Act3-73 完遂
遅くなりましたぁ!
十六時更新のつもりが、もうこんな時間だよ!
というわけで、早速UPです。
時間はあっという間に過ぎていった。
レアを抱いてから、もう一か月が経とうとしていた。一か月程度では、缶詰も寿司の指導も本来であれば終わらない。そう、終わらないはずだった。
でもすでにどっちも俺たちの手から離れていた。どうしてそうなったのか? それはひとえに希望のおかげですよ。
希望が参戦する前までは、マバの缶詰作りは、少しずつ要領がわかっていくという体だった。どんなことでも技術の進歩は日進月歩。
とてもゆっくりなものだというのは、この世界でも地球でも変わらないことのはずだった。
だけど希望が参戦したことで一気に缶詰作りは進展してくれたんだ。
缶詰作りにも、おそらくは転移特典である調理補正は仕事をしてくれたみたいで、あれ以来試作品が膨張することはなくなった。
たぶん雑菌さえも「調理」してしまったんだろうね。
加えて長期保存を主軸にするため、味は度外視していたのが、希望の参戦でその問題もクリアーできた。
まさか缶詰の調理油が保存に必要なものだとは思わなかったよ。
希望が言うには常識だってことだったけれど、調理油が保存に必要っていつから常識になったのかな?
そのおかげかな? 早々に缶詰班の責任者も希望が兼任することになった。
要はお払い箱になりましたよ、俺は。
なにせ俺が指揮するよりも、希望が指揮した方が倍は効率がいいもの。
……嘘を吐きました。下手したら倍どころか、十倍近く効率がいいです。
調理に関することであれば、この世界では希望は最強クラスだね。万能すぎないかな、希望の調理スキル。
俺も欲しいけれど、俺は言語系のスキルがある時点で優遇されているってことだったよ。
たしかに異世界に転移して、一番の問題は言語関係だもんね。
ぶっちゃけ食事とかはボディランゲージでどうとでもできるけれど、言語関係だけはどうにもならん。一から憶えるしかないもんね。
それが最初から省かれるとなれば、たしかに優遇されすぎかもしれない。ボディランゲージをする必要がなくなるんだもの。当然かな。
とにかく、マバ缶作りも希望のおかげで一気に進展し、ついに完成品にこぎつけることができた。
希望が合流してたった一週間で完成するとかありえなくない?
俺一人であれば、たぶんもう二、三週間かけてようやく試作品作りが終わるってところだっただろうし。
それを希望は三日ほどで試作品作りを終わらせ、残りの四日で完成品を作り上げた。
ただ正式な完成品になるかどうかは、まだもう少しだけ時間がかかるけど。
最低でも半年は時間を置く必要がある。
というのも、ちゃんと長期間保存ができるかどうかがまだわからないからだ。
それを調べるには、とりあえず半年ほど寝かせてからじゃないとわからない。
半年ほど寝かせて膨張しないようであれば、成功と言えるはず。
正確には膨張しないことを確かめ、なおかつ中身が腐敗していないかを確認しないといけない。
さすがにこの世界の魔法でも時間を操ることはできないみたいだ。
母神さましかできないことって話だし。俺も似たようなことはできるのだけど、あれはあくまでも自分と周りの世界を切り離すだけであって、特定の対象の時間を速めたり、遅くしたりはできないみたいだ。
何度か試してみたけれど、缶詰に変化どころか、みんなが止まっているだけだったもの。
だから缶詰がちゃんと完成しているかどうかがわかるのは、あと半年後ってことになるみたいだ。
ただそこまでこの国にい続けることはできないので、後の経過観察は現地の責任者に任せることにした。ぶっちゃけると、例の変態どもに任せた。
なんでもあの変態どもは、ククルさんのギルドでも屈指の実力者であり、なおかつ屈指の変態でもあるけれど、指折りの料理人でもあるみたいでね。
ムガルさんとの決闘の際でも結構頼りになっていたんだ。
その変態どもがマバ缶作りに協力してくれた。
そのうえ、誰よりも缶詰作りに熱心になってくれた。その熱意に押されて、俺と希望は変態どもをマバ缶作りの責任者に抜擢した。
変態どもは三人組だけど、話し合いで工程を三つにわけて、それぞれの責任者になるということになったみたいだ。
具体的には調理、殺菌、封入の三つの責任者になっていた。
ひとりですべてを受け持つよりかは、責任者を複数に分けた方が、負担は減る。
その分人件費がかかってしまうけれど、そこはマバ缶の製造ラインが本格化すれば、一気に取り戻せる。いわば先行投資みたいなものだから、俺もレアもあまり気にはしていない。
とにかく変態どもの協力もあって、マバ缶作りもひと段落つき、俺たちが「エンヴィー」にいる必要性がなくなった。
寿司の方はムガルさんとケイリィさんがのれん分けを許されたので、あとはふたりに頑張ってもらえばいいので、問題はなにもない。
そうして寿司とマバ缶。両方の問題はあっという間に片付き、俺たちは帰り支度を始めた。さすがに問題が片付いたその日のうちにということはできない。
引継ぎの作業というものが、どうしても必要になる。
むしろ引継ぎがなければ、俺たちがいなくなったとたんに、破綻する可能性もある。
破綻させないためには、そしていなくなってもスムーズに進行させるためには、引継ぎは必要なことだった。
その合間合間に帰り支度を始めていた。なんの問題もなく、いや、問題はあった。それこそこの国では大問題なことがね。そう、それは──。
「ねぇ、レア?」
「はい?」
「本当に着いてくるの?」
俺たちが帰り支度をするのと同時に、レアが旅支度を始めた。あの日コアルスさんが言っていた通り、本気で「エンヴィー」を留守にするつもりのようだ。
レアは私室で必要なものとそうでもないものとで、アイテムボックスに入れたり、入れなかったりと分け始めていた。
どう考えても俺たちに着いてくるつもりのようだった。
とはいえ、レアに着いて来てほしくないわけじゃない。レアも嫁だからね。
個人的には着いて来てほしいとは思っている。それにギルドを経営するうえで、王であるレアの視点はとても役に立つはずだ。
なによりも「魔大陸」の支配者のひとりであるレアの力は、あの雑魚トカゲさんを一蹴したレアの力は、とっておきの切り札となりうる。そういう意味では、レアには着いてきてほしいとは思う。
けれど、俺たちに着いてくるということはだ。王さまとしての仕事を放棄するっていうようなもの。そんなことをすれば、この国が荒れてしまう。レアがなによりも愛する国と民を混乱させたくなかった。
「ええ。そのつもりです」
だけど、レアはすでに決めてしまっていた。こうなったらレアはてこでも動かない。レアがしたいようにさせるしかなかった。
「でも、いいの?」
「ええ。構いません。コアルスにはしばらく留守を任せると言ってありますので」
「コアルスさん、大丈夫かな?」
「コアルスであれば、問題はなにもありません。もしかしたらわたし以上に国を治められるかもですし」
くすくすと笑いながら、荷造りを続けるレア。その笑顔はちょっとだけ無理をしているようにも見えた。
無理もないよ。どんなに生きようとも死というものには慣れないだろうからね。それも親しい人の死であれば、なおさらだ。
「やっぱりショックかな?」
「……そうですね。昔から知っている相手がいなくるのは、やっぱり寂しいです」
レアはまぶたを閉じながら言っていた。レアが言っているのは、レアが言う相手とは、あのプクレの屋台のおじさんのことだ。
おじさんはもういなくなってしまった。プーレが、おじさんの娘が教えてくれた。




