Act3-46 君を呼ぶ
恒例の二話更新です。
まずは本日一話目です。
香恋視点となります。
星空の下、俺は走っていた。
希望は兵士さんたちの言葉に耳を貸さず、お城を飛び出して行ったらしい。
城門前の兵士さんがそう言っていた。それまではすれ違うメイドさんたちに話を聞いて、希望が城門の方へと向かったとだけ聞いていたんだ。
城門前に向かったのであれば、そこで捕まえられると思っていたんだ。
散々夜は出歩くなと言っておいたんだから、外には出ないだろうと思ったし、兵士さんたちも外には出さないと思っていたんだ。だからちょっと気楽に考えていた。
でもそれが間違いだったといまでは思う。
まさか兵士さんたちの言葉に耳も貸さずに、飛び出して行ったとは考えてもいなかったよ。
おかげで俺もこうして外に出て、希望の後を追いかけていた。
シリウスがいれば希望の匂いを嗅いでもらえるのだけど、シリウスはいま眠っているから力を借りることはできない。俺一人で探すしかなかった。
でも希望が向かうだろう場所はわかっていた。
なにせこの街で希望が知っている場所は、向かうであろう場所は冒険者ギルド前の広場くらいだ。今度こそ間違いなくいるはず。
でも今度は飛び出して行かないように、早く行かないといけない。これ以上あてもなく走り回られるのは困るもの。というか心配で仕方がないよ。
この世界のきれいなところしか希望は知らない。
この世界の汚い部分を希望は知らない。
だからその汚い部分を見る前に希望を連れ戻さなきゃいけない。
この世界を希望は好きでいてくれている。
この世界であれば俺と合法的に結ばれるとわかっているから。
この世界では誰も希望を傷付けないから。だからこそこの世界でいたいと思っている。
でもそれはこの世界の顏のひとつでしかない。上っ面の部分だけなんだ。本当のこの世界は希望が思うほどにきれいだけじゃない。
だからこそ、希望を早く連れ戻さないといけない。
あいつが傷つく前に俺が助けてあげないといけないんだ。
俺は希望を守りたい。あいつを守るのが俺の役目だ。
それはいままでもこれからも変わらない。
ただいままでとは違って、守るだけじゃない。
俺は希望を幸せにしたい。希望の幸せそうな笑顔を見ていたい。
だからこそ追い付かなきゃいけない。追い付かなきゃいけないのだけど──。
「まだ見えない」
希望の姿がどうしても見つけられなかった。すでに広場まであとわずかだっていうのに。希望をまだ見つけられていなかった。
希望のことだから走ってはいないはず。というか走ってこられるほどに体力がないから、途中で絶対に歩いているはずなのに、まだ希望の背中さえも見つけられない。
なんで見つけられないのかはわからない。わからないけれど、俺まで歩いていいわけがなかった。俺は走らないと。走って行かないと希望が寂しがってしまう。
希望は寂しがり屋だから。普段は負けん気が強いくせに、こういうときは弱くなってしまうんだから。本当に困ったお嫁さまだよ。
でもそんなあいつを俺は愛している。だからこそ迎えに行くんだ。迎えに行って謝らないといけない。じゃないと希望は泣いてしまうから。
希望が泣くところなんて俺は見たくない。見るのであれば笑顔がいい。希望の笑顔が俺は好きだから。
見るだけで胸が温かくなるんだ。傍にいるだけで心が満たされるんだ。
だから俺はそんなあいつの笑顔を守りたい。その笑顔を失いたくない。
あの笑顔を失わずにいるためであれば、俺はなんだってできるよ。
なんだってしてみせる。だからさ。だからさ、早く──。
「希望に会わせてくれよ、母神さま」
走っても、走っても希望は見えない。すでに広場は目の前だ。
けれど広場の中にも希望の姿はなかった。隠れているのかな。
でも隠れられる場所は広場にはなかった。それでも俺は広場へと足を踏み入れ、そして──。
「希望? どこにいるんだ? 希望!」
希望を呼んだ。何度も何度も希望を呼ぶ。
けれど聞こえてくるのは空しく響く俺の声だけ。反響するだけの俺の叫びだけだった。
無人の、がらんとした広場にこだまする自分の声を、背筋が冷たくなるのを感じながら叫び続けた。
けれど希望の、応えてくれる希望の声は聞こえてくることはなかった。
「のぞみ?」
自分でも信じられないくらいの弱々しい声で、愛おしい名前を紡ぐ。
けれど。けれど、どんなに呼ぼうとも探そうとも俺の求める彼女はいなかった。どこにもいなかった。
「……なぁ、かくれんぼはもういいよ。出てきてよ。頼むからさ」
必死になって広場をくまなく探していく。
けれどいない。希望がいない。いると思っていたのに。いるはずだと信じた場所に彼女がいない。
なんで? なんでいないんだ? ここ以外のどこに君は行った?
涙がこぼれる。不安が押し寄せて来る。もう一度広場を探す。意味がないのはわかっていた。
それでも探さずにはいられない。ここで諦めるわけにはいかない。だって諦めてしまったら、それこそ希望を失うことになるのかもしれない。
だから探さずにはいられない。駆けずり回ってでも探してみせる。
だって俺はちゃんと言ってもいない。
希望が好きだって。間接的には伝えている。嫁だとも言っている。それにキスだってこの半月だけで何度もしてきた。
数え切れないくらいに、希望と想いを確かめ合っているのに、俺は肝心の言葉をまだ口にしていない。
わかってくれていると思っていたから。言わなくても通じ合っていると思っていたから。だからまだなにも言っていない。
でも、もうそれはやめるよ。通じ合っていると思っているくせに、レアを救うためにレアを嫁に迎え入れた。レアに対する気持ちはあるよ。
それでも希望が一番だって思っている。
図々しいとはわかっている。
浮気男の言うようなことだっていうのもわかっている!
それでも俺にとって希望は一番なんだ。一番大切で、一番好きな人なんだ。だから──。
「出てきてよ。お願いだから。もうこんなことはしない! だからお願いだ。顔を見せて。声を聞かせて。君のぬくもりを感じさせてよ」
広場に座り込む。不安が心の中で広がっていく。
もう会えないんじゃないかって思えてならない。
だってここに希望はいない。いるはずなのにいない。
ここ以外に希望が向かうところを俺は知らない。
ここ以外に希望が向かうところなんて──。
「……あ」
ひとつだけ、いやひとつだけあり得るかもしれない場所があった。「星の小人亭」の跡地。廃墟となった「星の小人亭」だ。
希望自身にはなんのかかわりもない場所だ。
けれどマバのことでレアに話をしに行くとき、ククルさんと一緒にあそこを通った。
俺は通っている間、まぶたを閉じていた。まぶたを閉じながらでも、歩くことはできたから。だから見ないようにしていた。
そんな俺を希望は見ていたし、ククルさんになにかを聞いてもいた。
そのとき、ククルさんは希望に耳打ちをしていたみたいだった。
なんて言っていたのかは聞こうと思えば聞くことができたけれど、聞かなかったから、実際のところはククルさんが希望になにを言ったのかはわからない。
でもなにかしらを伝えたことだけはわかっていた。
そして俺の行動を見たからこそ、希望はあそこに向かったんじゃないか?
思い出とトラウマが眠る場所に。もうあそこくらいしか俺には思いつくところはなかった。
「待っていろよ、希望」
俺は駆けだした。「星の小人亭」まではそう遠くない。あそこにきっと希望はいるだろうから。
だからもう迷いはない。昼間にも訪れた場所。
そして夜中にレアと一緒に行こうとしていた場所。そこに希望がいるなんて保証はどこにもない。
どこにもないけれど、もう俺には縋るしかなかった。
あそこに希望がいるんだって縋るしかなかった。
縋りながら、俺は「星の小人亭」へ、思い出とトラウマにもう一度顔を合わせに向かう。
大切な人が待っていると信じて、走り続けた。
希望を求めて「星の小人亭」へと赴く香恋ですが。
続きは二十時になります。




