Act0-37 余計なことは言うものじゃありません
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この出張所に来るまで、俺にとっては合衆国の西部開拓時代の酒場が、冒険者ギルドのイメージだった。荒くれものが多くひしめき合っていると言ってもいい。
たしかにそういう柄の悪い兄さんたちは多い。朝から飲んだくれている人はいたし、女子供だからと侮る人もいた。
だが、そんな俺のイメージをあっさりと打ち砕いてくれたのが、ここの出張所だった。なにせここの出張所と来たら、実に痛かった。実に目が痛くなる。そんな内装だった。
なにせ壁はすべてがピンク。机、イス、受付に至るまでの内装も、やはりピンクで統一されていた。それは入ってすぐの一階だけではなく、入り口わきにある階段を上った先の二階や三階も同じだった。
ただ二階から先は、職員しか入れないことになっている。ここのギルドマスターに呼ばれているというのであれば、話は変わるけれど、基本的には、職員しか三階にはのぼれないことになっている。
ちなみに飲食ができるスペースは一階にあり、二階は格安の宿泊施設になっている。が、部屋数は少ない。「蛇の王国」で登録したばかりの新米冒険者がメインに使っているそうだが、俺は一度も使ったことはない。
で、飲食のスペースでは、食事を注文できるけれど、メニューはお菓子やスイーツ系がほとんどで、一般的にこういうところに置かれているであろう、大量の骨付き肉とか、つまみとかはほとんどない。飲料も基本的には紅茶で、酒は申し訳程度のテーブルワインくらいらしい。
極めつけは、職員さんのほとんどが男性ってことだ。しかも全員がイケメンぞろい。かつ着ているのは、なぜか執事服。もっとも一般的な執事服ではなく、デスクローラーの糸を使って編まれたものらしく、一般的な執事服と比べて、防御力もあり、各種異常耐性もそれなりにあるようだ。戦う執事って奴だろうな。誰の趣味だ。ああ、ギルドマスターの趣味だったな、そういえば。
「よぉ、カレンさん。今日もいかつい奴、倒してきたんだな」
出張所に入るやいなや、声を掛けられた。スキンヘッドで、顔にらくがきを入れている、いかついお兄さんこと、先輩冒険者のクーさんだ。クーさんは、そのいかついお顔で、ピンク色のテーブルに、お仲間さんたち数人と座って、ティーカップを手に、クッキーをお茶請けにされている。いつもながら、なかなかに目を疑う光景だ。ちなみにクッキーは、ハートマークで中央にジャムが盛られていた。クッキーを頼むと、基本的にジャムが付いてくるのだけど、ジャムは自分で載せるのがここのルール。そしてクーさんのクッキーはきれいにジャムが盛られている。それもクッキーの形に合わせて、盛りすぎずかつ盛らなすぎずの絶妙な塩梅でだった。いかつい顔とのミスマッチ感が、半端じゃないほどの繊細さだった。
「こんにちは、クーさん。相変らず、いかついお顔とはミスマッチな、繊細なジャムの盛り付けですね」
「うるせぇよ! 俺だって似合っていねえってのは、わかっているつーの!」
顔を真っ赤にして、叫ぶクーさん。ちなみにクーさんは、ハンマーを得物にしている。うん、ますますミスマッチ感が半端じゃない。
「俺思うんですよね。クーさんは、ハンマーを得物にするべき人じゃない。あなたは包丁や、生クリームとそしてジャムを武器にして戦うべき人だと」
「どこの世界に、そんなもので戦う冒険者がいるんだよ!?」
「なにを言っているんですか! あなたは冒険者じゃなく、パティシエになるべき人だ!」
「顔にタトゥー入れたパティシエなんているわけねえだろう!?」
クーさんが叫ぶ。しかしほかに何人かいた冒険者の方々や、職員のお兄さん方も、みんな素直に頷いていた。ただそれはクーさんの言い分に対してではなく、俺の言い分に対して頷いている。実際、クーさんの趣味は、スイーツ店巡りとオリジナルスイーツの開発だった。どう考えても、冒険者をしているのがおかしい趣味だった。
「いいじゃないですか。「パティシエールいかつい」。いい店名ですよ?」
「それ本気で言っているのか?」
「ええ。本気と書いて、マジと読むくらいには」
「……そうか」
クーさんはそう言って黙ってしまった。呆れて黙ったわけではなく、本気で思案しているようだ。あれ? マジで「いかつい」って店名にする気なのか、この人。っていうか、本気で冒険者引退して、パティシエの道に進む気なのか。冗談で言ったつもりだったのだけど。
「兄貴、やっぱり、ここは本気で開業を目指すのも」
「いや、だがな。こんな面のパティシエのいる店なんて、お前通いたいか?」
「そんなのは、厨房から一切顔を出さなきゃすむ話じゃないですか。兄貴のスイーツの味は一流なんだ。カレンさんもああ言われていることですし、本気で考えるのも悪くないと思いますぜ?」
「……そう、だな。少し真面目に考えておくことにしよう。おまえらには迷惑を掛けるかもしれんが」
「なにを言っているんですか。兄貴が引退するのであれば、俺らも引退します。そして兄貴の店を手伝いますよ」
「いいのか? おまえらにも事情が」
「いいんですよ。それに俺らは、誰もが兄貴に返しきれない恩がある。その大恩に報いるためならば、冒険者としての地位なんていりませんよ」
「おまえら。すまん」
クーさんが、お仲間さんたちに頭を下げた。お仲間さんたちは、みんな揃っていい笑顔をしている。ちょっと待ってほしい。これってもう完全に話が決まっちゃったみたいなんだけど。あくまでも冗談で言ったつもりだったのに、クーさんは完全に乗り気だし、お仲間さんたちももうその気だった。
これってまずくない。背中に冷たい汗が伝っていく。




