Act3-52 料理対決、勃発?
「お、おお、やっと気づいてくれたか。男勝りの少女よ」
ムガルさんは涙目になっていた。
なんでいきなり涙目になっているんだろう、この人。
意味がわからないよ。そもそもやっとってどういうことよ?
まるで何度も話しかけていたのに、すべてスルーされていたって言っているみたいに聞こえるけれど。
……あれ? もしかしたら気づかないうちにムガルさんのことをスルーしていたのかな?
言っちゃ悪いけれど、この人って結構影が薄いから気づかなかったよ。
全体的に幸薄そうな感じだしなぁ。そもそもレアに惚れている時点で、幸薄いことが確定しちゃっているし。
なにせどんなにレアを想っても、レアはすでに俺の嫁なので。
……昨日の今日で立場が変わりすぎじゃねと言われたら、なんの反論もできませんけどね。
「えっと、なんで涙目なんです?」
「……何度も言っているのに聞いてくれないんだもん」
ムガルさんは「もう嫌」って顔をしている。
あー、やっぱりそっちかぁ。そりゃ涙目にもなりますわな。
というかさ、だもんってなんだ。だもんって。
いい歳した大の男がだもんって言うなよ、気持ち悪い。
俺もよく言うけれど、俺は女の子だもん。だからいいんだもん。
ってそんなことはどうでもいいとしてだ。
「それでなんのご用で?」
「そ、そうだった。男勝りの少女よ!」
ムガルさんはなぜか俺を指差してきた。人に指を指しちゃいけませんって教わらなかったのかな?
日本とこの世界では常識が違うから、指を指しちゃいけませんとは習わなかったんだろうね。それ自体はどうでもいいんですけどね?
「男勝りの少女はやめてくれません? 俺には「カレン」って名前がですね」
「そんなことはどうでもいい!」
「いや、どうでもよくないでしょうに」
ひどいなぁ、この人。人の名前をそんなこと扱いだよ。本当にどういう教育を受けてきたんだか。
「今日は君に決闘を申し込みに来たのだ!」
「決闘?」
「そうだ!」
ムガルさんは胸を張って言い切る。
言い切るのはいいんだが、ちょっと待ってくれないかな?
言っている意味がちょっとわからない。
いやわかるよ? 決闘がどういうことかはわかっているよ?
たださ、なぜに俺に申し込むよ? レアのまえで恰好をつけたいからだろうけれど。
でもいまさらどんなに恰好を付けたところで、レアの心を手に入れることなんてできないし。
この人はそのことを知らないだろうから、無理もないんだろうけれど。
それを踏まえてもさ。どうして料理人でもない俺に決闘を申し込むんだろうね。
普通はここの料理長である希望に挑むべきだろうに。
「えっと決闘を申し込む相手を間違えていますよ? 私はここの責任者という立場ではありますが、料理人というわけではないので」
「そんなことは知っている! だが私は同じ責任者としての決闘を申し込んでいる!」
「責任者として、ですか」
ああ、なるほど。それならたしかに俺に決闘を申し込むわな。
料理人であれば、料理人に。同じように責任者であれば、責任者に。同じ立ち場の相手に決闘を申し込むのは当然のことだ。
でもさ、そういうことなら最初から言ってほしいよ。料理勝負を言われているのかと思ってしまったよ。
でも間違いではないのかな? たぶんこの人が申し込んでいる決闘は、どう考えても料理勝負だもの。正確には──。
「時間、場所を決めて、同じお題での料理勝負だ。勝敗は提供した食数によって決める!」
ああ、やっぱりか。料理漫画とかでよくあるタイプの勝負方法だね。
既定の数にどちらがより先に達するかとか、どちらがより多くの品を出せるかという奴。
この場合はより多くの品を出せるかってところかな?
要は出た皿の枚数によって決まるってことだと思う。
うん、本当になんでもかんでもテンプレな人だね。
テンプレすぎてかえってびっくりしたよ。捻ることもしないストレートすぎて、かえって新鮮に感じられるね。
「お互いの店の威信をかけた勝負だ! 乗るであろう、男勝りの少女よ!」
ムガルさんは店の責任者であれば、受けて当然っていう顔をしている。
俺が屋台一本で食って行こうと考えているのであれば、避けずに通れぬ勝負ではあったよ。
そう、俺が屋台だけで食って行こうと考えているのであれば、ね。
「いえ、受けないですよ?」
「そうか、受け、え? 受けない?」
ムガルさんは俺の言った言葉の意味がわからないみたいだ。
店の責任者であれば、避けては通れないからね、本来であれば。
でも悲しいかな。俺は一応ここの責任者ではあるけれど、これだけで食って行こうとは思っていないのよね。
むしろそろそろ店じまいをしようと思っているんだよね。
なにせもうすぐ缶詰作りのための初期資金が溜まるもの。
日に日に稼ぎが大きくなってくれたおかげで、すでに金貨十枚を超えて、十分な資本金が集まっていた。あとはこれで試行錯誤をしていけばいいだけのことだもの。
だから別にムガルさんの勝負に乗る理由が俺にはないのよ。
お客さん方は残念がるだろうけれど、これはスタッフ全員がわかっていることだった。
だからかな。最年少であるシリウスでさえ、なにを言っているの、この人みたいな顔でムガルさんを見つめているもの。
さっきまで酔っていたはずのアルトリアもムガルさんの言葉に酔いが冷めてしまっているのか、痛々しいものを見る目でムガルさんを見ている。
さっきまでのアルトリアも十分に痛々しかったけれど、置いておこうか。
とにかく俺にはムガルさんの決闘を受ける理由がないんだ。
受けたところで俺に得なんて一切ないもの。
メリットがあれば受けてもいいけれど、面倒というデメリットしかない現状で、わざわざ決闘を受ける理由はない。
「な、なぜだ!? 君も店の責任者で──」
「そうですけど、もうすぐ閉める予定ですし、ここ」
「な!?」
「この屋台はあくまでも本命のための初期資金を稼ぐためのものでしたから。資金はだいたい稼げたので、これ以上屋台を続ける理由が私どもにはありません。なので、受ける理由はありません」
下手にごまかすと面倒だったので、事実を言ってあげた。
ムガルさんは信じられないという顔をして、なにかを言おうとするも、言葉が出ないのか、口を開いては閉じてを繰り返していく。
……うん、なんか哀れだね。哀れすぎて、かえって決闘を受けてあげたほうがいいのかもしれないと思えて来るよ。
でも同情だけで決闘とか面倒です。
なにかしらのメリットがあれば話は別なんだけどね。
そもそも料理漫画のように料理で決闘とか普通はありえないから。
どうせこの人のことだ。負けたら店をたためとか言おうとしていたんだろうし。
言われるまでもなく、店はたたむつもりだったし、勝ったところでムガルさんの店がなくなるだけ。そのうえムガルさんからは逆恨みを受けるだけなのは目に見えているし、下手したらまた意味もなくちょっかいをかけてくるだけだろうし。
うん、ますます受ける意味がない。
いや受けてあげる理由が存在しないね。
だってデメリットしかないじゃん。
メリットがかけらも存在しないもの。メリットがあるのはムガルさんだけで、俺たちには存在しない時点で決闘もなにもないよ。
「まぁ、そういうわけですので、お引き取りを」
「い、いや、だが」
「メリットもなにもないのに、労力なんて支払っていられませんよ。あなたも店の責任者であれば、それくらいはわかっておいでですよね?」
「そ、それはそうだが」
「ならばお引き取りください。少々騒いでいましたが、それでも暇ではありませんので」
蛍の光を流すとか、茶漬けを出したい気分だね。要はさっさと帰れです。
そんな俺の無言の訴えを理解したのか、ムガルさんはすごく傷ついた顔をしていた。
というか、いまにも泣きだしそうですよ、この人。
う~ん、悪いことはしていないのに、まるで虐めている気分だ。
やっぱり受けてあげたほうがいいのかなぁ。でもメリットがなぁ。
「ふむ。ではマバ料理対決としましょうか」
レアがいきなりとんでもないことを言い出した。え? 対決? なにそれ、どういうこと?
テンプレなセリフにはあえて、テンプレには乗らない返しをする。それがうちのカレンちゃんさんです←ひどい




