Act3-61 「化け物」は、涙は流さない
本日五話目です。
折り返しですね。蛇だけに←ヲイ
一緒に来てほしい。
なぜかレアからそんな頼みをされてしまった。俺としては避難中の安全確保のチームに回るべきなのだけど、レアは頑なに俺の手を離してくれなかった。
震えながら俺の手を握ってくれている。いったいなにがレアをこんなにも不安がらせているのか、俺にはまるでわからなかった。
だけどレアがいま俺を求めていることだけはわかった。レアも俺の嫁だから、嫁の不安を取り除くのは旦那の務めだった。
そうして俺はレアと一緒に避難するみんなから離れて、あの化け物の元へと向かうことになった。
少し前までは騒がしたかった広場には、もう誰もいない。
すべての住民が「エンヴィー」内を脱出してしまっている。
一時間も経たないうちに避難を完了してしまっていた。
誰もが慌てることもなく行動する様は、まるでいまが非常事態ではないと言っているように感じられた。
いや非常事態であはるのだけど、日常茶飯事のようなものだと言われているようにも感じられたんだ。それだけ誰もが避難することに手慣れていた。
そうして誰もいなくなった広場には、俺とレア、そしてコアルスさんは例の竜を見上げていた。
あの化け物みたいな竜は最初の咆哮と天に昇った以降、動きがない。死んでいるというわけじゃなく、単純にこっちの動きを観察しているみたいだ。
おかげで住民のみなさんを逃がすことはできたのだけど、それがかえってあの化け物が強敵だという証拠になっていた。
もっと言えば理性があるってことだもの。力を振るうだけの狂戦士はたしかに強い。
けれど一番怖いのは狂戦士並の力を持ったうえで理性的に行動できる相手だもの。
あの化け物は怒りの咆哮をあげていた。でもそれだけだ。
それ以降は沈黙を保っている。あの咆哮はたぶんポーズだ。
自分と戦える者は掛かってこいと言っているんだろうね。戦えないもしくは戦う勇気のない者には興味はないんだろうね。
もっとも見逃してくれるというわけではないだろうし、あいつがいては「エンヴィー」の住民のみなさんは安心して暮らせないだろうから、あいつを倒すしかない。
そのためにもあいつの元にはコアルスさんの背中に乗せてもらっていくことになった。コアルスさんはふたつ返事で頷いてくれた。頷いてくれたのだけど──。
「……よろしいので?」
レアに向かってそう言っていた。それはククルさんが言ったのと同じ問いかけだった。
いったいなにがいいのか。なにをレアが隠しているのか。俺にはまるでわからない。
ただこれから見るであろうことが、レアが隠したいことなんだと思う。
それこそ体に刻み込まれた無数の傷よりも隠し通したいことなんだろう。
「構わない。いずれ知っていただくことにはなっただろうから。それが早まっただけよ」
「……本当に不器用ですね。誰に似てしまったのやら」
コアルスさんはそう言って笑った。その笑顔はとても悲しそうなものだった。
相変らず置いてけぼりにされながら、あれよあれよと話は進み、俺とレアはコアルスさんの背中に乗って、化け物の元へと向かって行く。
化け物の元へと向かう最中、レアもコアルスさんもなにも言わなかった。レアはただ前だけを見つめていた。
「レア」
「なんですか?」
「本当にあれに勝てるのか?」
化け物は天に昇って以降、動いてはいない。ただとんでもない魔力が近づくたびに肌を打っていた。
すでに俺の体は鳥肌だらけになっている。勝てる勝てないの問題ではなく、あれと相対することを体が拒絶していた。それだけあれは規格外の存在だと俺の体が、生存本能が叫んでいた。
いくらレアが人と言う枠組みの中で最強と言われているとはいえ、あんな化け物に勝てるとは思えない。でもレアは勝てると言った。いったいなにをしてあれに勝つって言うんだろうか。
「ええ、勝てますよ。ただ」
「ただ?」
「あなたには嫌われることになるでしょうね」
レアはそう言うと、なぜかキスをしてきた。
深い方ではなく、触れるだけの優しいもの。
でもレアからの愛情が伝わってくる。深い方でも伝わってくるけれど、気分が盛り上がりすぎて、ちゃんと伝わっているかと言われると首を傾げてしまう。
でもいましているキスはレアの本心が伝わってくる。レアがどれくらいに俺を想ってくれているのかがわかる、そんなキスだった。
「……ふふふ、あなたとの最後のキスがこんなにも穏やかだとは」
「最後?」
なにを言っているのかな? レアだったら事あるごとに、というか隙を衝くようにしてキスしてくるに決まっているのに。なのになんで最後なんて言うんだろう? まるでもう俺のそばにはいられないと言っているように。
「ええ、最後です。このあとを見たら、あなたはきっと私をこう言うでしょう。「化け物」と」
レアは笑った。泣きながら笑っている。わからない。レアがなにを言っているのかがわからない。
「できれば見てほしくない。できれば目をつぶっていてほしい。でも同時にこうも思うんです。私のすべてをあなたに見てほしい、と。ふふふ、おかしいでしょう? 失いたくない人なのに、その人が離れていくかもしれないのに、それでもすべてを見てほしい。ありのままの私を見てもなお、異形の姿と化した私を見ても、変わらずに想ってくれるんじゃないかって、そんな虫のいいことを考えているんですから。でもいくらあなたでも」
化け物になった私を見たら、怖がってしまうでしょうね。
レアは俺に背を向けた。その背中は背筋が伸びていて、いつものレアらしい堂々としたものなのだけど、かすかに震えていた。怖がっている。俺に嫌われてしまうことを。
でも俺に嫌われてでも、彼女は守りたいんだろう。
この街を、この国を、ひとりの王として彼女は守りたいんだ。
だからこそすべてを捨てるつもりなんだ。
すべてを捨ててでもこの街を、この国を彼女は守りたい。この国を彼女は愛しているから。なんだかんだと言いつつも、彼女はこの国を愛している。
だってさ、愛していなければ、屋台のおじさんのことなんて、彼女にとっては民のひとりにしかすぎない人の人生を憶えているわけがない。その人の家族との思い出だって憶えているわけがない。
彼女は真実、この国の王として民を愛している。民の住まう街を、街が連なり存在するこの国を愛しているんだ。
強いなと思う。これが王さまっていう存在なんだろう。
自分の欲望ではなく、ひとりの超越者として、自分の腕の中のすべてを守り、導く。それが王。それが彼女の在り方。その姿はとても美しい。
「嫌いになんてならない」
だからこそ俺は彼女の憂いを失くそう。
彼女がなんの憂いもなく、力を出せるように。すべてを出し切れるように。
その背中に俺の想いをぶつけよう。それが戦いに赴く、彼女へのせめての手向けだった。
「レアを嫌うことなんてない。レアがどんな姿になろうとも、俺はあなたが好きだ。希望の次に好きだ!」
本当なら一番好きだとか、愛しているとか言うべきなんだろうけれど、それらの言葉を向ける相手が俺にはいる。
だからレアに捧げることはできない。それでも俺はレアが好きだ。たとえどんな異形に成り果てても、彼女が好きだということに変わりはない。
「……そこは愛しているとか、一番好きだとか言うところでしょうに。ふふふ、私の「旦那さま」は本当にひどい人。とびっきりの女たらしですね。でも、いえ、だからこそ──」
レアの体が二重にぶれた。見間違いかと思ったけど、それは何度も続いた。
その度にレアの長い髪が靡いていく。まるで自らの意思を持っているかのように。いや、自らの意思を持って動き出していく。だってそれは──。
「蛇?」
蒼黒い体をした蛇なのだから。一匹ではなく、十数匹はいる。そのすべてがレアの髪だった。
いまも髪は残っているけど、髪の先端がいくつも重なって、十数匹の蛇を形成していた。
そして変化は、髪だけじゃなかった。レアの下半身もまた蛇のものに変わっている。
それもかなりの大蛇だ。女性に対して言うべきではないけれど、とぐろを巻いていた。体もそれに合わせて大きく、高くなっている。
「醜いこの身でも、あなたの一番になりたいと願ってしまいます」
レアが俺を見つめた。レアのきれいな青い瞳は、瞳孔が縦に裂けていた。
まるで爬虫類のような無機質さを感じさせる。
肌もいたるところに鱗が現れていた。あのきれいな肌がざらざらとした鱗に変わってしまっていた。
「……とんちが利いていますよね。蛇王だけに蛇になってしまうなんて、ね」
レアが笑う。笑っているのに、泣いているとしか見えなかった。
「ごめんなさい。こんな化け物風情が」
「カッコいいじゃん」
「え?」
レアが唖然としている。言われたことがなかったのかな?
でも、俺の目にはカッコよく見える。
たしかに美女から、下半身が大蛇で髪も蛇になってしまうのは驚いたよ。
でも、驚いただけだ。気持ち悪いとか、不気味とか、ましてや化け物とは思わない。だってさ──。
「どんなに姿形が変わろうと、レアはレアでしょう? 」
レアがレアであるのであれば、どんなに姿形が変わっても、なんの問題もない。
「……ふふふ、強がりでもそこまで言えるのは」
「強がりじゃないし!」
コアルスさんには悪いとは思ったけど、ちょっと蹴らせてもらおうか。レアの顔のすぐ前にまで飛び上がり、腕をレアの背中に回すと、そのまま唇を奪った。
レアが目を見開いていた。そんなレアを眺めつつ、唇を割り開く。見た目は変わってもここは変わらない。
「舌は変わらないんだね」
いまはそんなことをしている場合じゃないから、少し短めにしたけど、それでもわかるものはわかる。
ただ、レアにとってキスはまだしも、深い方とは思っていなかったのか、顔が真っ赤になっている。
「自分が攻めているときは強気だけど、受けに回るとされるがままになっちゃうよね、レアはさ」
にやりと口角をあげると、レアがうろたえた。うん、美人さんのうろたえるさまはかわいいね。
「……カレンちゃんさまは、意外とたらしなんですね」
コアルスさんが呆れている。まぁマバの最上位種と思わしき存在を前にラブシーンなんざしたら、そうなるわな。でも、これは必要なことだからね。
「俺はレアを嫌いになんてならない。レアが好きだ。どんな姿であろうとも、あなたが好きだ。この気持ちは絶対に変わらない」
レアの瞳から涙がこぼれた。爬虫類のような無機質な瞳だけど、あくまでも瞳だけだ。
姿形が変わろうとも、レアはレアだ。心までもが変わったわけじゃない。
「私みたいな化け物にそこまで」
「レア。化け物は泣かないよ。涙を流すあなたは化け物なんかじゃない。あなたは俺の大切な人だ。俺が守りたい人たちのひとりだよ」
レアの目尻にキスをする。とある悪魔狩人さんみたく、涙を拭えたらカッコいいけれど、身長が足らんから無理だ。まぁ、いまのレア相手にキスできただけでも上出来かな?
「ありがとうございます、私の──」
レアが泣きながら笑い、口を開こうとした。
でも、間を読んだように、いや空気を読まずに、件の化け物が咆哮してくれた。せっかくの空気が台無しになってしまう。
少しは空気を読めよ! 読んだからこそ吼えたのかもしれないけどさ!
「空気を読まない悪い子のオシオキをして参ります。「旦那さま」」
背筋が寒くなる。レアが笑っている。笑っているのだけど、こめかみに青筋が浮かんでいるし、髪の蛇さん方が、それまで静かだった蛇さん方が、めちゃくちゃ威嚇していた。
あと尻尾が不満を現すようにびたん、びたんとコアルスさんの背中を叩いている。
「あ、あのエンヴィーさま? 痛いのですが。あ、だから痛い。ですから痛いですってば」
コアルスさんがおずおずとレアに言っているのだけど、レアは聞く耳持たずです。完全に切れていますね。
「「旦那さま」、見ていてくださいませ。あなたのレアが、あのトカゲを成敗いたしますゆえ」
レアが笑う。笑っているのだけど、すごくコワイデス。どうしてうちの嫁はみんな怒ると怖いんだろうか?
勇ちゃんが聞いたら、わがままだと言いそうなことを考えている間にレアは俺をコアルスさんの上に下ろしてくれた。
「さぁ、オシオキの時間ですよ? トカゲさん」
レアの怒りをまじまじと感じなから、俺は「七王」の実力を見ることになったんだ。
レアさんの怒り爆発。
ちなみにレアさんの変身時の姿は、FGOのゴルゴーンを思い浮かべてくれればと。
続きは十五時になります。




