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Act3-75 潮風を背にして

 今回で第三章もおしまいです。

 予定を十五話オーバーか。まぁ、いいかな。

 ついに「エンヴィー」を出る日が訪れた。


 見送りはお城のメイドさんたちだ。


 なにせ俺たちがいるのは、「エンヴィー」の城の屋上だからね。


 本来の姿になったゴンさんが後ろで控えていた。ゴンさんの背中には、すでに俺とレアを除いた全員が乗っていた。


「ちょっとばかり定員オーバーですが、まぁ、なんとかなりますよぉ~」


 とゴンさんが言っていたけれど、たしかにわりといっぱいいっぱいでみんなゴンさんの背中に乗っている。ただそれぞれの反応が違っているけれども。


「では、レアさまをよろしくお願いいたします」


 コアルスさんが頭を下げている。いつもの執事服を身に付けていた。相変わらずの男装女子っぷりです。


 コアルスさんってば、テライケメン。そして俺はちんちくりん。なのに──。


「まぁた浮気とか、勘弁してよ。意味がわからない」


「香恋ってば、すぐに口説いちゃうからね。そういうところも嫌いじゃないからいいけども」


 ぶつぶつと呪詛を呟くアルトリアと、開き直って笑う希望の先にはとガチガチに緊張しているプーレか座っている。


 プーレのそばには、緊張しているプーレを穏やかに笑って見守っているプラムさん、プーレのお母さんが座っていた。


 ちなみにシリウスは、プーレの腕のなかでお昼寝中だ。


 さっそくプーレを「まま」と呼んで慕っています。


 プラムさんのことは当然のようにばぁばである。


 ただ、いままでのばぁばとは違い、プラムさんはそばにいてくれるとあって、シリウスは尻尾をフルスロットルで振って喜んでいたよ。


「シリウスちゃん、かわいいですね」


 プーレがお昼寝中のシリウスを抱っこしながら笑っていた。


 シリウスはプーレの胸を枕にして穏やかな表情で眠っている。


 どうやらプーレの胸をお気に召したようだね。ちなみにプーレの胸のサイズは、エレーン以上アルトリア未満くらい。


 それでも年齢を考えると、なかなかのサイズだと思うよ。


 プーレはアルトリアよりもひとつ年下の十三歳。でも身長は俺と同じくらい。逆に俺の身長が低すぎるってことなのかもしれないけど、そこはあまり考えないでおきましょうかね。


 人には言っちゃいけない痛みがあるんですよ。


 まぁ、それはそれとしてだ。プーレもシリウスの愛らしさにすっかりと骨抜きにされてしまっている。


 さすがは我が娘。恐ろしい子だよ。でもそういうところもぱぱ上は堪らないです。


「プーレさん! 最初に言っておきますが、「旦那さま」の正妻は」


 シリウスを抱っこしているプーレに、アルトリアが突っ掛かっていく。


 たぶん序列をいまのうちに決めておこうとしているんだろうね。要は新参者にデカい顔をされるのが、気に食わないってところなんだと思う。


 うん、言いたいことはわかる。わかるんだが、それだとチンピラと同じ思考だね。


 アルトリアもプーレもそういう考えは一切ないのだろうけれど、雰囲気はいわゆる一触即発なものだ。


 あくまでもアルトリアだけが。プーレは暖簾に腕押しというか、さすがは商人の家系だけであってか、因縁をつけてくる客の相手になれているってところなのかな。


 アルトリアは客ではないけれど、突っ掛かってくるところは変わらない。


「あ、はい。エンヴィーさまですよね? エンヴィーさまと同じ方に嫁ぐことになるなんて、畏れ多いとは思いますが、正妻たるエンヴィーさまに決してご面倒をかけないように」


 プーレは背筋をピンと伸ばして、アルトリアへの受け答えをしている。しているんだけど、微妙にずれている。


 いやさ、あんな風に突っ掛かってくるんだからさ、アルトリア自身のことを言っていると思いそうなものなんだけど、どうやらプーレはそう思わなかったみたいだね。


「違います! お師匠さまはよくて二号さんであって、「旦那さま」の正妻はこの」


「あ、そっか。ノゾミさんですね」


 アルトリアが自身の胸を叩きながら名乗り上げようとしていたのだけど、あっさりとスルーして正解にたどり着いてくれたよ。


 思わず噴いたね。普通、あの状況だとアルトリア自身のことを言っていると思いそうなものなのに、プーレったらまさかのアルトリアを完全スルーだもの。


 アルトリアがプルプルと震えているよ。明らかに怒っているね。


 無理もないけど、ここまでスルーされるとか、いままでになかっただろうし、アルトリアが怒るのも仕方がないのかもしれないね。


「わざとやっているのかなぁ?」


 アルトリアがこめかみに青筋を浮かべながら笑っている。


 笑っているけれど、めちゃくちゃコワイデス。


 俺があれをやったら、まず間違いなく致死量ギリギリまで吸血されるね。


 時々思うんだけど、俺ってば本当に旦那さんとして思われているのか、不思議でなりません。


「でも「旦那さま」とノゾミさんって、もうそういう関係ですよね? 明らかにアルトリアさんと一緒にいるときと雰囲気が違いますし。仲睦まじいって感じです」


 さすがは商人の家系だね。洞察力がすさまじいです。


 もしかして、レアの名前を最初に言ったのもそういう雰囲気を感じ取ったからなのかな?


「そ、それは」


 アルトリアとは寸前のところまで行っているけれど、あくまでも寸前のところまでであって、決定的なことまではしていない。


 たぶんプーレはそれさえも感じ取っているのかもしれない。商人の家系ってすごいんだね。


「アルトリアさんとは、そういう関係ではないですよね? 一応お嫁さんのひとりではあるみたいですけど、ノゾミさんやエンヴィーさまとは違って、余裕がないというか。序列を決めたがっているのは、危うい立場にいるからであって、要は新参者の私とさほど変わらない立ち位置だからなのかなと」


 ぐうの音も出ないほどに、打ちのめされていくアルトリア。


 あ、あのプーレさん、そこまでにしてあげてください。


 アルトリアが泣いちゃうから。すでに涙目だもんよ。


 事実だけど、言っちゃいけない痛みっていうのは、誰にでもあるものだからね。


「う、うぅ~。わ、私が正妻だもん! ノゾミやお師匠さまは二号さん、三号さんなんだもん!」


 アルトリアがついに泣き出してしまった。新参者であるプーレを打ちのめそうとしたら、返り討ちに遭ったのだから無理もない。


 でもプーレが言ったことは否定しようのない事実だからね。アルトリアがなにも言い返せなくなるのも仕方がないのかもしれない。


 というか、言い返さなくなるのがわかっていて、あえて突っ掛かるのはどうかとカレンちゃんは思うんですけどね。


 まぁ、そういう自爆をやらかすのもアルトリアらしいことだった。


 むしろアルトリアはこうでないと思ってしまうあたり、俺もなかなかにひどいかもしれない。


「さぁて、挨拶はこのくらいにして行きましょうか、「旦那さま」」


 レアが俺の腕を取って抱き着いてくる。圧倒的すぎるブツの感触がヤバいです。


 毎回同じことを言っているようにも思えるけれど、実際にヤバいものはヤバいのだから、どうしようもないでしょうに。


「レアさま。決してカレンちゃんさまにご迷惑をおかけしないように。あとカレンちゃんさまのお仕事の邪魔をしてはいけませんからね? それと──」


「もう、子供じゃないんだからわかっているってば」


「なにをおっしゃいますか。どれほど立派な肩書を得ようとも、あなたは子供ですからね。まったく手に掛かって仕方がありません。これを機に、少しは手のかからない風になっていただけるとありがたいです」


「もう、ああ言えばこう言って。コアルスは小言が多すぎるの。いつからそんなお小言おばあちゃんに」


「誰がおばあちゃんですか。誰が! まったく本当に口が減らない人です」


「そっちこそ」


 言い合いをしながらも、レアとコアルスさんはどこか楽しそうだった。


 本当にこのふたりは仲がいい。そのふたりを別れさせてしまうのは、心苦しくはあるけれど、ほかならぬレアが決めたことだから、俺にとやかく言える筋合いはなかった。


 というか、俺の意見とかまるっと無視するからね、レアってば。


「……まだ言いたいことは山ほどありますが、これ以上言っても聞いてはくれないでしょうから、あえて言いません」


「あら、殊勝な心掛けね」


「勝手に言っていてください。とにかく次に帰ってくるときは」


 コアルスさんは咳払いをすると、とても穏やかな笑みを浮かべていた。


「……いまよりも幸せな笑顔を浮かべて帰ってらっしゃい」


「……うん」


 レアもコアルスさんもそれだけ言うとじっとお互いを見つめていた。


 ふたりの間でどんな会話が交わされているのかはわからない。


 わからないけれど、それを邪魔するほど俺は野暮じゃなかった。


 黙ってふたりの会話が終わるのを待った。


 ほどなくして、ふたりは会話を切り上げたのか、コアルスさんが背を向けた。


 レアも行きましょうと言った。コアルスさんの表情は見えなかった。


 レアはいつも通りに笑っている。どこか寂しそうではあったけれど。でもそれを隠していた。


 いや抑え込んでいた。言うのは簡単だけど、俺はなにも言わないことを選んだ。


 レアに促されるまま、俺も背中を向けた。そのとき。


「行ってらっしゃい、レヴィア」


「行ってきます──」


 お母さま。


 レアはたしかにそう言った。コアルスさんに対してたしかにお母さまって。いまのはと思わずレアに尋ねようとした。


「そろそろ行きますよぉ~」


 けれど間の悪いことにゴンさんが出発すると言い出したので、俺はレアを抱きかかえて、慌ててゴンさんの背中に乗らせてもらった。


 同時にゴンさんが翼をはためかせて、空を飛んだ。


 少しずつつ「エンヴィー」から離れていく。


 コアルスさんが見送る様に手を振ってくれていた。手を振るコアルスさんは涙目になっていた。


「コアルスさんって」


「育ての親というところです」


「育ての親」


「ええ。それ以上でもそれ以下でもありません」


 レアはそれだけ言って口を閉ざしてしまう。


 それ以上はまだ言えないってことなのかもしれない。


 でも、いつか。そういつかは教えてほしい。レアとコアルスさんの本当の関係を。そう伝えるとレアは──。


「そうですね。「旦那さま」の子供を、シリウスちゃんの最初の妹ちゃんを宿らせてくださるのであれば」


「それは私の役目です!」


 アルトリアが目を血走らせながら叫んだ。どうやらそこは譲れないみたいだね。たださ、もう何度も言っているけどね?


「俺には物体Xはないと何度言えばわかるんだよぉぉぉ!?」


 最後の最後まで、俺に存在しないものがあるという前提での話をするふたりに、この国での最後でのツッコミをさせてもらった。


 ははは、本当に笑えないよ。俺は泣き笑いしながら、懐かしい潮風の匂いを背にして、久しぶりの「竜の王国」へと向かって行った。

 これてに第三章はおしまいです。

 次回は特別編となります。

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