Act4-33 最低と最高
本日四話目です。
閲覧ちゅーい回です。
祭りの喧騒が聞こえる。
どうにかお腹の調子が戻ったので、俺は希望と別れて近くにあった宿屋に来ていた。
宿屋と言っても一般的な意味で宿泊するためのところじゃなかった。
一時的に使うための宿だ。実際そういう用途で使われていることはたしかのようで、部屋の内装は雰囲気のあるものだ。
具体的には灯りは少し暗めだ。
外はすでに夜だから暗いのは当然だけど、この部屋はあえて薄暗くしているみたいだった。たぶん昼間に入っても部屋の中は薄暗いだろうね。
部屋に置かれた家具もほとんどない。
普通の宿屋であればサイドテーブルに姿見の鏡くらいはあるのだけど、そういったものは一切ない。
代りに普通の宿屋の、それも部屋の中にはないはずの風呂場があった。
ただ風呂場とは言っても浴槽はなく、あるのは簡易シャワーだけ。風呂場というよりかはシャワールームと言った方が適切なのかもしれない。
でもそんなシャワールームは人がふたり入っても余裕があるくらいの広さがあった。
というか、ふたり入ったうえで「運動」することを前提として作られている気がした。そのくらいシャワールームは不自然なくらいに広かった。
詳しく調べれば、たぶんもっとわかると思うんだけど、残念ながらいまシャワールームは使用中だった。
俺は先に使った。先に使っていいと言ったのだけど、「彼女」が固辞したため、先に使わせてもらったんだ。冗談で一緒に使うかと聞いたら、顔を真っ赤にされてしまったけれど。
そんな部屋の中で俺はひとりベッドに腰掛けながら、「彼女」が出てくるのを待っていた。
アルトリアを抱く。
あくまでもすぐに抱くつもりはなかった。抱いたとしても、もう少し時間が経ってからでいいと思っていた。というかそうしないと俺の心がパンクしそうだった。
いままでの自分がしてきたこと。その罪の意識に苛まれそうになる。
だからこそすぐには抱けそうになかった。それにきっといまのままアルトリアを抱いても、きっと俺もアルトリアも幸せにはなれない。
先延ばしにしてきたことがある。アルトリアへの想い。
魅了の魔眼で植え付けられた偽物の想い。
その想いとの決着から俺はずっとその想いから逃げ続けてきた。
大好きな希望が来てくれたから。希望に甘えていたかったから。希望がいればそれでいいと思っていたから。
でもいつまでもこのままではいられないとはわかっていた。
それでも俺は目を逸らし続けていた。目を逸らすことでなにも考えずにいられていた。いや考えずにいようとしていた。
でももうそれも終わりだと思う。俺は希望が好きだ。希望を誰よりも愛している。だから希望以外はいらないと思っていた。
だけどそう思ってもなぜか俺の周りには女性で溢れてしまう。そしていまや希望とアルトリア以外に三人の嫁ができてしまっていた。
すべて背負ってみせる。レアを抱こうと決めたときに、俺はそう決意した。
それはいまも変わらない。でも決意して間もなく、プーレが嫁になり、そしてこの国ではカルディアもまた嫁になってしまっている。カルディアは本気で嫁になりたいのかはわからない。
でもプーレはたぶんもう俺に惚れてしまっていた。「焔」の家族風呂で抱こうとしたときの反応を見るかぎり、プーレはもう俺に惚れている。
カルディアはまだわからない。ただ結婚してもいいとは思ってくれていることはたしかだ。でも=俺が好きってわけじゃない。
だからまだカルディアを抱くことはできない。そもそも俺自身まだカルディアのことを好ましいと思っているだけ。抱きたくなるくらいに好きだと思っているわけじゃなかった。
だから俺が待っているのはカルディアじゃない。
待っているのは別人だ。正直ここで「彼女」を抱くことで序列がより一層顕著になってしまうけれど、こればかりは仕方がない。アルトリアを抱くのはまだできそうにない。抱こうとしても体が震えそうになる。
ううん、考えただけで体が震えてしまっていた。血を吸われているというのもあるんだと思う。いつも死にそうになるレベルで血を吸われてしまっている。
だからなのかな。アルトリアを抱こうと考えると恐怖が俺を包み込む。一度は愛した相手なのに。そのアルトリアを抱くことが怖くてたまらなかった。
それでも決めた以上はいずれ抱こうと思っている。でもそれはまだいまじゃない。だからこそ俺は──。
「「旦那さま」、失礼します」
部屋の中の扉のひとつが開き、中から湯気を纏ったプーレが出てきた。
プーレは真っ白なバスロープを身に着けている。そう、俺がここに伴ったのはプーレだ。
アルトリアをすぐに抱くのは難しかった。
だから自分を追い込むためにプーレを選んだ。俺自身プーレを抱きたいと思ってもいた。
恥ずかしがり屋なプーレがどんな「女の顏」をするのかが見たかった。……自分で言っておいてなんだけど、最低だよね、俺ってば。
それでも抱くと決めた。そしてこうしてプーレを伴った。だからもう迷うことはしない。
「……いや、そんなに待ってはいないよ。ごめんね、急に」
「い、いいえ、そんなことはないのです。た、ただ、そのプーレなんかで本当にいいのかなって思っただけですので」
プーレは俯きながら言った。その姿はただただ愛おしい。ベッドから立ち上がり、プーレのそばに向かう。プーレは体をびくりと震わせる。その震える姿さえも愛おしかった。
「プーレ」
「はい、なのです」
「キスしていい?」
「……プーレは「旦那さま」のものなので」
「そっか」
恐る恐るとだけど、はっきりとした口調でプーレは言った。そんなプーレを俺はそっと抱きしめると、そのまま唇を奪う。
プーレは体をびくりと震わせながら、されるがままになっている。
プーレをゆっくりと壁にと追いやり、バスロープの結び目を解いた。
「……プーレの体、きれいですか?」
プーレは真っ赤な顔で言う。なにを言えばいいのかはすぐにはわからなかった。
希望ともレアとも違っていた。アルトリアは下着姿までは見たことがある。
けれど産まれたままの姿を見たのは、希望とレアだけだった。
まぁプーレの場合は「焔」の家族風呂で一度見ていたけれど。でもこうしてまじまじと眺めて思ったのは──。
「プーレの肌は一番白くてきれいだよ」
「っ!」
「……触れているととても気持ちがいい。きめ細やかだね、プーレの体は。スイーツを作るからなのかな?」
「……それは関係がないと」
「そうだね。でもそれくらいにプーレの体はきれいだよ。だからさ」
「はい」
「抱いていいよね?」
「……はい、一時だけの想いだけでもいいのです」
「……わかっているんだ?」
「大好きな人ですから。……プーレはいままで「旦那さま」のことを好きなのかどうかはわからなかったのです」
「いままでは?」
はい、とプーレが頷いた。頬を撫でながら、プーレを見やる。恥ずかしそうにプーレは顔を俯かせつつ言った。
「プーレは、「旦那さま」が大好きです。身も心も「旦那さま」のものになりたいのです。だから抱いてほしいのです。たとえ「旦那さま」の心の中にプーレがいなくても。プーレはあなたのものになりたいのです」
頬を撫でる俺の手にみずからの手を重ねながら、プーレは笑った。その笑顔を見ていると、覚悟がなかったのは俺だけなんだと言うのが痛いくらいにわかってしまう。
アルトリアのことだって、時間をかけることなく、すぐに抱けばいいだけの話だ。
でも俺は後戻りができないように、自分を追い込むためだけにプーレを利用しようとしている。この子を穢すことで、覚悟を持とうとしている。
最低だ。唾棄するほどに最低なことだ。それでもそんな俺をこの子は、プーレは想ってくれている。
好きだと言ってくれた。プーレを選んであげることはできない。俺にとって選ぶべき相手はもう決まっているから。
そんな最低な俺をこの子は愛してくれている。そんなこの子が愛おしい。誰よりも愛おしいとは言えない。けれどいまだけは。そういまだけは──。
「いまだけはプーレだけを愛するよ。……ごめんな。こんな最低な「旦那さま」で」
「「旦那さま」は最低じゃないです。だって最低だったら、きっと泣かないと思うから。だからあなたは最低じゃないです。私に、ううん、私たちにとって最高の「旦那さま」ですよ」
プーレはそう言って唇を重ねてきた。
重ねられた唇から伝わってくる想い。その想いに突き動かされるようにして、俺はプーレをそっと抱きかかえた。
どさりという音を立ててプーレをベッドに組み伏す。レアとは色合いの違う青い瞳が俺を見上げている。
「抱くよ、プーレ」
「はい、「旦那さま」」
プーレがまぶたを閉じた。迷うことなく彼女の唇を奪いながら、俺は部屋の灯りを消した。
ある意味詐欺でしたね、この話←汗
続きは十六時になります。




