Act4-28 食糧調達
本日五話目です。
「プライド」の街の中は、至って普通だった。
街の外はそれこそ城塞都市って感じだったけど、街の中は普通の街って感じだった。ただ普通とはちょっと違うところもある。
なにせ「プライド」の街の中は──。
「わぅわぅ、耳と尻尾がいっぱいなの!」
ぴょんぴょんとシリウスが飛び跳ねている。その表情はとても嬉しそうだ。そう、「プライド」の街の中は獣人さんだらけだった。
それも狼系だけではなく、虎や鳥、馬、中には熊の獣人だっている。「獅子の王国」は獣人の国。事前に教えてもらっていたことだけど、その名にふさわしい光景だね。
「カルディアまま、カルディアままと同じじゅーじんさんがいっぱいなの!」
「そうだね。「プライド」は獣人が特に多いとは聞いていたけれど、ここまで多いものなんだ。……大変かな?」
ぼそりとカルディアがなにかを言った。大変って言っていたようだけど、なにが大変なんだろうか?
「カルディアの嬢ちゃん。大変ってのはなんだい?」
プライドさんがカルディアに尋ねたのは、俺と同じ疑問だった。
いったいなにが大変なのか、カルディアのひと言だけではよくわからない。
俺は興味本位だけど、プライドさんはどうなのかな?
先を歩いていたのに振り返ったプライドさんの表情はよくわからない。表情がなくなっていた。
「単純に食糧を調達するのがって意味だよ? だって私もそうだけど、獣人っていっぱい食べるでしょう? でも「獅子の王国」は主要な産物は魔鋼石くらいだし。その魔鋼石だって「狼の王国」にシェアを奪われちゃっているもの。こんなにも獣人ばっかりいたら、食糧の調達が大変だと思った。それだけだよ?」
カルディアはいくらか饒舌に、それらしいことを言っていた。
いや、らしいっていうのはちょっと疑いすぎかな?
たしかに「プライド」ほどに大きな街であれば、その住民たちの腹を満たすだけでも大変なことだもの。
貿易をしようにも「獅子の王国」の立地やらを踏まえると、かなり高くつきそうだった。
加えて主要な産物のシェアを奪われているとなれば、輸出品を用意するのも大変だろうに。
しかも獣人は大喰らいとあれば、よりコストはかかるだろうに。
考えてみればカルディアの言う通りだね。どうやってこれだけの都市に住む人たちを飢えさせずにいるんだろうか?
「ふむ。カルディアの嬢ちゃんは、「プライド」には初めてなのかい?」
「うん。私は「獅子の王国」でもかなり辺境にある村の出身なんだ。ラスティ所長と同じ村出身だよ」
「ああ、あいつと同じ村か。なら知らないのも無理はないか」
プライドさんはカルディアの説明だけで理解したみたいだけど、俺にはさっぱりです。しかしラスティ所長ね。あの所長さん、ラスティさんって言うんだ。名乗ってもらっていなかったから知らなかったよ。
「「プライド」の街の住民の腹を満たすのは別に貿易頼りってわけじゃないさ。嬢ちゃんには言ったよな? 「獅子の王国」は一見不毛の土地だが、俺様から見たら十分に恵みを与えてくれるってな」
「言われましたけど」
言われはしたけれど、現状を踏まえるかぎり、この国の土地柄的に考えても農作物を作るにはあまりにも向いていなさすぎる。誰がどう見ても貿易頼りとしか思えない。でもプライドさんはにやりと笑っていた。
「さっきも言ったが、この街の住民の腹を満たしているのは、貿易品じゃない。もっと別のものさ」
「別のもの?」
いったいなにでこの街の人は空腹から逃れているのかな。そう思った、そのときだった。甲高い叫び声とともに大きな地震が起きた。火山の噴火の前触れかと思ったけれど、どうやら違うみたいだ。なにせ──。
「……は?」
「うわぁ、でっかいミミズなの」
シリウスが目を丸くしながら空を見上げながら言う。そう、俺たち、いや「プライド」のだいぶ上空にミミズとも芋虫とも言える巨大生物が現れていた。さっきの甲高い声はあの巨大生物の鳴き声のようだ。
「噂をすれば、だな。あれがこの街の住人の腹を満たすものだよ」
プライドさんが笑いながら言った。その言葉に俺と希望が止まる。でもほかの面々はなるほどとうなずいていた。
「うわぁ、あんな大きなマグマワームなんて初めて見たよ」
カルディアが驚いた声をあげている。驚いているのだけど、それはあくまでも表面的だけだった。
なにせカルディアの尻尾はシリウスの尻尾の如くフルスロットルで振られているもの。
よく見ると口の端によだれが。え、ちょ、ちょっと待って? ちょっと待ってくださいね?
「プライドさん」
「なんだ?」
「あれ、食べるんすか?」
「おう!」
胸を張るプライドさん。ああ、どうやら悪い予感が当たったみたいだ。
希望もマジかと驚愕している。いや地球でも虫を食べるという食文化はあるよ?
日本では食べてもイナゴやハチの子とかだけど、アフリカなどの原住民族とかであれば、虫は良質なタンパク源だからと言って食べる風習もあるだろうし、レンジャー系でも同じくタンパク質を取るために虫を食べるという訓練もあるって風の噂で聞いた覚えが。たぶん都市伝説かなにかだとは思うけど。
でも考えてみれば、食糧が尽きれば現地調達するしかないわけだ。
いざ現地調達するにしても、ジャングルの奥地とかにスーパーマーケットなんてあるわけがない。
食べられるのは現地の動植物ってことになる。そしてその中には当然のように虫も含まれる。
むしろ下手な動物を捕まえるよりも、虫の方が捕まえやすいもんね。
それに日本でも虫を食べるという食文化が根付きつつあるってバラエティー番組で見た記憶があるよ。
日本に帰ったら、食肉ではなく、食虫文化になっていたら嫌だなぁ。
でも希望の反応を見るかぎりは、いまでも日本は食虫文化が一般的になったわけではないみたいだね。その点だけを見れば安心できる。安心できるのだけどさすがにこれはどうよ?
「この辺では良質なマグマワームが採取できるのさ。下手な肉よりもはるかに美味い。とくにあのマグマワームは極上品だぞ? なにせここから見ただけでもざっと二百メートルはある。しかもここから見える分でだけだ。全長とあれば五百はあるかもしれん。あれだけの肉があれば、そうさな。一年は食いつなげるな」
がはははとプライドさんが嬉しそうに笑っている。その声に合わせて住人のみなさんもやいのやいのと騒いでいる。悲鳴を上げる人は誰もいない。誰もがお祭りムードだった。
「聞け、皆のもの! 地の恵みが現れた! これもすべては神獣ガルーダ様のご加護である! この恵みに感謝を示すため、俺様の後に続き、恵みを討て!」
プライドさんは街の住人のみなさんすべてに聞こえるであろう大音声で叫ぶ。その声に住人のみなさんは誰もが声をあげている。それはまるで鬨の声のようだった。
「さぁ、行くぞ! ワーム退治である!」
プライドさんは真っ先に街の外へと向かって駆け出していく。
その後を住民の誰もが追っていく。まるで遊び場へと向かう子供みたいだ。
実際プライドさんはとても楽しそうだった。楽しそうに笑いながら、巨大なマグマワームへと向かって駆け出していた。
脳筋に見せかけた切れ者と思えば、ガキ大将みたいに我先にと突っ込んでいく。
「……読めない人だなぁ、本当に」
ラースさんもレアも読めないけれど、プライドさんはふたり以上に読めない。でもそんなプライドさんを俺は嫌いじゃなかった。
「「旦那さま」、私たちも行こう」
カルディアがいつのまにか俺の手を掴んでいた。シリウスはすでに希望に預けていた。
いつのまにと思ったけれど、それを言う間もなくカルディアは駆けだしていく。
フルスロットルで振られていく尻尾を後ろから眺めながら、どうにかカルディアの走りに合わせて街の外へと出て行った。
更新祭りももう終わりですね。
続きは二十時になります。




