Act0-36 冒険者ギルド「蛇の王国出張所」
本日三話めです。
明日は、通常の十六時更新です
重たかった。
地面に引きずりながら、「獲物」を運んでいく。ふと後ろを振り向けば、引きずった跡が、紅い痕が道に残っていた。それは、どこまでも続いているかのようだった。
街中でこんな跡が残れば、みんな注目するだろうに、誰もが見ようとしていない。というか、いつものことか、という体で、みんなスルーしていた。スルー耐性が鍛えられているのか、みんな気にしてはいない。ただ「獲物」から発せられている血の臭いに辟易しているようだった。
「……近道を選びすぎたかな?」
一応血抜きをしたうえで、ギルドまで一直線の道を選んだつもりだったのだけど、どうにも考えなしすぎたようだ。次からは気をつけないとまずいな。というか、これだとレアさんに怒られてしまいそうだ。一応返り血は、途中で見つけた川で洗い流したのだけど、それでも血生臭かった。レアさんなら、「そういうことじゃないんですけどね」とか言い出しそうだ。が、血を洗い流さないよりかはましだろう。
「次は気をつけよう」
いつも同じことを口にするけれど、いつも守れてはいない。まぁ、俺だから仕方がない。そう言っても、レアさんには呆れられるだけなのは、目に見えていた。もっともここ最近では、いつものことだから、俺としてはもう慣れたようなものなのだけど。
「最近は、口うるさいというか、母親みたく口うるさくなったよなぁ、レアさん」
少し前までは、ニコニコと笑っているだけだったのに、いまはなんか、ことあるごとに怒られているような気がする。それが嫌ってわけじゃない。逆にちょっと嬉しい。
レアさんがとんでもなく忙しい人だってことは、わかっていた。なにせ、この国の王さまなのだから。忙しくないわけがない。
でもレアさんは、俺がなにかやらかすと、すぐさま飛んできては、お説教をしてくれる。逆に俺がなにか大きなことをすると、やはり飛んできて、一緒に喜んでくれる。それは友達から聞いていた一般的な母親の言動によく似ている気がする。
とはいえ、俺にとって、レアさんは母親というか、歳が少し離れたお姉さんのイメージだから、義姉さんたちと同じような存在だった。
それでもレアさんは、レアさん。義姉さんたちは義姉さんたちだ。それ以上にもそれ以下にもなりえない。それでも義姉さんたちもレアさんも、俺は嫌いにはなれない。むしろ知れば知るほど、触れれば触れるほど、好きになっていく。そういう人たちだった。
だからこそ、忙しい合間を縫って、レアさんが会いに来てくれることが嬉しかった。たとえそれがお説教目的であろうとも、一緒に喜んでくれるためであっても。レアさんに会えることが嬉しくなっていた。
「……まぁ、ギルドマスターには言えないけれど」
レアさんに定期的に会える。それはギルドマスターには、禁句に近い言葉だった。というか、下手に口にしてしまったら、どうなるのかわかったものじゃない。そしてそのギルドマスターがいる「蛇の王国出張所」に俺は向かっていた。
背負った「獲物」が重たいというのもあるけれど、それ以上にあのギルドマスターにまた顔を合せることが、いまから気を重くさせてくれている。なにせ今回は、確実にお説教確定なのだから。隠したい。できるなら隠したい。けれど隠すことはできない。なにせ「獲物」が「獲物」だった。
「はぁ、もうちょっと小さい奴を狙えばよかった」
ウサギっぽいやつとか、ニワトリっぽいやつとか、軽くてわざわざアイテムボックスに収納する必要のない魔物を、獲物にするべきだった。なんでまた俺はこんなでかいやつを獲物に選んでしまったのだろうか。時間を遡れるのであれば、今朝の自分を止めたい。それだけはやめておけ、と。
でも、時間を遡ることは、神さまでもない限り、無理だろう。というか神さまでもできるのかな。まぁ、神さまならできそうかもしれないけれど、少なくとも神さまでもなんでもない俺には、できない芸当だった。
「はぁ、気が重いなぁ」
ギルドマスターと会わないようにしたいな。そう思いながれ、俺は重い足取りを引きずって、出張所へと向かっていった。そして──。
「こんにちは」
脚を引きずりながらも、ついにギルドにたどり着いた。たどり着いてしまった。「蛇の王国」にあるのは、出張所だった。支部ではなく、出張所に過ぎないのだけど、門構えはかなり立派だ。ギルドのマークが描かれた黒い旗が、きれいな女性が描かれた旗が掲げられていた。
普通、冒険者ギルドであれば、きれいな女性ではなく、もっと物々しいものが選ばれそうだけど、勇ちゃんたちが言うには、あれは母神スカイストを描いたものらしい。なんでもこの世界で、ギルドと名のつくものの旗に描かれるものは、すべて母神スカイストと定められているそうだ。
ただそれでは、見分けがつかないので、各ギルドはそれぞれ決まった色の旗を掲げることになっている。冒険者ギルドであれば黒。鍛冶ギルドであれば赤という具合にだ。いつも来るたびに、母神スカイストは、相当な信望者を抱えているんだなと思う。地球で例えれば、この世に住む者はみなキリスト教信者だっていうようなものか。あ、でもイスラム教も多いんだよな。どっちがより多かったかな。どっちでもいいけどさ。
「ああ、こんにちは、カレンさん」
ギルドの前には、門番さんがふたりいた。片方の門番さんに声をかけると、気さくに返事をしてくれる。もう片方の門番さんは、俺が引きずってきた「それ」を見て、苦笑いしていた。
「さすがは、カレンさんだなぁ。急所を破壊している。いつも通り素手でだろう?」
「まぁね。武器は性に合わないんだ」
「こんな小さいのに、よくできるよなぁ」
門番さんは揃って笑っていた。無理もない。なにせ俺みたいな小柄なちんちくりんが、「それ」を一撃で倒してきたなんて、普通は信じられないだろう。実際最初は疑われた。でも、いまではあたり前みたいな顔をされるようになっていた。努力の勝利と言っていい。
「おっと、立ち話をするのも失礼だね。いま開けるよ」
「うん、お願いします」
門番さんがそれぞれ扉に触れる。扉は一瞬光を放つと、音を立てず、左右に別れた。この世界風の自動ドアだった。ただ指紋認証ならぬ魔力認証をしている職員ではないと開かなかった。一度門番さんがそろっていなかったことがあったので、殴って壊そうかと思ったけれど、あとで出張所のマスターに怒られた。高いんだから、やめてくれ、と。ならそんな高いものを設置するなよと思ったけれど、言ったところで規則みたいなものらしいから、どうしようもないらしい、とレアさんから聞いていたので、あえてなにも言わなかった。
「どうぞ、カレン・ズッキー殿」
「我々は、あなたを歓迎いたします」
門番さんふたりが、お決まりのセリフを口にして、ギルドの扉を開けた。
最初来たときは、なんだこれ、と思ったけれど、いまはもう慣れたものだ。ただ毎回これをするのは、どうかと思う。が、ここのマスターの趣味らしい。ほかの支部や出張所では、こういうことはない、そうだ。うん、切にそうであってほしいと思う。
「ようこそ、冒険者ギルド「蛇の王国出張所」へ」
最後は、息を合わせて、同時に言い切った。執事喫茶かなにかかと言いたくなる。行ったことはないけれど、だいたいは、こんな感じじゃないかなと思う。たぶん。
とにかく、そうして俺はここ二週間で慣れ切った「蛇の王国」出張所へと足を踏み入れた。




