫禄が違いすぎるもんね。むしろガルーダ様がいくらか情けなさすぎるというか。


 ガルーダ様の前で言ったら怒られてしまいそうだから、あえて口にはしませんけどね?


「ふふふ、カレン殿。それは少しガルーダがかわいそうですよ?」


 やっぱり俺の考えていることはサラ様には筒抜けだった。さすがは守護天使長たるサラ様だね。


「いえいえ、力を使わずともあなたの考えていることであれば、なんとなくわかってしまいますよ。なんというか顔に出やすいですからね、あなたは」


 くすくすと笑いながら、ガルーダ様の玉座に腰掛けるサラ様。


 俺がやったら確実に怒られるだろうけれど、サラ様がしても怒られるどころか、ガルーダ様が率先してお座りくださいと譲っていたもんな。やっぱり地位の差ってすごいんだね。


 まぁ、副社長相手に勝てるのは、社長だけだもんな。無理もないよね。


 実際はいろいろな派閥があるから、副社長だろうが、社長だろうが、地位を失うときは一瞬みたいだけど。


 とはいえだ。サラ様が地位を失うことなんてそうそうありえないだろうから、こうして考えていること自体が意味のないことなんだろうけどね。


「まぁ、とにかくです。これからはエレーン、あなたは陰からではなく、カレン殿のおそばでお世話なさい。……シリウスちゃんに嫌われているというのは、もう無用な心配でしょうし」


 サラ様がふふふ、と嬉しそうに笑っている。サラ様の膝の上に座っているシリウスは、じっとエレーンを見つめていた。いままでであれば唸っていただろうに、唸る気配はなかった。


「……ご息女様、なにか?」


 エレーンは恐る恐るとシリウスに声を掛けていた。


 シリウスはなにも言わずに、エレーンを見つめると、不意にすんすんとエレーンを嗅ぎ始めた。


 エレーンは不思議そうに首を傾げていた。そんなエレーンを無視するようにしてシリウスはエレーンの匂いをひとしきり嗅いだあと──。


「……優しい匂い」


「え?」


「エレーンから、優しい匂いがするの」


「私から、ですか?」


 驚くようにエレーンは言う。さっき穢れきっているとエレーンは言っていた。それがどういう意味なのかは俺にはわからない。


 それでも天使である彼女がみずから穢れきっているということなのだから、よっぽどのことがあったんだと思う。それがなんなのかはエレーンが話してくれない限りはわからない。


 でも俺はエレーンがそんな穢れた存在だとは思えない。むしろ穢れているのは俺の方だよ。母さんに言われた通りだ。


 俺はひどいことばかりしている。だから俺が一番穢れているんだ。そんな俺に比べてエレーンは果たして穢れていると言えるのかな。


 エレーンの過去は俺にはわからない。もしかしたら俺が想像もできないくらいのことをしていたのかもしれない。それこそ人間の虐殺とかね。あ、でもエレーンって天使としては産まれたばかりって話だから、さすがに虐殺はないのかな? そうなるとエレーンが穢れている理由ってなんだろう? 


「ノゾミままたちと同じなの。ノゾミままたちも優しい匂いがするの。わたしはその匂いが好きなの」


「……左様ですか。でも、私などにそのような匂いがするわけが」


「ううん、したの。エレーンからもたしかに優しい匂いがするの。嫌な臭いもするけれど、でもその奥から、嫌な臭いに包まれた先に優しい匂いがするの」


「そんな、そんなことは」


「したよ。だからエレーンは。ううん、エレーンままは私のままなの」


 にっこりとシリウスが笑った。笑いながら「まま」ってエレーンを呼んであげていた。


 エレーンが息を呑む。息を呑みながら、エレーンは俯いてしまう。体が震えている。震えながら、エレーンは喜んでいる。


「よかったな、エレーン」


「主さまぁ~」


 声をかけるとエレーンが振り返った。振り返ったエレーンは、まぁひどい。


 涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっていたよ。そこまで感激するものかなと思ったけれど、よくよく思い返してみればシリウスってわりとエレーンには辛辣だったもんね。


 唸るのは日常茶飯事。下手したら物理的に噛みついていたからね。


 そのたびにエレーンはへこんでいたものね。うん、やっぱり感激するかな。


 むしろ俺がシリウスにそんなことをされて「ぱぱ上」ってようやく呼んでもらえたらと考えると。


 うん、泣くな。エレーンみたく泣きながら鼻水を垂らしていただろうね。


 うん、エレーンのことをとやかく言えませんな、俺ってば。


「……エレーンまま、ばっちいの」


 シリウスが若干引いている。いや、引くのはわかるよ? わかるけれど、それすべてあなたのせいだからね? 言っても無駄でしょうけどね? まったくうちの娘はひどかわいいぜ。


「ご、ごめんなさい、ご息女様」


「むぅ~。ごそくじょさまはもうダメなの。エレーンままもちゃんと「シリウス」って呼ぶの!」


 サラ様の膝の上で頬を膨らませて怒るシリウス。


 そんなシリウスにエレーンは慌てつつも、サラ様を見つめる。サラ様は、穏やかに笑って頷かれている。


「……あ、えっと、その、シリウス、様」


「様はいらないの!」


「え、で、では、「シリウスちゃん」とお呼びしても」


「もっとくだけるの! 呼び方はいいけれど、話し方はそれじゃやなの!」


「……あ、う、うん。ありがとう──」


 シリウスちゃん。エレーンが言うと、わぅと鳴きながらシリウスはサラ様の膝の上からエレーンに向かって抱き着いていた。


 シリウスに抱き着かれてエレーンはまた泣いていた。泣きながらエレーンが笑っている。その笑顔はすごく嬉しそうなものだった。


「はっ、シリウスちゃんの「まま」になったということは、自動的に主さまのお嫁さんになったということでは!?」


 ……嬉しそうだったのだけど、そのひと言はとっても余計でした。


 うん、たしかにそうだ。そうなのだけど、それはいま言うべきことじゃなくね? 


 というかなぜに気付くよ。気付かないでくれた方が俺にはとって嬉しかったんですけど?


「うん、やっぱりエレーンさんも正妻戦争に参加するんだね。むしろそうでないと面白くないよね」


 と希望が言った。その言葉が鶴の一声となり、エレーンも正妻戦争に本格参戦することになってしまった。まぁ、要はまたひとり嫁が増えましたってことですね。


「……また増えるのか」


 俺が頭を抱えるのは言うまでもない。とにかくそうしてエレーンも晴れて俺の嫁の一員になってしまったんだ。

 ついにエレーンも正妻戦争に正式参加しました。

 香恋の明日はどっちだ←ヲイ

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