Act0-33 この一週間
あれから一週間。「蛇の王国」までの旅路の間で戦闘スタイルはそれなりに習熟することができた。
一週間前までは、敵対する相手に合せて、付与属性を戦闘中に変えることはできなかったけれど、いまでは、戦闘中でも変えられるようになった。
普通は、戦闘中に付与属性を変えることはできないんだけど、というのはクリスティナさんに教えられた。戦闘中は回復や攻撃魔法がメインになるから、付与魔法にリソースを割いている余裕はないようだ。割くことはあっても、せいぜい数回程度。俺みたく頻繁に属性を変えることはできないそうだ。
付与魔法は基本的に、詠唱時間が短く、魔力の消費も少ない。が短いとはいえ、詠唱しなくてはならないことには変わらない。数回程度であれば、問題はなくても、十回も二十回も使ってしまえば、攻撃魔法を数発は撃てる時間が必要になるうえ、消費する魔力もやはり攻撃魔法を数発は撃てるくらいは必要になる。
加えて付与魔法は単体には威力がない。あくまでも属性を付与した武器で攻撃して、はじめてダメージが入る。しかもいつまでも付与できるわけではなく、せいぜい一回の付与で五分くらいが限界らしい。
五分間、属性を付与した武器で攻撃し続けられるのは、たしかに有用ではある。が、最初から属性付与を捨てて、攻撃魔法の詠唱にリソースを費やすほうが、効率がいい。なにせ攻撃魔法は使ったところで、魔力を減らすが、武器のように耐久値を消耗するわけじゃないし、減った魔力は、休めば回復する。
だが、武器はそうじゃない。戦闘を行えば、そのたびにきっちりと手入れをしておかなければならない。なにせ魔物の固い甲殻や魔物の血に塗れることになるんだ。そのまま使い続ければ、刃のつくものは血の中にある脂を巻いて切れ味が悪くなるし、刃こぼれを起こすことだってある。いわば消耗品だった。魔力のように休んだからと言って、回復するわけじゃない。
加えて言えば、武器に属性を付与させる影響からか、武器の消耗を早めてしまうというデメリットが、付与魔法にはつきもののようだ。
考えてみれば、そこら辺にあるロングソードに火属性を付与させて斬りかかれば、斬撃と火の二重攻撃になるけれど、もともとそこら辺にあるロングソードというものは、火と斬撃で攻撃するように作られてはいない。
というか、一般的に出回っている武器の大半は、そういう用途で作られているわけじゃない。一応考慮はされているだろうし、頼めば耐久性の高い、付与魔法にもある程度耐えられるような、オーダーメイドの武器を作ってもらえるだろう。
だけど、大量生産品は、その名の通り、大量に作る影響からか、必要最低限の性能を持ったものになってしまう。その分大量に用意できるけれど、ひとつひとつの性能は、お察しになってしまう。そして当然大量生産品が、付与魔法にある程度耐えられるように、という意図で作られているわけがなかった。
そんな大量生産品に、本来の用途外の方法で、攻撃を加えているのだから、当然消耗は早くなる。いくら手入れを丁寧にしたところで、武器というのは、基本的には消耗品なのだから、いずれは寿命が訪れる。そして付与魔法は、その寿命を早めてしまうという側面を持っている。
それでも、付与魔法が有用なのは事実だ。実際攻撃魔法でしかダメージを与えられないという、RPGにおけるお約束な魔物も、この世界にはいる。レイス系という物理系の攻撃を無効化してしまう魔物で、いわゆる幽霊系の魔物なのだけど、幽霊のくせに、昼間でも平然と出てくるから、はじめて遭遇したときは驚いた。ホラー類は苦手ではないから、問題はなかったけれど。
レイス系のほか、攻撃魔法しか通用しないという魔物が相手であれば、付与魔法は輝く。しかしそれもやっぱり前衛に頑張ってもらって、その間に攻撃魔法を詠唱した方が、手っ取り早い。
なら、付与魔法を使ったあとに、とも考えられるけれど、魔物が単体であれば、攻撃魔法を早々に放った方が効率はいい。なにせ詠唱が比較的短い攻撃魔法と付与魔法の詠唱時間はだいたい同じくらいらしい。まぁ、わずかにだけど、付与魔法の方が早く済む。でも、ほとんど変わらないのであれば、たいていの人は攻撃魔法を選ぶらしい。そしてそれは魔術師だけではなく、仲間全員が同じ結論に達するようだ。
付与魔法は、たしかに有用なものだ。けれど総合的に考えれば、攻撃魔法を放った方が、手っ取り早いし、コストも安く済む。アルゴさんが言っていた、どんな武器よりも強力な一撃を放てる武道家さんが仲間にいるのであれば、付与魔法を使って、暴れてもらえば、そっちの方がコストはかからないそうだけど、アルゴさんが言う通り、それは完全な特殊例だから、論外らしい。
つまり付与魔法っていうのは、有用ではあるが、コストパフォーマンス的には、あまりよろしくない魔法ということになる。完全なお荷物とまでは言わないが、通常であれば、使用頻度はそう高くない。せいぜいお役立ち魔法みたいな扱いというのが、一般的らしい。
だが俺の付与魔法は、一般的なそれとはだいぶ違っている。
第一に、詠唱時間がいらない。ひと言で済んでしまう。たとえば、拳に火属性を付与させるのであれば、「火よ、纏え」と言えば、それだけで発動する。発動する際に、ちゃんと頭の中でどこに纏わせるのかのイメージをしなければならないけど、必要なのはそれだけだから、とてもお手軽だった。
第二に、消耗がほとんどないってことだ。それは素手で戦っているから、武器の消耗がないというのもあるけれど、そもそも俺は付与魔法を使っても、魔力に一切の消耗がないんだ。だから詠唱もいらないことも踏まえて、付与魔法を使いたい放題だった。だからこそ、デスクローラーが生ゴミにクラスチェンジしてしまうことになったわけだけど、それはそれだった。
で、三つめ。これが一番大きいと思うけれど、普通の付与魔法とは違い、俺は複数の属性を同時に付与させることができる。拳に火、脚に風という具合に、付与できるけれど、通常の付与魔法ではできない芸当のようだ。そもそも属性間で、相性もある。例えば、火を付与してから、水を付与させてしまったら、よくて双方ともに打ち消される。最悪は、爆発するらしい。風と土、闇と光も似たような結果になるので、基本的にひとりにつき付与する属性は、ひとつだけというのが、暗黙の了解となっているようだ。
ただ最近の研究で、同時に複数の属性を付与できるかもしれない、という話があるみたい。あくまでも相性のいい属性であればの話のようだけど、俺はその相性関係なしに、複数の属性を付与できている。この前ノリで火と水を左右の拳に纏わせて戦ってみたら、面白いくらいに威力が上がっていた。
たぶん、熱したものに水を掛けると、脆くなってしまうというのと同じ原理なんだと思う。それを自前で、なんの消費もなしにやってしまえるんだから、クリスティナさんに、カレンさんも規格外だね、と言われてしまった。が、俺としては一緒に戦っていた勇ちゃんの方が、規格外だと思う。
なにせ、勇ちゃんは、攻撃魔法しか効かないはずのレイス系の魔物を、属性を付与もされていない剣で、平然と切り捨てていたんだもの。最初は、クリスティナさんか、クラウディウスさんのどちらかが付与魔法を使ったんだなと思っていたけれど、あとで聞いたら、ふたりとも使っていなかった。
「昔からああいう敵を、平然と倒せるんだよねぇ」
なんでそんなことができるの、と聞いたら、勇ちゃんは笑いながら答えてくれた。答えになっていなかったけれど、勇ちゃんもいわゆる特殊例のひとつのようだと俺は思うことにした。むしろ特殊例だからこそ、勇者になれたんだろうなとさえ、いまでは思っている。そしてそれはアルゴさんたちも共通の認識のようだった。
とにかく、そんなこんなで俺はこの一週間を過ごしてきた。その日々を、エンヴィーさんに話し終えた。エンヴィーさんは、途中まではなにかを考えていたようだけど、最後の方は楽しそうに笑っていた。なんだか親戚の姉さんに、最近起きたことを話しているような感覚になってしまったけれど、最終的には俺も楽しかったから、問題はなかった。




