Act0-39 怒れるギルドマスターと冒険者ランク
今回は、人によっては、あかんわぁ~ってなる方もいらっしゃると思いますので、ご注意ください。
具体的に言えば、そっちのケのガチが登場とでも言いますかね。
そういうのが苦手な方は、スルーしてください。
薄暗い部屋の中で、俺は正座させられていた。
対面には、ご立派な机に腰掛けながら、あからさまに表情を歪ませたギルドマスターがいた。いつものように薄ら笑いではなく、こめかみに血管が浮き出ているのが、はっきりとわかる。相当に頭に来ているようだ。
「あー、本当にありえない。なんで「お姉さま」に下賜されたものを、平然とぶっ壊しますかねぇ。あなたはバカなの? 死ぬの? っていうか、死ね」
ネチネチとギルドマスターは、同じようなことを延々と繰り返している。助けを求めたくとも、いま俺がいるのはギルドマスターの執務室だった。職員しか入れない三階の一画。いやそもそもこの執務室自体が、三階にあるのかもわからない。
執務室の扉を開ける際、いつもなにかおかしな感覚がしていた。体が一瞬だけ浮く感じがする。あれはもしかしたら転移でもさせられているんじゃないだろうか。そうでもないと、出張所とはいえ、ギルドマスターのいる部屋への行き方が、階段を上るだけっていうのは、いまいち納得がいかない。
大方、ギルドマスターの許しなしでは、扉をあけても、そこは空き部屋だったり、もしくは壁の中だったりするかもしれない。うん、地味に嫌だな、壁の中に転移させられるとか。だってどうしようもなくなるし、それこそギルドマスターが連呼する通り、死ぬしかない。
というか、よく俺この人に殺されなかったな。それこそ俺だけを壁の中に転移させることも、この人であればできたはずだ。でも俺はこうしてこの場にいる。それはこの人の温情によるもの、ではない。
「「お姉さま」がどうしてもと仰るから、せっかく飛び級でEランクにしてやったっていうのに、どうしてあなたは私の気に障ることしかしないんですか? やっぱりバカですか? 死んでください」
ギルドマスターは、レアさんもといエンヴィーさんを、「お姉さま」と呼んで慕っている人だ。ただどういう意味で慕っているのかは、危ない意味であるのは間違いない。初めて会ったときなんか、エンヴィーさんの紹介状に頬ずりしていた。それも恍惚とした笑みでだった。
「はぁ、はぁ、おねえさまぁ」
頬を紅潮させ、肩は上気し、そして目はハートマークの、いわゆるメス顔になりながら、エンヴィーさんの手書きの紹介状に、頬ずりをかます、見た目は幼女、中身はBBAを見て、俺が静かに扉を閉めたのは言うまでもない。
そのファーストコンタクトのせいで、俺はギルドマスターに目をつけられてしまっていた。というか、下手なことを言ったら、どんなことをしてでも始末するとまで言われてしまっていた。たぶんいまにでも、俺の口封じをしたくてたまらないのだろうけれど、同時に俺はエンヴィーさんと定期的な連絡を交わすための、体のいい道具でもあり、エンヴィーさんのお気に入りということでもあるので、下手なことはできないそうだ。ただ下手なことはできなくても、こうして精神的にネチネチといじめてはくるのは、正直厄介だった。
とはいえ、それでもこの人の世話になっていることもたしかだし、恩を仇で返すわけにもいかなかった。それに、この人はある意味俺の味方でもあるんだ。
「さっさと金貨十枚を稼いで、ギルドを建ててください。そしてとっと「蛇の王国」から出て行きやがれです。そして死ね」
ぎろりと俺を睨み付けながら、応援とも罵倒とも取れる言葉を投げかけられた。この人はエンヴィーさんに言われているのもあるだろうけれど、現状の冒険者ギルドの在り方を踏まえて、俺が冒険者ギルドを設立するサポートをしてくれていた。
具体的には、素材を卸すルートだったり、職員の教育方法だったり、ギルド内で飲食するためのスペースと食材の仕入れから衛生管理に至るまでのもろもろを教えてくれている。エンヴィーさんが頼んだというのもあるだろうけれど、ここの冒険者ギルドの長として、現状の問題点を改善するためという理由かららしいけれど、どっちをより重視しているのかは、いまいちわからない。
「……さて、憂さ晴らしはここまでにして。ちょっと真面目な話をしましょうか」
ギルドマスターは、ため息を吐きつつ、俺をじっと見つめた。同時に手で正座をやめていい、と指示してくれたので、素直に立ち上がる。ぎりぎりで脚が痺れなかった。もしくは脚が痺れるぎりぎりのところを見極めたのかもしれない。どちらにせよ、ありがたいことだった。
「カレンさん。いま金貨はいかほどに?」
「えっと、ダークネスウルフの売値次第ですけど、いまのところ、金貨三枚ってところです」
「金貨三枚、ですか。ん~、困りましたねぇ」
ため息混じりに、ギルドマスターがこめかみを揉んだ。言葉通り、困った顔をしていた。もっともそれは俺も同じなのだけど。なにせ「蛇の王国」で過ごしはじめて、かれこれ二週間が経っていた。もう期限の半分が過ぎているというのにも関わらず、俺はまだ金貨三枚しか稼げていなかった。
「やっぱり、Bランク以上でないと、一か月に金貨十枚は無謀ですねぇ」
「で、でも、ダークネスウルフは、牙は折れちゃいましたけれど、状態はかなりいいと思いますよ? もしかしたら、金貨で二枚くらいは」
俺が「討伐」したダークネスウルフは、いま鑑定中だった。その額によっては、目標である金貨十枚に届くかどうかが決まると言ってもいい。今日までに金貨三枚は稼いだから、査定額が金貨二枚になってくれれば助かるのだけど。しかしそんな俺の甘い考えを、ギルドマスターは、ばっさりと切り捨ててくれた。
「……牙を折らずに倒しても、せいぜい金貨一枚になるかどうかですよ。しかもそれはあくまでも、流通させるときの卸値ですから。あなたから買い上げる際には、当然卸値以下になります。銀貨で五十枚かそこらがせいぜいでしょうね」
「それでも、金貨三枚以上は稼げたわけですから。あとはダークネスウルフよりも高ランクの魔物を倒せれば」
「言いませんでしたか? あなたのランクで手が出せる魔物は、本来であれば、Dランクまでです。そもそもCランク以上の魔物を「討伐」するには、まだあなたでは力不足でしょうね」
「わ、わかっていますよ。ただ言っただけですし」
「わかっているのであれば、無駄なことを言わせないでください」
ギルドマスターがまたため息を吐いた。今度はさっきとは違い、困ったからこそではなく、呆れたからこそのものだった。冒険者ギルドでは、一定のランク以上の魔物は、一定のランクに達していなければ、「討伐」の許可が下りないことになっていた。
たとえば、GランクとFランクの冒険者であれば、手を出していいのは、Fランクまで。GランクとFランクの冒険者の違いは、せいぜい登録したばかりか、登録して多少の依頼をこなしたかどうかというところなので、実力的には大差がない。
このあたりの魔物でGランクと言えば、角の生えたウサギであるホーンラビットと最弱の魔物と言われるミニチュアラット。Fランクの魔物は、それぞれの上位種であるホーンドラビットとファングラットだった。
だが、上位種とは言うけれど、実際のところは、Fランクの魔物は、Gランクの魔物の親の個体ってだけであり、やはり実力的にはそこまで大きな差はなく、ちゃんとした装備でかつ、準備を怠っていなければ、Gランクの冒険者でも、Fランクの魔物を「討伐」することは可能ということになっている。
もっと言えば、GとF、EとDランクの冒険者は、それぞれひとくくりにされているので、Eランクの冒険者よりも、Dランクの冒険者の方が立場は上ではあるけれど、Cランク以上の冒険者にとってみれば、大した差はないってことになってしまう。なのでCランク以下の冒険者は、最初はFランクまで。Eランクになれば、Dランクまでの魔物であれば、「討伐」許可を得られる。それ以上の高ランクの魔物を「討伐」したければ、ランクを上げるために強くなれ、というのが冒険者ギルドのスタンスだった。
でも俺の場合は特別に、Cランクまでの魔物であれば、「討伐」の許可をもらっていた。というのも、エンヴィーさんからの紹介状に「Cランクまでの魔物であれば、知識を得れば、たやすく「討伐」できるほどの能力はある。が、知識や経験がいろんな意味で足りていないので、飛び級させるにしても、Eランクまでにしてほしい」と書かれていたそうだ。
コアルスさんに渡された羊皮紙には、Eランクと書かれていたけれど、あれはあくまでも仮免みたいなものであり、実際のランクは会ってから決めることにしていたらしい。それでもEランク以下にはしないという保証でもあったらしいけど。
その後、ギルドマスターと面会して、冒険者カードを貰っていた。俺のカードは赤銅色のもので、中央にEランクで「カレン・ズッキー」と書かれていた。面会しても、結局Eランクのままになってしまったけれど、一応俺も冒険者ギルドの一員として数えてもらうことにはなれた。
ただ、どうせEランクのままにしておくのであれば、羊皮紙と一緒に冒険者カードを渡してほしかったとは思けど。まぁ、そうならなかったのは、単純にギルドマスターがエンヴィーさんに連絡するための口実だったという可能性もなくはないけれど。真相は闇の中ってことにしておいた方が無難だろう。いろんな意味で。
PVが2600突破しました。
少しずつですが、PVが増えていくのは非常に嬉しいです。
ありがとうございます。これからも頑張っていきます。




