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Act3-38 夕日に濡れて その一

 今日は恒例の二話更新の日です。

 なのでさっそく一話目です。

 秘密基地に入ってからとなります。

 レアさんに連れて来られた倉庫は、倉庫とは名ばかりなトレーラーハウスのような場所だった。


 王族専用という注意書きがあったけれど、実際は王族ではなく、レアさん専用なんだろうね。


 なにせ秘密基地とレアさん自身が言うくらいだもの。


 ここの存在はたぶんコアルスさんも知らなさそうだ。


 というかコアルスさんが気づかないように、こっそりと改造していそうだもの、この王さまは。


 実際気づかれないように改造兼改装してきたんだろうね。


 倉庫の中は、はしごやら階段やらが取り付けられたうえで、三階層くらいになっている。


 いまいるのは一階だけど、上には二階と三階が存在しているのが見える。


 というのも一階から上は吹き抜けていて、三階くらいまではありそうだというのが見るだけでわかるからね。


 一階は居住スペースっぽい。ただベッドはないね。


 たぶんベッドは三階かな? レアさんであれば、三階に寝室を作りそうだ。


 でも基本的には一階で過ごすのかな? 


 一階には応接用と思われるソファーやテーブルがある。


 奥は簡易的なキッチンもあるみたいだ。


 でも家事ができないレアさんじゃ使いこなせない気がするんだけどな。


 まぁアルトリアとは違って壊滅的な腕ではないみたいだし、たぶんそこそこに使っているんだと思う。たいていは買ってきたものをここで食べているだけだろうけれど。


 その証拠にテーブルやソファーの上には読みかけの本やら使ったままのコップやグラスなどが置かれたままだった。


 なにかを食べたであろうお皿も置かれているけれど、お皿の上はとてもきれいだった。


 そこはレアさんらしい気がするけれど、一階だけを見ただけでも、片づけられない女の私室って感じがするね。


 ただ、うん。こういうトレーラーハウス的な場所を作るのって、男性しかもわりと年配の男性なイメージがあるんだけど、まさかレアさんがこういう場所を作っていたとは。予想外だね。


 でも俺はこういうのは嫌いじゃないよ。むしろレアさんが言ったとおり秘密基地っぽくて、かえって楽しそうだもん。


「適当なところにかけていてください」


 レアさんは俺の反応を見て、嬉しそうに笑っていた。


 いつもとは違って、悪戯を成功させた子供みたいな笑顔だ。


 たぶんここに連れてきたのは、レアさんなりの悪戯心からなんだと思う。


 誰もこんな倉庫がレアさんの秘密基地だとは思わないよね。


 実際俺は思っていなかったもの。これは一本取られましたね。


 そんな俺の反応を笑って見守りつつ、レアさんは抱っこしていたシリウスをそっとソファーの上に寝かせていく。


 見た目からしてふかふかのソファーだった。いくらするのかなとちょっと不安になる。


 そんなソファーにシリウスはそっと寝かされた。寝かされたけど、すぐにレアさんの腕を小さな手で掴んでしまう。


 離れてほしくない。言外でそう言っているようにしか俺には見えない。


 レアさんはちょっと困った顔をしていたけれど、優しくシリウスの手を撫でていく。


 するとシリウスは掴んでいた腕からそっと手を離した。


「いま、なにを?」


「いえ、別になにかをしたわけではないんですけどね。こうしたら離してくれるかなと思っただけだったんですけど、効果てきめんでしたね」


 意外と言うようにレアさんは驚いた顔をしていた。


 実際俺もちょっと驚いていた。あんな風にすればシリウスは手を離してくれるんだね。


 シリウスは甘えん坊というか、寂しがり屋なところがあるから、時折ああして腕を掴んじゃう癖があるんだ。たぶん癖というよりかは必死なのかもしれない。


 寝言で「ちち上、はは上」って言っていることがあるからさ。


 たぶん両親の夢を見ているのかもしれない。俺が殺してしまった本当の両親の夢を。


「……辛そうですね、カレンちゃん」


 レアさんがじっと俺を見つめていた。シリウスのことはレアさんも知っている。


 この街の外、しかもそんなに離れていない場所で起こったことだし、報告も上げていたから。


 だから俺がシリウスの本当の両親を殺したことを、レアさんは知っている。


 そして何食わぬ顔でシリウスを娘と言っていることもまた。


 本当は俺にはシリウスの「ぱぱ上」となる資格なんてない。


「まま」が優しい匂いがする人なら、「ぱぱ」はどういう基準で呼ぶのかはわからない。


 シリウスはそのことを言ってくれない。そもそも聞くのさえ怖かった。


「あなたみたいに血の臭いがする人」とか言われたらどうしようかって思うもの。


 実際俺の体には血の臭いが染みついていると思う。


 この国で俺は初めて人を殺した。ひとりやふたりじゃない。十数人の命を奪い取った。


 たとえ相手が極悪人であろうとも、放っておけば何の罪もない人たちを食いものにしていたであろう連中であっても、ひとつの命であったことには変わりない。その命を俺は摘み取った。


 それは決して許されることじゃない。少なくとも俺の中の常識ではそういうことになっている。


『──命を奪ったものは奪った相手の命を背負わないといけないの』


 サラさまがシリウスに言っていた言葉が脳裏に蘇る。俺は彼らの命を背負っていた。


 それだけじゃない。俺は彼らのほかにもいろんな命を背負っている。


 そのなかにはシリウスの本当の両親も含まれている。


 シリウスにとって俺は復讐をする相手だろう。恨みに恨まれていてもおかしくない。


 それでもシリウスは俺を「ぱぱ上」と呼んで慕ってくれている。


 怒っている様子もなく、悲しんでいる様子もない。純粋に俺を慕ってくれているように見える。


 そんなシリウスのまなざしが誇らしく、そして怖かった。


 こんな俺なんかを慕わないでほしい。石を投げつけてほしい。投げつけられる資格がシリウスにはあるのだから。


 でもシリウスはしない。人化の術を憶え、人の手足を、いや人の体を手に入れてもなお俺に石を投げつけようとはしない。


 その小さな両手は石を握るためではなく、俺に抱き着くために使われる。


 子供特有のぬくもり。シリウスのぬくもりにどれだけ心を癒されてきたか。どれだけ自分の罪を突きつけられてきたのか。


 きっとシリウスは知らない。このまま知らないままでいてほしい。


 こんな汚くみっともない心のなかなんて、あの子にだけは見られたくなかった。


「シリウスちゃんはいい子です。きっとカレンちゃんを恨むことなんてしていないでしょうね。むしろ恨むどころか、感謝さえしているかもしれない」


「感謝?」


「ええ。この子は魔物。それも誇り高き狼の魔物。狼の魔物は死するとき、強き相手と全力で戦って死ぬことをよしとします。病に倒れて死ぬのではなく、戦って、全力で戦ったうえでの討たれることを望むの。それはこの子の両親も同じだったでしょうね。そして両親はあなたと戦い果てた。それをこの子は見ていた。たぶん誇らしかったでしょうね。見事に戦い、そして散った両親をこの子は誇りに思っている。そして両親にそんな最後の戦いをさせてくれたあなたに感謝をしているでしょう。でなければ、あんな風には笑えないと私は思います」


 レアさんはシリウスの頭を撫でる。シリウスは気持ちよさそうに「まま」と呟いている。それがどの「まま」に対してなのかは俺にはわからなかった。


 でも、誇りと感謝か。思ったこともなかったよ。


 俺はシリウスには恨まれていると思っていた。


 娘だと言っているくせに、その娘からは恨まれていると考えている時点で、俺には欠けているものがあるんだろうな。


「狼の魔物と人とでは考え方が違うから無理もないとは思うけど」


 レアさんに笑われてしまった。考えすぎだと言われているみたいだった。


 難しく考えるのではなく、シリウスの反応を、ありのままのシリウスを見ていればいいと言われたようだ。


 たしかに少し考えすぎだったかもしれない。


 もっとありのままのこの子を見ているだけでよかったのかもしれない。


 難しく考えすぎだったね。


「さて、そろそろ上に行きましょうか。見頃でしょうし」


「見頃?」


「あなたに見せたいものがですよ」


 レアさんはにやりと口元を歪めて笑っている。


 ちょっぴり身の危険を感じる。


 なにせ、出入りにはレアさんによる指紋認証が必要なんだ。


 そして扉は俺たちが入ったと同時に閉まっている。


 つまりなにがあっても逃げられない状況にあるわけだ。


 ん~、しくじったかな?


 冷や汗が背筋を伝うのを感じるね。


「さぁ、行きましょうか」


 手を掴まれ、上階に向かって連れていかれる。


 どうか、食べられることにはなりませんように。


 必死に祈りながら、上階へと向かい、そこで俺は──。

「すごい」


 三階のさらに上の、秘密基地の屋根の上から、目の前に広がる水平線に沈む太陽を、世界をオレンジ色に染めていく夕日を見ることになった。

 レアさん、完全にヒロイン化しつつあります。

 続きは二十時になります。

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