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Act0-35 獲物と素材

本日二話目です。

今回は戦闘話です。

へたくそですが、頑張って書きました。

 黒く大きかった。


 その体格には、見合っていないほどに速く、「獲物」は動いていた。上下左右を縦横無尽に動いている。一般的な冒険者であれば、目で追うことができないほどの速さらしい。


 その追えないはずの動きを、俺はしっかりと目で捉えている。「獲物」は右に左に、時折虚を衝くようにして、俺の頭上を跳びこえていく。その動きは徐々に速くなり、黒い残像だけが視界には映っているのだろう。普通の冒険者であれば。


「次は、左かな?」


 だいたいの動きは読めていたので、試しにと裏拳気味に、左拳を水平に振るう。属性はあえて付与させずに放った一撃からは、たしかな手ごたえを得た。が悲鳴のような鳴き声が同時に聞こえた。牛くらいはありそうな体格の「獲物」が転がっていた。口の端からは血が流れている。


 いまの一撃で牙が折れたのだろう。「獲物」が転がったであろう地面には、白い欠片のようなものが落ちていた。


「もうちょっと加減しておくべきだったか」


 倒すだけであれば、すぐにできる。けれど「討伐」はなかなか難しい。この世界における「討伐」というのは、大きな破損もなく、きれいに解体できるように、魔物を倒すことを意味しているそうだ。ただ倒すだけであれば、ある程度の力量があれば、誰でもできるけれど、破損させずに倒すことはかなり難しい。そのことを俺はデスクローラーで学んでいる。


 けれど、ちょっと力加減を今回も誤ったようだった。


「牙はできるかぎり破損させないようにしたかったんだけどなぁ」


 この「獲物」からは牙と爪、そして毛皮が回収できる。肉は食えたものじゃないので、価値はないそうだ。だが、その価値のない部分は、毛皮に覆われている。回収したい素材に、攻撃しなければ、そもそも回収もできないというのは、かなり厄介だった。鶏と卵っていうのは、こういうことを言うのだろう。


「さぁて、どうしたもんかな」


 俺にも使える剣があれば、すれ違いざまに首を切り落とせば、それで済む話なのだけど、あいにくといまだに俺が使えるような剣はなく、俺は徒手空拳で頑張っている。要は空手だけど、一般的な空手だけじゃ、この世界では生きていけない。


「ん~、できるかな?」


 結構な速さの相手だから、タイミングが難しそうだ。それでもやるしかない。というか、やらないと価値が下がってしまう。ずいぶんとひどい考えではあるけれど、俺にとって目の前の「獲物」は、文字通り「獲物」でしかない。


 こっちの世界に来るまでは、生物を殺したことはなかった。アリを踏みつぶしてしまったりとか、地面に横たわっていた死にかけのセミを自転車で誤って轢いてしまったり、というレベルであれば、何度かはあった。でもそれは故意にやったわけじゃない。本当に偶然そうなってしまったというだけのこと。


 けれどいまからやるのは、故意だ。そうしたいからこそ殺す。もっと言えば、こいつの素材が欲しいから、俺はこいつの命を絶つ。


 自然界であれば、弱肉強食といえることだけど、俺はこいつを食うために殺すわけじゃない。ただこいつの素材がそこそこの値段で売れるから、殺すだけだ。


 こうして改めて考えると、人間っていうのは、自然界においては、異質な存在なんだな、というのを自覚してしまう。その自覚を持っているのは、いったい何人いるのかはわからないけれど。


「来いよ、ワン公」


「獲物」を、黒く巨大なそれを手招きする。「獲物」は小さく唸りつつも、体をぐっと縮めた。次の瞬間には、一瞬で目の前にまで迫って来ていた。特有の瞬発力。一般的な冒険者の中で、これを対処できるかどうかで、一流になれるかどうかが決まるそうだ。


 たしかに速い。だが、速すぎるとは思わなかった。さっきまでよりはだいぶ速いけれど、それでも俺には止まって見えていた。体をずらし、牙も爪も当たらない。いわゆる安全地帯に体を滑り込ませた。両手を組んで、振り上げ、狙いをつける。同時に脚の位置を微調整した。


「ごめんな」


 両手を「獲物」の首目がけて振り下ろしながら、右の膝を喉へと蹴り上げる。念のために、両手、右ひざに風属性を付与させて放った。潰れる音、砕ける音、そして千切れる音の三つがたしかに聞こえた。


 視界が紅く染まった。顔に血が付着した。いや顔だけじゃない。俺の全身を血が染め上げていく。血を舞い上がらせながら、「獲物」の首が飛んでいるからだ。が、首が飛んだからと言って、「獲物」が飛びかかってきた勢いまでもが死んだわけじゃない。勢いは止まらず、首を失った「獲物」の体当たりに俺は巻き込まれてしまった。


「……重い」


 視界のすべてを真っ黒な毛皮に覆われる。わりともふもふとしているので、気持ちいい。まだぬくもりもあるので、干したばかりの布団のようにも感じられる。大型犬に圧し掛かられたときもこんな感じだった。


 しかしそのときとは違い、ぬくもりはいずれ消えるし、鼻につく生臭さもあった。生臭さは時間が経つにつれて、増していき、逆にぬくもりは失われていく。実際、心臓の鼓動は徐々に小さくなっていた。俺が殺した。デスクローラーを生ゴミにしたときとはまるで違う。この感覚だけはまだ慣れない。


 背中を強かに打ち付けはしたが、ほとんど無傷の勝利だ。痛みはある。がそれだけだった。俺に伸し掛かるようにして、ぴくりとも動かない「獲物」をどかす。「獲物」の首は数メートル先で転がっていた。


 風属性を付与させると、鋭利な刃物を使ったような一撃が放てる。だからこそ首が飛んだ。本当なら首をへし折る予定だったのだけど、それで死ぬかどうかわからなかった。というか、へし折れるかわからなかった。念のために風属性を付与させてみたのだけど、オーバーキルだったようだ。付与させなくても、喉が潰れ、骨が折れる音を俺はたしかに聞いていた。その生々しい感触もまた伝わってきていた。高揚感はない。ただ申し訳なさだけが、俺を包み込んでいた。


「……ありがたく頂戴します」


 口にしたところで意味はない。こいつも俺もお互いを殺す気だった。人間は自然界においては、異質な存在ではある。けれど殺した「獲物」を無碍にすることはない。少なくとも俺はしたくなかった。


「血抜きから、始めようかな」


 心臓はもうほとんど動いていないが、いまならまだ血抜きも間に合うだろう。後ろ脚を縛り、適当な木の一番太そうな枝にロープを巻き付ける。滑車の要領で引き上げた。切断された首から血がしたたり落ちていく。


「……さて、入るかな?」


 血抜きにはまだ時間がかかる。思ったよりも大きな個体だったから、レアさんに貰ったアイテムボックス(という名の明らかに入る量がおかしいきんちゃく袋)に入るだろうか。レアさん曰く容量は、上限はほぼありません、とのことだったけど、いくらなんでも、この巨体がすっぽりと収まってくれるとは思えない。が、収まってくれないと運びようがない。あるにはあるが、あまり気が進まない。とりあえず試すべく、転がっていた首をアイテムボックスにしまおうとした。そのとき。


「……あれ?」


 アイテムボックスがない。いやあるにはあった。腰にぶら下げていたそれは、たしかに存在している。けれどそれは原形をとどめていなかった。具体的には爪の形に切り裂かれていた。見れば、「獲物」の爪と爪の間には、なにか袋の切れ端のようなものが挟まっていた。


 言葉が出ない。ただひとつ思ったのは、やっちまった、ということだけだった。

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