Act4-9 ベルジュの街
本日四話目となります。
ゴンさんの背中に揺られながら一時間ほどたった頃、プライドさんが振り返った。
「今日はこのあたりにしておこうか? もうじき首都「プライド」にたどり着くんだが、「獅子の王国」一の温泉の街が途中にある。俺もよく利用しているが、どの温泉もかなりのものだぞ?」
プライドさんが指さす先には、かなり大きな街があった。てっきりそこが首都「プライド」だと思っていたのだけど、どうやら違うみたいだ。しかし「獅子の王国」一の温泉街ね。希望が過敏に反応しそうな──。
「行きます!」
……うん、訂正。過敏に反応しそうなではなく、過敏に反応してくれましたね、うちの嫁は。
「行くの!」
加えて愛娘も過敏に反応してくれています。ふたりとも目の色が変わっている。
希望はともかくシリウスは、温泉に一度も入ったことがないはずなのに、希望とさほど変わらない反応を見せてくれていた。希望ってばどれだけシリウスに布教したのかな?
ちょっと怖くて聞けない。だって聞いたら、シリウスまでもが希望レベルの温泉マニアになっていそうで怖いんだもん。
ふたりの熱気にプライドさんが唖然としている。さすがのプライドさんも、温泉にここまで目の色を変える人を見たことがなかったのかもしれないね。
それくらい希望もシリウスも温泉に夢中になっているもの。本当に希望ってば、どこまでシリウスに温泉の素晴らしさを布教してくれたんだろうね。
「そ、そうか。では寄るとしようか? ちなみに「プライド」まではあと一時間もあれば着くが」
「いまは温泉が先決です!」
「先決なの!」
「あ、ああ、わかった。嬢ちゃんの嫁さんと娘は似た者母娘だなぁ」
あははは、といつものような豪快さを消した笑みを浮かべるプライドさん。重ね重ねうちの嫁と娘がすみません。
「ちなみにだが、ここの街には冒険者ギルドのようなものがあるんだ」
「え? でも「魔大陸」にあるのは、「エンヴィー」と「ラース」だけじゃ」
ラースさんの話だと、俺がギルドを建てるまでは、「魔大陸」に存在する冒険者ギルドは「エンヴィー」の出張所だけだったはずだ。
俺がギルドを設立したことで、ようやく「エンヴィー」以外にも冒険者が足を延ばすようになった。それまでは「エンヴィー」に行かないといけなかったはずだったのに。なのになぜこの街に?
「あくまでも「冒険者ギルドのようなもの」だよ。正確には傭兵斡旋所ってところかな?」
「傭兵斡旋所?」
「ああ、いまの「獅子の王国」はちと面倒事が起きていてな。その対処を進めてはいるんだが、人手が足りていないんだ。そこで腕に覚えがある傭兵たち、引退した冒険者や規則に縛られるのが嫌いな強者どもを雇い入れて、それぞれにあった仕事をしてもらっているのさ。せいぜい小競り合いの救援という形程度ではあるが、小競り合い程度に「獅子王軍」を出すわけにはいかないのもあって、結構助かっているんだ」
プライドさんはキーやんに高度を下げる指示をしつつ、傭兵斡旋所についての説明をしてくれた。面倒事というのが「蒼炎の獅子」が台頭していることなんだと思う。
ラースさんの言う通り、プライドさんも「蒼炎の獅子」にはだいぶ手を焼いているみたいだね。
たぶん「獅子王軍」を出撃させないのは、「蒼炎の獅子」の本隊とのぶつかり合いに備えてなんだと思う。
「最強の手札は、ここぞというときに出せ。いくら強い手札であっても、考えなしに使っていれば疲弊もするし、思わぬ被害で壊滅することになりかねない。だからこそ最強の手札は温存する。かと言って温存しすぎていて、勝負所を喫してしまうのは避けろ。敗北が濃厚になったころに最強を出したところで、勝敗が覆すことはそうそうありえないからな」
和樹兄が将棋を指しながら教えてくれたことだった。そのときの盤面は俺が取っておきとして温存していた飛車と角が瞬く間に和樹兄に奪われてしまったときだった。
しかも和樹兄ってば、大駒を一個も持っていない状態だったんだよ?
あるのは歩兵と王将だけだったんだ。だというのに、俺はほとんどの大駒を取られてしまい、あげくの果てにはいつものように裸王にされてしまった。
そんな俺に和樹兄が言ったのがその言葉だった。そしてそれはプライドさんが「獅子王軍」を温存しているのと同じだ。
プライドさんにとっては「獅子王軍」が最強の手札であることは、たぶん間違いない。だからこそ、いまは温存している。温存し続けて、ここぞという勝負所に切ってくる。
でもそれは局地戦のような小競り合いじゃない。
局地戦の小競り合いで切り札を出してしまっては、余計な被害を産む。
余計な被害を出さないためには、局地戦には出さない。
出すのは雌雄を決する決戦のとき。だからこそ傭兵斡旋所をプライドさんは設立したのかもしれない。
「「獅子王」は脳筋」という言葉を聞くことがあるけれど、それは本当のことなのかな? 正直な話、プライドさんはちゃんとした戦略を以て「蒼炎の獅子」と対峙しているように思える。
ただその戦略がどれほどのものなのかはまだ見えてこない。
それで脳筋か脳筋に見せかけた切れ者なのかがわかる気がするよ。
俺のいまのところのイメージだと切れ者ってイメージだね。しかしそのプライドさんでも手に焼くほどなのか、「蒼炎の獅子」は。
「それだけ「蒼炎の獅子」は強いんですか?」
「ふむ。強い弱いかで言えば、間違いなく強い。ただ「獅子王軍」に比べれば、たやすく一蹴できる程度でしかない。それでも俺が手を焼いている。つまりあいつらは巧いのさ」
「巧い?」
「ああ。勝負所を自分たちが思い描くところまで先延ばしにしているのが巧い。長期戦は本来正規軍が有利なのさ。反乱軍というものは、基本的に寡兵だ。戦うことが本業ではない者たちが兵になる。それらの者たちを一流の兵にするには、それなりの時間がかかる。そうして時間をかけて一流の兵にしても、戦をすれば兵は死ぬ。指揮官だって思わぬ一撃を貰って死ぬことだって十分にあるんだ。最前線に出る兵の消耗を完全になくすことは誰にもできないことだ。あるとすれば策を巡らし、罠にはめることくらいだが、それは俺にはできん。とにかく戦では兵の命は消耗品同然になる。そうなれば寡兵である奴らは、徐々に追い込まれていくことになる。兵の絶対数に差がありすぎる。となればだ。反乱軍が行うことはふたつ。ひとつは短期決戦。こちらの体勢が整うまでに、一気に首都を攻め陥とす。ふたつめは切り崩しを謀るかだ」
「切り崩し?」
「要はこちらの手勢から寝返らせるってことさ。こっちの手勢が減り、相手の手勢が増える。それもなんの労力もなしに強力な兵が補充できるとあれば、やって当然だろうさ」
たしかに兵の絶対数が違いすぎるのであれば、少しでも多くの兵を寝返らせるのは当然のことかもしれない。
それだけ相手は弱く、逆に自分たちは強くなる。スパイが紛れ込む可能性は出て来るだろうけれど、やらないという選択肢が存在しない手段でもあった。
「……つまりいま「蒼炎の獅子」は切り崩しをしていると?」
「もしくはもともと「獅子王軍」の内部に入っていた「蒼炎の獅子」の一員ってところかな? おかげで俺様自慢の軍がだいぶガタガタになってしまっていてな。それでもいまの奴ら程度の規模であれば、攻め滅ぼすことはできるんだが、なかなか尻尾を掴ませてくれないのが現状さ。困ったものだ」
がはははと豪快に笑うプライドさん。それはどう考えても困ったものというひと言で切り捨てられるものじゃないんだけど、こういうところを見て脳筋って言うんだろうな。なんとなく言いたくなる気持ちがわかるな。
「まぁ、難しいことは置いておくか。いまは嬢ちゃんの嫁さんたちがお待ちかねの温泉へと向かうことにしよう」
プライドさんが言うと希望とシリウスが嬉しそうにはしゃいでいく。希望もシリウスも温泉好きだろうと思ったけれど、まぁ、そういうところもかわいいからいいかな。
しかし切り崩しまでするとか、ただの盗賊ではないみたいだな。実際プライドさんも反乱軍と言っているし。大規模な盗賊ではなく、叛徒と思うべきなんだろうね。
「なにができるかなぁ」
個人個人の戦いであればともかく、軍と軍の戦いにおいては俺にできることなんてそうはない。それでも援軍として送り込まれた以上はやるべきことはやるつもりだ。でもそれもすべては──。
「温泉、温泉!」
「おんせん、おんせん!」
テンションが天元突破してしまった希望とシリウスがお待ちかねの温泉に入ってからだね。
「先行きが思いやられるぜ」
普段とはまるで違うふたりの姿に俺は深いため息を吐かずにはいられなかった。そうして俺は「獅子の王国」一の温泉街こと、ベルジュの街へと向かったんだ。
続きは十六時になります。




