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Act3-28 蛇王の怒り。でもすぐに治まります

 まずい。


 蛇王が明らかに戦闘モードだった。城にお邪魔することは何度かあった。


 パーティー用の食事を作るというのとは別に、蛇王に食事を作ってほしいと頼まれたからだ。


 その際に見たのが、いまの蛇王だ。


 そのときは警備隊の兵たちをしごいているときだったが、正直目を疑った。


 人とマーメイドの混血児が多いとはいえ、警備隊の兵に選ばれるのは陸上でもそれなりの武力を誇る者たち。


 いくら主戦場が水中とはいえ、陸上でもそれなりの戦果を出せる者たちが──。


「ほらほら、休んでいる暇はありませんよ?」


 蛇王に片手間に捻られていた。


 蛇王は微笑みながら腕を振るうだけ。それだけで警備隊の兵はほとんど壊滅に近い被害を受けていた。


 軍と軍の戦いで言えば、とっくに潰走していないとおかしいレベルだった。


 ただの一撃で警備隊を壊滅状態に陥らせる。


 規格外とは言われているのを知ってはいたが、「七王」の一角と呼ばれる所以をこのときありありと見せつけられてしまった。


 もともと逆らうつもりはなかったが、あの光景を見たときから蛇王に盾突くということがどういうことなのかを痛感させられてしまった。


 料理しかできない自分ではなにをしたところで殺されるだけだ。


 それもただの一撃で無惨に殺されてしまう。


 そんな自分の姿をありありと想像できてしまった。


 だからこそ、そのときの調理には全身全霊をかけた。


 でないと、下手に口に合わないものを作れば、「調理」されるのは自分になってしまう。それがはっきりと理解できてしまったからだ。


 ただ全身全霊をかけたからこそ、「調理」されることはなかった。それどころか余計に自分の料理を気にいられてしまった。いや気に入っていただけていた。


 しかしいまや蛇王は店に来ることはなかった。なにが悪かったのか。なにをしてしまったのか。まるでわからない。


 わからないまま、料理をし続けた。


 そうすればいつかは必ず戻って来てくれると思うしかなかった。


 まるで恋人に捨てられた男のようではないかと何度か思ったことはあったが、あくまでも思っただけだった。


 実際にそうだと思ってしまえば、たぶん自分はもう二度と戻れなくなるかもしれない。


 それだけ蛇王は魅力的な女性だった。


 誰よりも強いのに、ときに幼い少女のように無邪気に振る舞い、ときに妖艶な美女として蠱惑的に迫ってくる。そしてなによりも──。


「美味しかったですよ、ムガル」


 美味しいものを食べたときの笑顔は、まるで伝説に聞く母神の笑顔のように。


 すべてを許し、すべてを受け入れ、そしてすべてを救ってくれると思わせる。


 とても温かな笑顔だった。その笑顔に自分はやられてしまっている。


 だがそれは自分だけではない。彼女に仕える者すべてがあの笑顔にやられてしまっているのだ。


 そう、蛇王はとんでもない人たらしだった。


 だがそうだと思っても抗えない。抗えるはずがなかった。


 なにせそれだけ蛇王は。いや蛇王さまは魅力的で優しいお方なのだから。


 ただ逆鱗に触れるとその限りではないが。


 そしてその逆鱗に自分たちは触れつつある。はっきりとムガルは理解していた。


 なにを以て逆鱗に触れつつあるのかまではわからない。わからないが、窮地に追い込まれていることは、はっきりと理解できる。


 いかん。どうにか、この場を繕わねば。

 

 命の危機。いままでそれほど感じたこともないそれが迫っていた。


 荒事専門にひそかに雇っているチンピラは、もう使い物にはならない。


 蛇王の怒気に怯えて震え上がってしまっている。さすがに蛇王相手ではチンピラなどでは意味がないようだ。


となれば、頼れるのは自分だけだ。自分の最高の手札で勝負するしかない。


「ムガル? なにを黙っているのですか? その不届き者を渡してください。私が──」


 まだ笑っているうちに。


 蛇王が笑った。とても楽しそうにだ。


 だが、青い瞳に宿っているのは怒り。


 まだそれほどに表面には出ていないが、その怒りは深いようだ。


 下手をすれば殺される。


 いや下手をしなくても殺される。


 いま明確に命の危機に晒されているのは自分だ。


 すでにチンピラなど目に入っていない。いやチンピラはなにがあっても逃げられない。


 蛇王にとっては私刑を受けるのが決定付けられている。そのなかに自分も含まれつつある。


 どうすればいい? どうすれば生き延びられる?


 この方に惚れられているなど、ただの世迷い言でしかない。


 いや、惚れられてはいただろう。あくまでも自分が出す一品がだ。


 だが、しょせんはその程度だ。この方にとっては、いつでも切り捨てられるものでしかない。


 せいぜい惜しいと思われる程度の損失にしかなりえない。


 あぁ、どうすれば。どうすれば生き延びられる!?


 ムガルはそれだけを考えていた。脳裏に浮かぶのは、どうすればという言葉だけ。ほかにはなにも思いつかなかった。


「あ、あの? レアさん? あまり怒らなくても」


 最初に屋台を取り仕切っていた女たちのひとりが、男勝りの女が身の程知らずに蛇王に声をかけてしまった。


 殺されるぞ、貴様。見ず知らずどころか、商売敵ではあるが、まだ年若い少女だ。


 そんな少女が命を落とすところなんて見たくはない。


 それにだ。どういうわけか庇おうとしてくれている。


 忌々しい相手ではあるが、庇おうとしてくれたことは純粋にありがたかった。


 礼にはならないだろうが、下手に話に入らないように忠告してやることが自分にできることだ。そう思っていた。だが──。


「いくら「カレン」の言うことでも頷けませんね。まぁ、「カレン」が「お姉さま、大好き。抱いて」って言ってくれるなら──」


「絶対ダメ!」


「ノゾミちゃんに言ったわけではないんですけど?」


「そうですけど、でもダメなものはダメなんです!」


「まったく、ノゾミちゃんはそう言って「カレン」を独り占めするのはどうかと思いますよ? 「カレン」は私のものなんですから、少しは」


「いつ香恋がレアさんのものになったんですか!?」


「出会ったときからですよ? 出会ったときに「カレン」が私のものになるのは決定づけられているわけで」


「それを言うのであれば、私だってそうです! 香恋とは子供の頃から結婚するって約束しているんですから!」


「ふふふ、ずいぶんとかわいらしいことですね。でもね? ノゾミちゃん。世の中には心変わりと言う言葉が」


「そんなのは知らないもん! レアさんみたいなおばさんじゃ香恋を満足させられないもの!」


「誰がおばさんか! この生娘!」


「き、生娘って言わないでよ!」


 これはいったいどういうことだろうか? 


 最初男勝りの少女を庇おうとした。


 そう庇おうとしたはずだった。


 しかしふたを開けてみれば、庇う必要がないどころか、蛇王の怒りが一瞬で消えてなくなったではないか。


 そのうえ、どうにも蛇王が男勝りの少女にご執心のようだった。


 まだそれだけであればよかったが、今度は肉付きのいい女が話に入り込んできた。


 肉付きのいい女の方も庇うべきか一瞬迷ったが、すぐに蛇王と男勝りの少女の取り合いを始めてしまう。


 なにせ、あの蛇王を「おばさん」などと言ってしまうのだから。


 殺されたいのかと本気で叫びそうになった。


 というか、蛇王を「おばさん」と呼ぼうとする胆力がすさまじい。


 少なくとも自分であれば、しようとは思わない。


 

 自分が呼んだら確実に殺されてしまうだろう。


 まぁ、それ自体はいい。よくはないが、いい。大事なのはだ。


「「カレン」は私のものです!」


「違います。私の旦那さんです!」


 男勝りの少女が蛇王の寵愛を一身に受けつつも、別の女にも愛されているということだ。


 庇おうとしてくれたことはたしかにありがたい。だが、これとそれとでは話は別だった。


「そこの男勝りの少女!」


「えっと?」


「決闘を申し込む!」


 蚊帳の外になりつつある男勝りの少女に向かって、ムガルは宣戦布告をした。

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