Act4-8 重なる姿と浮かぶ迷い
本日三話目です。
プライドさんに引率される形で、俺たちは国境を越えて、「獅子の王国」に入った。
相変わらずゴンさんの背中に乗って、空を飛んでいる。プライドさんもキーやんの背中に乗ったままだった。こうして空から見ても、国境付近の光景と同じで、「獅子の王国」の内部も焦熱地獄を思わせるような、煮えたぎったマグマがそこらかしこから地表に顔を出している。
どう考えてもただの地獄です。本当にありがとうございます。というか、よくこんな地獄のような場所に住もうと思ったよね。そこのところ、カレンちゃんには不思議でなりませんよ。
「どうだ、嬢ちゃん。絶景だろう」
がははは、とプライドさんが笑っている。なにを以て絶景と言っているのか、小一時間ほど聞きたい気分だ。なにせマグマのほかには荒れ果てた大地が広がっているだけだもの。これのどこが絶景なんだろうね。プライドさんの感覚が謎すぎて困る。
「プライドさま? 「旦那さま」が反応に困っているので、お遊びはやめていただけますか? むしり取りますよ?」
にこりと笑ってレアが言うと、びくりとプライドさんが体を震わせていた。どうやらプライドさんはレアには頭が上がらないのかもしれないね。
同じ暴虐無尽系の王さまであっても、かなりタイプが違うからね。無理もないのかな?
「ま、まぁたしかに嬢ちゃんたちが見ている光景だと、不毛な土地のように思えるか。だが、俺様にとってはこの土地は十分な恵みを与えてくれる」
プライドさんは、キーやんの背中であぐらを掻きながら、遠くを見つめている。それもキラキラと輝いた目をしながらだ。なんていうか、子供っぽいね。悪い意味ではなく、いい意味でさ。
常に楽しみながら生きているって感じだ。悲観に暮れて生きるのではなく、日々を楽しみながら生きている。プライドさんの姿からは、プライドさんなりの在り方を感じられる。こういうところは毅兄貴に近いね。
毅兄貴も悲観に暮れるくらいなら、日々をどうやって楽しみながら生きていけるかを考えろという人だからね。
だからなのかな?
プライドさんの姿が毅兄貴に重なって見えてしまう。
……ダメだなぁ、俺は。家族のことを考えただけで、無性に帰りたくなってしまった。
帰りたかった理由は、希望だったというのに。希望をひとりぼっちにさせておきたくなかったというのに。希望がこの世界まで来てくれたというのに。もう帰る理由なんてほとんど存在しないのに、いま俺は帰りたがっていた。
家に帰りたい。兄貴たちに、久美さんに、じいちゃんに、そして親父に向かってただいまと言いたい。
でも、家に帰るためには星金貨一千枚が必要になる。
希望の分を入れれば倍の二千枚。シリウスの分を含めれば元の三倍の三千枚だ。
一千枚だけでも絶望的なのに、その三倍とか、絶対に無理だ。
でもそれを誰にも知られるわけにはいかない。
だってさ、ここまで俺はいろんな人の世話になっている。いろんな命を背負っている。
すべては地球に帰るためにだった。
地球に帰るために俺はいろんなことをしてきたんだ。
なのにいまさら、帰らないなんて言えるわけがなかった。
けれど帰るためのハードルが上がっていた。
そのハードルを乗り越えることがひどく難しい。
以前よりも高くなったハードルを前にどうしていいのかわからなくなっていく。
わかっていたことだけど、俺は弱いね。確固たる自分がないもの。
希望が来るまではなにがなんでも帰りたいと思っていた。だからこそ、いろんなものを犠牲にできた。
けれど、希望が来てくれたいま、あの頃のような、必死さがなくなっていた。
ただ言葉だけの、空に舞う枯れ葉のような頼りない言葉しか言えなくなっていた。
希望のせいでとは言わないし、言いたくない。
だって、俺にとっては希望がすべてだった。
希望さえいてくれれば、それでよかった。それだけでよかったんだ。だからこそ、希望のそばに帰りたかった。俺がいるべき場所。俺の居場所に戻りたかった。
だけど、希望はいま俺のそばにいる。だから帰りたいという想いは、少しずつ色あせて行っている。この世界で一生を過ごすのもありだと思う。
この世界であれば、希望と結ばれても誰にも文句を言われることはない。誰からも後ろ指を指されることもない。なんの問題もなく、平穏に死に別れるそのときまで一緒にいることができる。
だからこそ希望は、この世界に残ることを選んだ。希望自身は決して言わないけれど、気持ちが固まっていることはたしかだった。
なんのしらがみもなく、誰に批難されることもなく、ただ俺と一緒にい続けられる世界。希望がこの世界を選んだ理由はそれだ。
そしてそれは俺も同じ。希望が帰らないのであれば、元の世界に帰る理由なんてなかった。希望がいない世界で、生きていてもなんの意味もない。希望がいなければ、俺は自分が生きている意味を実感できない。
こういうのをきっと共依存って言うんだろうね。希望は俺に依存し、俺も希望に依存している。お互いに依存し合いながら生きていく。比翼の鳥。それはまさに俺と希望を言い表すのに相応しい言葉だった。
俺たちはどちらかがいないとなにもできない。常に、無意識のうちにお互いを求め合う。みっともないと言う人もいるかもしれない。ただの弱さだろうと切り捨てる人もいるかもしれない。
でも弱いのはいけないことなのかな? 強くならなければ生きていてはいけないのだろうか?
そんなことはない。弱くても人は生きていける。この世界にいるとそれがよくわかるよ。
力がなくても人は生きていける。だって俺はそんな力のない人たちが精いっぱいに生きていく姿を、この世界で何度も見てきたもの。
だからこそわかる。弱くてもいいんだって。強くなくてもいいんだって。一日一日を大切にして生きて行けばそれでいいんだって、この世界は教えてくれる。そう言う意味ではこの世界はとても優しい。
でもその一方でこの世界は生きるだけで、とても大変な世界だ。
なにせ常に死と隣り合わせな世界なんだもの。地球には存在しない魔物が存在する、剣と魔法の世界だ。まるでおとぎ話やゲームの世界のような、そんな誰もが一度は憧れるだろう、夢の世界。
でもおとぎ話やゲームとは違って、ここは現実だった。
虚構の世界とは違い、この世界では死ねばそれで終わってしまう。
ゲームのような蘇生魔法は存在しない。死ねば誰もが土に還る。あたり前であって、あたり前ではないのがこの世界だった。
でもそんな世界だからこそ、俺と希望の関係を咎められることはない。誰もが受け入れてくれる。誰もが祝福してくれる。
そんなこの世界の居心地は悪いものじゃない。このまま一生を過ごしてもいいと思ってしまうくらいには。
だけどそれでもわずかにだけど、俺の心の中には望郷への想いがある。帰りたいと。家に帰りたいという願いが存在していた。
希望には悪いと思う。希望のことを想えば、このままこの世界で骨を埋めるべきだっていうのはわかっていた。
それでも気づいてしまったんだ。帰りたいって。帰って家族に会いたいって。そう思ってしまった。
たとえそれがどんなに小さく、いまにも消え入りそうな想いであっても、その想いから目を背けることはもうできなくて。でも目を背けなければいけない。希望のためにも、そしてシリウスたちのためにも。
でも一度気づいた想いから目を背けることはとても難しい。だからこそ悩む。だからこそ考える。これから俺はどうあるべきなのかを。どうあって生きて行けばいいのかを。俺は考え続けなければならない。
「どうした、嬢ちゃん。いまにも泣きそうな顔をしているぞ?」
プライドさんが不思議そうな顔をしている。考え事をしすぎたみたいだ。どうにも考えていることが顔に出ていたのかもしれない。
「ちょっと考え事です」
「そうか。まぁ、温泉にでも浸かってゆっくりと考えてみればいいさ。なにかあれば、湯治をする。それがこの国の住人の在り方だ。せいぜいよく考えて答えを出すといいさ」
がはははとプライドさんは笑う。豪快に笑うその姿は、毅兄貴とはまるで違う。
違うはずなのに、その姿が故郷にいる家族を思い浮かべさせてくれる。
静かにはいとだけ頷きながら、俺は煮えたぎるマグマだらけの「獅子の王国」の内部を進んでいった。
心の中の迷いを誰にも悟らせないように。できるかぎり表情を失くして、ただゴンさんの背中に揺られていった。
続きは十二時になります。




