Act3-65 祭り
本日九話目です。
巨大生物を倒したら、することは? ですね。
雑魚トカゲさんを無事に降下させられた。
降下した雑魚トカゲさんは、そのまま「エンヴィー」内の港までレアの手で運ばれた。正確にはレアが作りだした水の柱によって搬送されていた。
ど派手な登場をした雄姿は、もうどこにもなかった。
あるのはただぐったりと横たわった首を失った体だけ。
これでAランクの魔物だった。いやAランクの魔物でさえも、こんなにたやすく狩られてしまった。それくらいにレアの力は強すぎた。
いまの俺じゃ残機が一万くらいあっても勝てそうにないよ。それくらいにレアは強い。強すぎるくらいに強かった。
雑魚トカゲさんをレアが倒したことは、「エンヴィー」の住人には見えていたらしい。
レア自身の変化まではわからなかったそうだけど、コアルスさんの上で誰かが雑魚トカゲさんの首を吹っ飛ばしたところは見えたらしい。
雑魚トカゲさん自体、遠くからでもはっきりと見えるくらいにデカかったから無理もないけどね。
雑魚トカゲさんを港に搬送したころには、「エンヴィー」の住人は街に戻ってきていた。
なにせ雑魚トカゲさんを血抜きしつつ、津波が起きないようにゆっくりと下降させていたから、その分めちゃくちゃ時間がかかり、その間に住人のみなさんは街に戻ってきていた。
港に雑魚トカゲさんを運び終えた頃には、ほとんどの住人が港に押し寄せてきていて、一目でもAランクの魔物の姿を見ようとしていたよ。
ちなみに雑魚トカゲさんの正式名称は魔竜バアルというらしい。
そう言えば、ご本人がそんなことを言っていたな。ようやく思い出せたころには、すでに雑魚トカゲさんは解体されていたね。
「この竜を打倒した記念の祭りを明日に行う。調理できるものはみな協力してほしい。この竜の肉を「エンヴィー」の住人すべてに振る舞おう。よって冒険者たちよ、緊急の依頼だ。冒険者全員でこの竜の解体を明日の夜までにせよ。報酬金はひとりにつき、金貨十枚だ! 無論ギルド職員で解体をこなせる者も参加してよい。その者にも金貨十枚を支払おう」
レアの指示かつ依頼がその場にいた住人すべてに伝えられた。
住人のみなさんは一瞬呆けた顔をしたが、すぐに大歓声をあげた。
蛇王さま、万歳と誰もが口々に言っていた。
雑魚トカゲさんはあっけない最期を迎えたけれど、その脅威は本物だったんだ。
その雑魚トカゲさんさえもレアにしてみれば、文字通り雑魚でしかなかった。
だけど一般人にしてみれば、この世の終わりのような光景だっただろうね。それだけ雑魚トカゲさんは強大だった。
しかしその強大な雑魚トカゲさんさえも、一蹴するだけの力がレアにはあった。
下手をすれば国が滅亡しかねない魔物を一瞬で倒してしまった。そんなレアを誰もが称えていた。
俺自身のことではないけれど、少し誇らしいよ。俺の嫁さんってすごいなとしみじみと思った。
その後は俺も冒険者の皆さんに協力して、雑魚トカゲさんの解体を手伝った。解体は自分のギルドで多少は鍛えてもらったので、それなりにはできるようになっている。
でも雑魚トカゲさんクラスの魔物を解体する経験はなかった。
それは冒険者の皆さんも同じだったけれど、ククルさんの指導の元、みんなで少しずつ解体していった。途中からは同じ竜族であるゴンさんが解体の指示を出してくれた。
「これほどの巨体の竜とはいえ、基本は変わらない。本来は首を落とすまでが面倒ではあるのだが、すでに首はないからな。少しだけ楽だぞ」
ゴンさんは笑っていた。
笑いながら、口の端からよだれを垂らしていたのは、あえて見ないことにしたよ。
この人も一応竜でしょうに。まぁ言ったところで意味はないんでしょうけどね。
「面倒になったら、我に言え。本来の姿になり、爪で切り裂く。なぁに、死んだ竜の体など容易く切れるぞ。魔力もすでに通っていない鱗など、なんの障害にもなりえぬよ」
ゴンさんは笑っていた。ただ言っている内容はちょっぴり引く。
この人もこの人で規格外だなぁと思ったね。
ちなみにゴンさんが言うには、竜の鱗が固いのは、その鱗に竜の魔力が、強大な魔力によって硬化されているからだそうだ。
でも魔力が込められていなければ、竜の鱗はせいぜい鉄よりも硬い程度でしかないらしい。
それだけでも十分硬いと思ったのは、俺だけではないと思う。
とにかく途中からはゴンさんも宣言通り、本来の姿になって雑魚トカゲさんの体を大雑把に解体していった。
ぶっちゃけて言えば輪切りにして、その輪切りにした部分を冒険者の皆さんで解体していくという流れだった。
それでも解体が終わったのは、翌日の夕方だったけど。
それくらいに雑魚トカゲさんは大きかった。
正直町の住人全員で食べても、食べきれるのかなっていうくらいには。
マバの在庫もあるというのに、雑魚トカゲさんの肉も在庫として抱えるのはまずいんじゃないかなって俺は思ったのだけど──。
「竜の肉であれば、いくらでも在庫を抱えたいくらいですよ? むしろこれだけの肉の在庫ができたことは素直に喜ばしいことですから」
と言ったのはククルさんだ。
マバとは違い、竜の肉は高値で取引される。
それこそ低ランクの竜の肉であってもグラムで銀貨百枚は下らないらしい。
雑魚トカゲさんクラスであれば、最低でも金貨相当はするって話だった。
いわば地球で言う松坂牛や神戸牛みたいな扱いをされているようだ。
それも松坂牛や神戸牛とは違い、雑魚トカゲさんの肉は万トン単位にもなっている。
松坂牛や神戸牛のように手間暇かけて育てる必要はないうえに、あれらの牛とは違って数が圧倒的に多い。
普通はそれだけあると、値崩れが起きそうなものだけど、そこは問題ないとククルさんは言っていた。
たぶん、「蛇の王国」それも「エンヴィー」内だけで流通させるつもりなんだろうな。
ただ一部は国外に流通させる。購買意欲をそそらせるためだけに。
でも購買意欲がそそられたところで、流通は「エンヴィー」内でだけ。
でも高ランクの竜の肉は欲しい。その味を知ってしまえばなおさらだろう。
そうなればあとは簡単だ。相手が提示してくる交易の条件を、できるだけ高くなるまで待てばいいだけ。
加えて早くしないとあなたの国の分はなくなるぞと脅しをかければいい。
そうすれば肉が欲しい国は、みずから好条件を提示してくる。
実際は万トン単位の肉だから、いくらでも輸出しても問題ないのだけど、そのことをほかの国は知らないというおまけ付き。
もっとも知ったところで肉をレアが握っている限りは、ほかの国ではどうしようもないのだけどね。
どのみち、雑魚トカゲさんの肉で「蛇の王国」は大儲けができるようになった。
その莫大な利益を踏まえれば、冒険者どころかギルドの職員さんたちにも、金貨十枚の報酬を出すという大判振る舞いをした理由もわかるよ。
これからの利益を考えれば、それくらいの出費なんてはした金だものね。
その前祝としての祭り。どこまでもレアらしいことだった。
本当にどこまで計算尽くなのかな。我が嫁ながら本当に怖いもんだよ。
とにかく、そうして祭りの準備は進んでいった。そして──。
「我が愛する民よ。我が敬愛する「蛇の王国」の民よ。此度の騒乱、まことに申し訳ないことをした。余計な混乱を招き、みなを不安がらせてしまった。その不徳に我が心は痛むばかりだ。せめてもの詫びとして、此度の騒乱を引き起こした竜の肉をみなに振る舞おう。その肉を以てみなへの謝罪としたい。さぁ、堅苦しい挨拶はなにしよう。今宵は無礼講だ。みな飲んで食べて、騒ぐといい。蛇王の名を以て許そう。ただ悪事は許さぬから、そのつもりでな」
レアは城の前の広場で演説をしていた。
その姿は王らしく高慢で、でもとても穏やかで、そして彼女が言う通り住民への敬愛を感じられるものだった。そうして祭りは始まった。
巨大生物を倒したら、やっぱりお祭りですよね。
まぁ、香恋が参加するかは、うん。
続きは二十一時になります。




