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Act3-37 星の小人亭へ

 昼食を終えると俺たち三人はそのまま「エンヴィー」内を再び散策した。


 散策はするけれど、一か所だけは、「星の小人亭」にだけは近づかないでいた。


 というか近づく気になれなかった。


 それは「エンヴィー」で滞在するようになって一週間は経ったいまでも変わらない。


 いつまでもここにいるつもりはないから、「星の小人亭」周辺に近づかないのは問題ない。


 どうせここには短期間しか滞在する気はないんだ。


 だから「星の小人亭」への道を避けて通るのは間違いじゃない。そのはずなんだ。で


 もやっぱりレアさんは厳しい人だった。


「レアさん、そっちは」


「行きましょう」


 それだけ言ってレアさんはシリウスを抱っこしたまま、その道を選んだ。


 その道は大通りへと繋がる路地。路地と言っても暗がりではなく、昼間も夜も人通りの多い道だ。


 そしてその先には、路地を出た正面に「星の小人亭」がある。


 いわば「星の小人亭」へと向かう近道だった。


 だからこそ通りたくなかったのだけど、レアさんは笑ったままその道へと入ってしまった。


 すでにシリウスはまたお昼寝している。


 レアさんの腕の中がよっぽどお気に入りになったみたいだね。


 いいことなのかどうかは俺には判断がつかない。


 判断できないまま、レアさんはどんどんと路地を進んでいく。


踏み込むべきなのか、踏み込まないべきなのか、それさえもわからなかった。


 だけどシリウスを預けたままにはできなかった。


 俺は路地に一歩足を踏みいれた。どくんと胸が高鳴る。


 でもそれはきれいな意味じゃない。むしろ逆だ。


 胸が苦しくなっていく。これ以上踏み入れたら、それこそ食べたものを吐き出してしまいそうになりそうだ。


 それくらいに精神的に負担のかかるものだった。それでもシリウスとレアさんは路地の先にいる。行かなきゃいけない。


 吐息がとても熱かった。熱いのにどこか弱々しい。


 まるでいまの俺みたいだ。この先には行くな。警告じみた音が頭の中で響いていく。


 それでも一歩踏み出す。


なんで? 声が頭の中で響く。俺の声なのか、それとも別の誰かの声なのか、わからない。わからないけれど、声に出さずに応えていく。


 だってシリウスがいるから。


 シリウスが待っているんだ。


 娘が待っているんだ。


 娘を放っておくことなんてできないよ。


 本当の娘じゃないのに? あの子が本心から慕ってくれているのかもわからないのに?


 たしかにそうかもしれない。


 シリウスは俺のことを本心から「ぱぱ上」と言ってくれているわけじゃないのかもしれない。


 ならなんで?


 自己満足なだけもしれない。自己満足かもしれないけれど、それでも俺はあの子の「ぱぱ上」なんだ。


 だから「ぱぱ上」としてできることをしてあげたい。


 シリウスの両親を手に掛けた俺ができる贖罪はそれくらいしかないんだ。だから行かなきゃいけないんだ。


 はっきりと意思を語ると声はもう聞こえなくなっていた。


 代りに踏み出す脚がとても重たくなっていた。


 近づけば近づくほど、胸が痛む。


 心がひりひりと焼け焦げていくように感じられた。


 それでも構わずに進み続けると、路地から抜け出ていた。


 抜け出た先にレアさんがシリウスを抱っこしたまま待ってくれていた。


「お疲れさま、「旦那さま」」


 レアさんは表情を歪めていた。まるで申し訳ないことをしてしまったと言うかのように。実際そう思っているのだと思う。


 レアさんらしからぬ表情だった。


「あれからここに来るのは何度目ですか?」


「……一度見に来たことはあります。でも見に来ただけです。中には入れなかったし」


 目の前にある「星の小人亭」の跡地は、以前見たときと同じだった。


 扉も窓も釘で打ち付けられていて、中にはとてもではないけれど入れそうにはない。


 それでも胸がざわついた。


 思い出しそうになる。


 目の前で喪ってしまった友達のことを。


 守ってあげられなかったモーレのことを思い出してしまいそうになる。


「中に入れたとしたら、入りたいですか?」


「……わからない」


「入りたくないわけではない、と取っても?」


「構わないですよ。ただわからないだけです。入ったところでなんの意味があるのか、って。それでももう一度だけ入りたいって思ってしまう」


 我ながらよくわからなかった。


 ここに来たところでなんの意味もない。


 それでも来てしまっている。


 レアさんに無理やり連れて来られたようなものだけど、それでも自分の意思で来たことには変わりなかった。


「中に入ることはできますよ。ただちょっと入り口が特殊なので、いまは無理ですけどね」


「え?」


「裏口、いえ、秘密の出入り口と言えばいいのかな。そういうものがここにはあるんです。たぶん緊急用の脱出路だったんでしょうね。ここの元の持ち主に聞いてもそんなものはなかったと言っていましたから、ここを買い取った後にひそかに作り上げたんでしょう。その道だけは塞がずにしています。でもいまは人通りが多すぎて使えないので、あとで一緒に行きましょう」


「あとでって」


「無論夜中にこっそりとですよ。それとも私とじゃ嫌かな?」


 レアさんが小首を傾げた。いちいちあざといと言いたいけれど、もう一度入れるというのであれば俺は入りたかった。


 なにをしに行くのかはわからない。自分でも理由はわからない。


 わからないけれど、「星の小人亭」の中に入ろうと俺は決めてしまっていた。


「……ちゃんと案内してくださいね」


「わかっていますよ。ただノゾミちゃんとアルトリアちゃんには内緒ですよ?」



 希望とアルトリアには秘密。そう言われるとなんだか妙に嫌な予感がする。


 するけれど、さすがのレアさんも落ち込むのが確定な俺にそういうことをしようとはしないはずだ。たぶん。


「変なことをしないでくださいね?」


「ふふふ、それは変なことをしてほしいというフリです?」


「レアさん?」


「あらあら、怖い怖い」


 レアさんが笑いながら路地へと向かっていく。


 どうやら俺に見せたいものっていうのは、これのことだったみたいだ。


 ちょっと意地が悪すぎないかなと思っていたら、レアさんが振り返って言った。


「ちなみに見せたいものはこれじゃないですよ? もっと別のものですから」


「なにを見せてくれるんです?」


「内緒ですよ。でも、そろそろいい頃かな? 向かうとしましょう」


 レアさんはなぜか空を見上げた。空は遠くから暮れ始めていた。


 そろそろ夜が訪れる時間だった。


「こっちですよ、「旦那さま」」


 路地を進みながらレアさんが手招きをする。


 手招きをしつつも片手でしっかりとシリウスを抱っこしてくれているのはさすがだった。


 ただ本当にどこに行くつもりなのかが見当もつかない。


 俺はレアさんの後を追いかけながら、路地に入り込んでいった。


 元来た路地は一本道だった。


 だから戻ったところで前にいた道に戻るだけなのだけど、レアさんは構うことなく戻っていく。


 行きとは違い、帰りはあっさりと路地を通りすぎることができた。


 それこそ拍子抜けしてしまうほどにあっさりとだ。


「さぁ、行きましょうか」


 レアさんが手を差し伸べてくれた。


 片手で子供を抱っこするというのはお父さんの役目な気がするのだけど、そこはまぁレアさんだからなと思うことにした。


 そうして差し伸べられた手を握るとレアさんは俺の手を引きながら、どこかへと向かっていく。


 道程からして港の方へと向かっていくみたいだけど、港になんの用があるんだろうか。


 内心首を傾げながら、レアさんと一緒に港へと向かっていると、レアさんは途中で港へと向かう道から逸れてしまう。そっちは倉庫群しかないはずなのだけど。


「レアさん、そっちは」


「いいからいいから」


 レアさんは笑っている。笑ったまま、倉庫群へと向かっていく。


 ほどなくして倉庫ばかりのエリアにたどり着いた。


 場所柄的に人通りはまるでなかった。とても静かだ。


 そんな静かな場所を俺たち三人は通りすぎていき、そして──。


「ここです」


 レアさんが立ち止まったのは、とある倉庫だった。


 ただ倉庫は倉庫でも王族専用という注意書きが書かれている倉庫だった。


「レアさん、ここは」


「王族専用の倉庫のひとつです。まぁ、倉庫とは名ばかりなんですけどね?」


 そう言って倉庫の扉にレアさんが触れた。


 すると扉が青色に輝き、一人でに開いていく。


 指紋認証の自動ドアってところかな?


 そうしてドアが開いた先にはあったのは──。


「ようこそ、私の秘密基地に」


 トレーラーハウスと言うべきな、所せましにいろいろなものが置かれているまさに秘密基地のような場所だった。

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