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Act3-36 三人の「まま」

 

 お昼はレアさんのおすすめの店でステーキとなった。


 肉はレッドボアのフィレとか言っていたね。


 レッドボアの「レッド」がどういう意味なのかは気になったけど。


 でもフィレの名の通り、脂が少な目の肉本来の味を感じられる良い肉なことはたしかだったよ。


 そんなお肉にシリウスは大満足のようで尻尾をふりふりと振りながら、耳をぴこぴこと動かしていたね。


 うん、萌えたぜ。


 娘に萌えを感じるとか、いろいろとヤバい気がするけれど、手を出そうとしているわけじゃないから、ロリコンではないよ。


 そもそも娘をそういう目で見る気はありません。あくまでも愛でる対象なだけですので、あしからず。


「ごちそうさまでした」


 シリウスは食べ終わるとお行儀よく手を合わせていた。口元がソースでべったりではあるけど、そこはご愛敬だね。


 本当にうちの娘ったら、お利口さんないい子なんだから。


 そんなシリウスにレアさんは、穏やかに笑いながらナプキンで口元を拭いてくれていた。


 シリウスはなにも言わず、レアさんにされるがままになっていた。


 なんだか、本当の親子みたいだった。


 シリウスが「まま」と言う相手のなかで、一番「まま」と言われるのが合っているのは、レアさんだった。


 レアさんは妖艶な美女であるけれど、シリウスの世話を焼いてくれている姿は、母親にしか見えない。


 思えば、シリウスの「まま」たちは、三者三様だ。


 アルトリアはヤンデル的に。シリウスに刺されたとしても、変わらぬ愛情を向ける感じだ。


 まぁ、罵倒されたことで少し落ち着いてはいれけど、溺愛しすぎな傾向は変わらない。


 希望はアルトリアほどではないけど、シリウスを溺愛している。


 けれど、方向性は違う。希望は真っ当な形で愛していた。


 していいこととしてはいけないことを教えている。溺愛はしていても、その形はとても真っ当だった。


 こうして見ても希望とアルトリアとではかなり愛情の形が違っている。


 アルトリアの愛情は、あの日希望を殺そうとした日に見たように、「私はこれほどにあなたに尽くしている。だからあなたにも愛されて当然だ」と言っているようなもので、相手をみずからのテリトリーに囲いこみ自由を奪うような閉ざされた愛情だ。


 対して希望の形は、「これから」のために知りうることを教え伝えていく。


 ときには厳しく、ときには優しい。さまざまな形を見せるけれど、そこに込められた想いは決して薄っぺらいものじゃない。


 いずれ旅立っていく子のために知りうるすべてを教え導く。愛する子の未来のために見守ろうとする愛情だ。


 とはいえ、アルトリアの愛情が悪いわけじゃない。


 囲いこむ愛ではあるけれど、言葉を変えればなにがあっても相手を守ろうとする愛ってことだ。


 自分の身を顧みず、愛する者をなにがなんでも守り抜こうとする気持ち。それがアルトリアの愛情だった。


 偏見かもしれないけれど、こういう愛情を抱く人っていうのは、実際にそういう愛情を注がれてきたんだと俺は思っている。


 たぶんアルトリアはアルトリアのお母さんにそういう愛情を注がれてきたんだ。


 だからこそアルトリアもまたシリウスにそういう愛情を向けてしまうんだと思う。


 少し度が過ぎている気はするけれど、アルトリアの愛情が決して間違っているわけではないと俺は思う。シリウスがあれほどにアルトリアを慕うのはそういうことだろうから。


 反対に希望の愛情は子供のこれからのために、みずから考えることをさせようとするやり方ではあるけれど、放任主義という風に見られなくもないやり方だった。


 実際に放任しているわけではないけどね。放任主義であれば、アルトリアを罵倒したときにシリウスを叱りはしなかった。


 だから希望の接し方が放任主義というわけではないんだ。


 ただどんな想いであっても、その受け取り方は人それぞれだった。


 アルトリアのやり方が正解だと言う人もいれば、希望が正しいという人もいる。


 愛情の注ぎ方なんて十人いれば十通りのやり方がある。絶対的に正しいってものは存在しないと俺は思っている。


 そんな希望ともアルトリアともレアさんは違っている。なんて言うのかな。自然体なんだよね。自然にシリウスと接している。


 レアさんはきっとシリウスをなにがなんでも守ろうとしてくれるだろうし、シリウスにしていいこととしてはいけないことを教えてくれるだろう。


 それがあたり前だと言うかのように。


 そう、希望ともアルトリアとも違い、それぞれのやり方のいいところ取りというか、ごく自然にふたりがそれぞれにすることを行う。


 母親があたり前のように自分の子供に対して行うことを、あたり前に行っているという感じなんだ。


 希望とアルトリアをシリウスは「まま」と呼んでいる。


 でもそれはあくまでもシリウスにとっての「まま」という意味。


 シリウスにとっての「まま」は優しい匂いのする人だ。


 希望もアルトリアも「まま」と呼ばれるのに相応しく優しい匂いがしているんだろうね。


 でも一般的な意味での「まま」というわけではない。


 シリウスにとってのそれは実の母親であるメスのナイトメアウルフのことだ。


 たぶん、どこまで行っても一般的な意味での「まま」にふたりはなれないと思う。


 だけどレアさんはきっと一般的な意味での「まま」になれるんじゃないかなと思う。


 シリウスが抱っこされたまま眠っていたことがそのいい証拠だ。


 ふだんシリウスは抱っこされたまま眠ることはあまりない。


 完全にないわけではないけれど、基本的にはいつも抱っこされたままでは眠らない。


 眠るとすれば、それはとても親しい人の腕の中でだけだ。希望とアルトリアの腕の中でだけだった。


 なのにレアさんはあっさりとシリウスを寝かしつけてしまった。


 たぶんシリウスは落ち着けたんだと思う。


 レアさんの腕の中がとても心地よかったんだと思う。


 そうでもなければ、うちの娘はあんな簡単には眠らないよ。


 希望やアルトリアだって、時間をかけてようやく寝かしつけることができるようになったんだ。


 それがレアさんはほんの数日でシリウスの心を掴むことができた。


 その時点でレアさんがふたり以上に母親らしい接し方をシリウスにしているってことになる。


 簡単にシリウスを懐かせられた時点でそれは間違いないはずだもの。


 だからと言ってレアさんを正妻にするとかはさすがにない。


 だって俺の本命は希望だもの。希望以上に好きになれる人なんているわけがない。


 希望が来るまでは、魅了の魔眼の影響下にあったとはいえアルトリアに熱をあげていた奴がなにを言うのかなって自分でも思うけれど、でもいまの俺の気持ちが希望に向けられていることはたしかだった。


 だからこそレアさんにどんな気持ちを向けられても応える気にはなれなかった。


 レアさんのことは好きだよ。俺にとっての憧れのお姉さんだ。


 最近は株価が下落どころか暴落しつつあるけれど、それでもレアさんに憧れを抱いていることには変わりない。


 それでも憧れだからと言って愛しているというわけじゃない。


 憧れではある。あるけれど、どこまで行ってもレアさんへの気持ちは憧れどまりだと思う。


 俺の価値観がよほど様変わりしない限りは、この気持ちが変わることはない。そう、ないはずなんだ──。


「はい、取れたよ」


「ありがとう、レアまま」


「どういたしまして」


 笑い合うレアさんとシリウス。


 そのやり取りにとくんと胸が高鳴っていく。


 この高鳴りはいったいなんなんだろうか。わからない。


 自分の気持ちなのに、自分でわからなかった。


「どうしました? 「旦那さま」」


 レアさんがテーブルに肘をつきながら小首をかしげる。


 その仕草もその表情もどうしてか目を離せないものだった。


「なんでもないですよ。シリウスも食べ終わったから行きますか」


 高鳴る鼓動。その意味を確かめるべきじゃない。


 警告のような音とともに聞こえてきた声に俺は従った。


 従わなきゃいけない。そんな観念にとらわれるようにして、俺たちはレアさんのおすすめの店を後にした。

 三者三様ですね。

 いまいちうまく言い表せた気がしないけれど←汗

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