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Act0‐3 スキルもチートもなしですか?

 いまのところ、毎日更新ができていますが、このまま続けられるかな。

 まぁ、できるところまで頑張ってみます。

 頭の中に靄がかかる。そんな表現を見聞きすることがある。あるけれど、実際に体験すると、まさにその通りで、いま俺がなにをしているのか。まるでわからなかった。


 そもそも俺がどこにいるのかさえもわからなかった。わかるのは、俺がわけのわからないことに巻き込まれてしまっていると言うことだけだった。


「さぁ勇士カレンよ! いまこそ、勇者アルク・ベルセリオスの剣となるべく、敵地に赴くのだ!」


 でっぷりと肥えた、いかにも成金趣味なひげ面のおっさんが、なんか偉そうに言っていた。見た感じ日本人ではない。


 なのに不思議と言葉を理解することはできているが、言っていることは、おかしなことばかりだ。


 俺のことをいきなり勇士だなんだと言い募ったと思えば、今度は勇者を助けろとか言い出してくれた。


 なんで見ず知らずの相手を報酬もなしに助けなきゃいけないのだろうか。こういうことはきちんと手順を踏むべきであり、まずは報酬を用意するべきだろうに。ジンバブエドルなんて渡されても困るけどね。


 とにかく俺が目を覚ますと、目の前には妙なおっさんがいて、いろいろと命令をしてくれた。ただ言われた内容は、いまいち憶えていない。


 なにせおっさんがなにか言うたびに、頭の中にかかった靄が一層深くなった。洗脳でもされているのかなと思ったけれど、それにしては強制力みたいなものを感じられなかった。


 むしろ逆で、おっさんが俺に洗脳でもかけようとしていたのだろう。でもその洗脳から、なにかが俺を守ってくれていた。おっさんはそのことに気付かないまま、おっさんの後ろにあった魔法陣を起動させてしまう。


 そう、魔法陣。アニメやゲームにある素敵な物体だ。炎や雷などを出すことができるもの。


 だが、そんなものが現実にあるわけがない。よくできたCGだなとしか俺は思っていなかったが、よくよく周りを見回してみると、頭からローブを被った人たちがいっぱいいた。


 歌舞伎の黒子かなと思ったけれど、黒子にしては様子がおかしい。なぜかみんな杖を持っている。杖を持つ黒子のいる題目なんて聞いたこともなかった。


 それに黒子であれば面体で顔を隠すはずなのに、ローブを被った人たちは、みんな顔を出している。顔を出してぶつぶつとなにかを呟きながら、杖を魔法陣に向けていた。ローブを被った人たちがなにか呟くたびに、魔法陣が輝いていた。


「「異世界召喚」かな?」


 ファンタジーものの王道とも言えるもの。それがいま現実に俺の身に降りかかっているようだ。それでもまさかなと思っていたのだけど、現実は俺には冷たいようだ。


「うむ。余がそなたをこの世界にと導いたのだ。さぁ、勇士カレンよ。勇者アルク・ベルセリオスの剣となるべく、いまこそ旅立つのだ!」


 胸を張りながら、そんなことを抜かすおっさん。


 赤の他人をここまで殴りたいと思ったのは初めてだった。


 なんで俺を召喚するんだよ。


 もっと別な人を召喚してよ。一心さんやうちの兄貴どもを召喚したほうが、はるかに戦力になるだろうに。というか希望を巻き込みかけたのはこいつのせいか!いますくにその無駄に脂肪を蓄えたお腹を揺すってやりたい気分だったけど、実行するどころか抗議をする間もなく、魔法陣が強い光を放った。目が眩むほどの光に思わずまぶたを閉じた。


「ふふふ、頼んだぞ、勇者アルクの礎となる者よ」


 おっさんがとても悪そうな声で言った。一言言ってやりたいところだったけど、気づいたら目の前にあったのは、うっそうとした森と、豪奢な屋敷だった。そうしていまに至るわけだが──。


「異世界とか魔法とか、ドラゴンとかキメラとか、おまけに勇者だ? どこのライトノベルだよ」


 ゴンさんとキーやんに促されて、屋敷の大扉の前にたどり着きながら、今日何度めかのため息を吐いた。


 もうツッコみどころが多すぎて、なにから言えばいいのか、まるでわからなかった。


 だが現状これと言ってやることもないので、ふたりに促されたように屋敷の中に入るしかない。しかし入ろうにも屋敷の扉はかなり大きかった。


 扉は両開きのもので、材質は木製みたいだけど、木の種類がわからない。黒光りしているけれど、なにか塗っている感じゃない。木にしては異様な重厚感を感じる。まるで鉄でできた扉みたいだ。そんな木材なんて俺は聞いたことがない。


 大工でもなければ、木工職人でもないのだから、材木のことなんて知らないのも当然だけど、少なくともいままで生きて、こんな木材を見たことはない。


 おばあちゃんの墓参りから、わずか数十分にも満たない間に、イベントが目白押しで、俺の理解力を超えてしまっている。それでもこれが現実だということだけはわかっていた。


「「異世界召喚」と言えば、とんでもスキルとか、身体能力がアホほど上昇とかが、お約束なんだろうけどさ」


 見たところ、俺にはなにかしらの変化はない。試しに目の前の扉を殴りつけたけれど、普通に痛い。加えて扉にはこれといった変化もない。身体能力がアホほど上昇したわけではないようだ。


「となれば──鑑定!」


「異世界召喚」と言えば、鑑定スキルを最初から装備が、ある意味王道だろう。


 王道は王道でも、チートレベルの能力で召喚されたという設定ではの話だけど。


 扉を殴りつけてもこれといった変化もなかったので、鑑定スキルもないとは思うが、物の試しに鑑定をする。


 鑑定と叫んでみたが、なにも起きない。目の前にウインドウが現れるとか、頭の中に数値が羅列するとか、まるで起こらない。ただ俺の叫びが悲しくこだましていく。


「……わかっていたよ。わかっていたけどさ、ぴちぴちの女子校生を呼んでおいて、身体能力があがるとか、とんでもスキルを覚えるとか、そういうのが一切なしってどういうことなんだろう」


 スキルもなければ、身体能力もそのまま。だけど、そうせめて装備がチート装備であれば。そんな願いもむなしく俺が身に着けているのは、うちの実家が経営する、なんでも屋の制服である黒いつなぎだけだった。試しにポケットをまさぐる。するとなにか硬いものが指に触れた。


「まさか」


 わずかな希望を抱きながら、指に触れたそれを取り出す。鍵だった。それもただの鍵じゃない。それは毅兄貴のコレクションのDVD(中身は言うまい)を嫁の久美さんがしまい込んだ、駅のロッカーの鍵だ。それもご丁寧なことに七百円もする大型のロッカーキーだ。


「……久美さんに預かっていてね、って言われていたんだっけか」


 仕事に行く前、久美さんの手伝いとして兄貴のコレクションの処分をした。


 こればかりは兄貴が悪い。お嫁さんがいるのに、その手の類のものを隠し持っていたんだ。それも久美さんはスレンダー系の美人であるというのにも拘わらず、兄貴が所有していたのは、ご立派な胸部装甲の持ち主ばかりだった。


 俺は久美さんに協力することにした。特に理由はない。ただ嫁もいるのに、そういう嗜好品を持っているというのはいかがなものか、と思っただけのこと。そう、特に理由はないんだ。スレンダーと言えば、聞こえはいいが、実際は断崖絶壁だからとか、そういうことは関係ない。俺も久美さんと同じ断崖絶壁だからというのも関係はない。だから時折ふたりで希望の乳を堪能させてもらうけど、決して妬みゆえの行動ではない。


 とにかく俺は同じ女として、久美さんの悲しみを酌んだゆえに手を貸したんだ。それ以上でもそれ以下でもないんだ。そうしていま俺の手には七百円のロッカーキーがある。


「こんなもの、いるかぁぁぁ!」


 七百円のロッカーキーを遠くへと全力で投げ飛ばした。目標はうっそうとした森の中。ほんの数秒で鍵はどこに行ったのかもわからなくなってしまった。


 これでは、某伝説の極道でもロッカーキーを探すことはできない。最近の作ではロッカーキーがある場所に近づくと、反応するアイテムもあるけれど、そのアイテムを以てしてもこの異世界のロッカーキーまでは反応しないだろう。


「……ごめんな、毅兄貴」


 どこに行ったのかもわからないロッカーキー(七百円)。


 あの四代目でも絶対に探せないのであれば、毅兄貴にも探すことはできないだろう。


 つまり、毅兄貴のコレクションは二度と毅兄貴のもとに戻ることはないということだ。


 自分のしたことにまったく後悔はないが、毅兄貴のことを思うと、少しかわいそうだったかもしれないと思うのだから、不思議なものだ。同情はしないけれど。


「これで装備もなし。ないない尽くしだな」


 スキルも身体能力向上もチート装備もない。まさしく素のままで召喚されてしまったようだ。どうせ異世界に召喚されるのであれば、なにかしらの恩恵が欲しかった。


 いまのところ、恩恵はなにもない。そのうえ召喚した相手は、不穏なことを言ってくれる。俺になにをしろというんだろうね。


「……まぁ、いいや。ゴンさんたちに言われた通り、中に入ろうかな」


 重いため息を吐きながら、目の前の扉に触れると、思いのほか、簡単に開いた。逆に簡単に開きすぎて、その場で躓き、顔から床に激突してしまった。地味に痛い。


「でかい扉のくせして、簡単に開きすぎだろ」


 もっと重厚感のある音を立てながら、ゆっくりと開くと思っていたのに、あっさりと開いてくれた。見掛け倒しというのはこういうことだろう。


「ゴンさんのご主人さまって人に文句言ってやる」


 まだ見ぬゴンさんのご主人さまへの怒りが湧き起こる。


 けれど、あのゴンさんのご主人さまなのだから、すごくいい人なんだと思う。


 ペットは飼い主に似るというし、それはドラゴンだって変わらないはずだと、文句が言いづらい。


「そういえば、ゴンさんのご主人さまってどんな人なんだ?」


 キーやんは、獅子王プライドさまのペットって言ったから、その獅子王さまがキーやんのご主人さまだとすると、ゴンさんのご主人さまもなんとか王さまなのだろうか。


「ん~。ゴンさんはドラゴンロードとか言っていたから、竜王とかかな? そういえばあのおっさんも竜王がどうだのこうだのと言っていたような?」


 いかにも名前だから、たぶんゴンさんのご主人さまは多分その竜王って人なんだろう。けれどあのおっさんが、それっぽい名前の人と勇者アルクって人と戦っているみたいって言っていたような。


「あれ? でもゴンさんとキーやんが、勇ちゃんさんとか言っていなかったっけ?」


 勇ちゃんさん。ゴンさんとキーやんは、人間はちゃん付けで呼ばれるものと勘違いしていたことを踏まえると、その勇ちゃんさんって言う人は、竜王さんから、勇ちゃんと呼ばれているのだろう。


 日本であれば、勇ちゃんと呼ばれるのもわかる。名前に「勇」が入れば、あだ名が「勇ちゃん」となるのもわかる。けれどここは日本じゃない。となれば、なぜ「勇ちゃん」なのか。考えられるとすれば──。


「「勇」者アルクだからか?」


 たしかに勇者アルクであれば、「勇ちゃん」と呼ばれるのもわかる。


 わかるけれど、さすがにそれはないだろう。


 だって、あの陛下とか呼ばれていたおっさんは、勇者アルクは竜王と戦っているとか言っていた。その竜王が、勇者アルクを「勇ちゃん」と呼ぶわけがない。


 なら「勇ちゃん」とは誰のことなのか。もしかしたら、俺と同じ日本人の召喚者かもしれない。なら「勇ちゃん」と呼ばれてもおかしくはない。いくらか無理やりな気もするけれど、たぶん間違いないと思う。というか思いたい。


「……とにかく進むか」


 屋敷の扉の前でいろいろと考えても仕方がない。答えはすべてこの屋敷の奥にあるのだと思う。


「灯りはないのかな」


 屋敷の廊下は暗かった。灯りのない廊下を一歩ずつ進んでいく。先はやっぱり見えてこない。進むにつれて、物音が聞こえてくる。その物音に紛れて、人の声らしきものが聞こえてきた。それも複数の声だ。中には獣の咆哮のようなものもあった。


「……この先でなにが起こっているんだ?」


 すごく嫌な予感がする。このまま回れ右をしたいところだけど、ゴンさん曰くゴンさんの飼い主である竜王さんに話を聞けばいいってことだったから、このまま回れ右をしたところで現状が好転するわけじゃない。


 むしろ回れ右をしたところで、これといった指針もない。ゴンさんやキーやんに会い、魔法にも触れたけれど、それでも異世界に召喚されたっていうのもまだ半信半疑ではある。けれど、少なくともここが俺の住んでいた空見町ではないことだけはたしかだ。


 見知らぬ土地にいきなり放り出されてしまっているのに、数少ない情報を入手する方法をみずから手放すなんてありえない。


 このまま逃げてもなんの意味もないし、現状を維持するだけだ。進展させるために、少なくとも一歩踏み出す必要がある。正直怖いけれど、怖いからと言って誰も助けてはくれない。助かるためには、みずから動かなきゃいけないんだ。


「大丈夫、俺ならできる。俺ならできる」


 募る不安と焦りを、いつもの方法で押さえこみながら、どうにか一歩ずつ前に進んでいくと、やがて大きな扉が見えた。


 相変わらず廊下自体は真っ暗ではあるけれど、扉の両脇に壁掛けのたいまつがあって、そのたいまつのおかげで扉を見ることができた。


 物音も声も扉の向こうから聞こえてくるようだった。扉は両開きのタイプだが、観音開きというわけではない。


 とりあえず押してみた。


 屋敷の入り口の扉とは違い、重たい音を立てながら、扉が少しだけ開いた。その隙間から中の様子を覗き見た。扉の先はなぜか外だった。


「……中庭に続く扉だったのかな?」


 構造的にずいぶんと変わった建物だなと思っていると、不意に高笑いが聞こえてきた。見ればそこには巨大な緑色の物体とその数メートル先で膝を突く金髪のお兄さんがいた。

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