Act3-16 初めてのプレゼンテーション
本日二話目です。
「カンヅメですか?」
漁港からそのまままっすぐに俺と希望はククルさんを連れて城へと戻った。
そうして戻った城で、いまはエンヴィーさんにマバ問題の解決の布石になるかもしれない方法についての説明をしている。
ちなみにシリウスはギルドに置いて来てしまっているけれど、難しい話はあの子にはまだ早いし、それにギルドに置いてきたのは眠っていたからだ。
そろそろお昼寝から起きる頃だろうけれど、ミーリンさんとモルンさんの恋人さんたちに面倒を見てもらうように頼んでいるから、たぶん問題はないと思いたい。
まぁ、いまはシリウスのことよりもだ。漁港で希望が思いついた方法を説明するのが先だ。
希望が思いついた方法は缶詰を作るってことだった。
ただ缶詰はこの世界にはまだないみたいで、ククルさんも首をかしげていた。それはいま目の前にいるエンヴィーさんも同じだ。
「ええ、缶詰です。俺や希望の世界では、一般的に流通しているものです」
「それがマバを大量消費できる方法になるんですか?」
エンヴィーさんの私室でエンヴィーさんと向かい合う。
隣には希望とククルさんがいた。
希望は自信ありげのようだ。
ククルさんはまだ半信半疑ではあるけれど、手段のひとつとしてはありだと言ってくれた。
あとはいろいろと細かく、だが重要な問題をどうクリアするかだと言っていた。
ククルさんに指摘されたことはたしかに問題ではあった。
けれど試行錯誤していけばどうにかなるとは思っていた。
こういうものは基本的には試行錯誤していくものだからね。
試行錯誤の分だけでもそれなりに消費はできる。
それに缶詰だけでマバを消費するわけじゃないからね。
「ええ、なります。でもそれにはいくらかコストがかかりますが」
「まぁ、基本的にコストがかからない方法なんてありませんから、それ自体は問題ではありませんよ。問題なのはねん出したコストをどう回収するか。回収したコストでどこまで同じパフォーマンスを続けられるか、です」
普段はおっとりとしたお姉さんだけど、エンヴィーさんもさすがは王さまだけなことはあった。
コストの回収とパフォーマンスの続行。
それ自体はどんなことでも言えることだけど、それがなによりもの問題であることをよくわかっている。
このあたりのことは、異世界でも地球でも変わらない。
ククルさんにも指摘されたことだ。
そしてそのことをきっちりとわかっているあたり、伊達や酔狂で王さまをしているわけじゃないね。
正直伊達や酔狂で王さまをしているんじゃないかなと思ったりしていたけれど、俺の勝手な思い込みだったみたいだね。
「……いまカレンちゃんをオシオキしたいなぁって思いましたが、あえてその理由は追及しないでおきますね?」
にこりとエンヴィーさんが笑いました。
どうやら思っていたことが顔に出ちゃっていたみたいだね。あははは、やっちまったぜ。
「ま、まぁ、そのことは置いておくとしてですよ」
咳ばらいをしつつごまかす。けれどエンヴィーさんはじっと俺を見つめている。
せ、背筋が寒いです。なんだかいまにも取って食われそうな雰囲気がしてなりませんよ?
「缶詰であれば、マバの大量消費にもつながりますし、それに雇用の拡大もできると思います」
「雇用もですか?」
「はい、雇用もです。缶詰を作るには人手がいりますから、雇用は絶対に必要です」
基本的に缶詰などの大量生産品は人手が不可欠だ。
まぁ現代だと機械を用いた生産ラインが確立しているから、ひと昔前ほどに人手はいらないみたいだけど、それでも人がまるでいらないというわけじゃない。
文明が発達した地球でも人手が必要不可欠なんだ。
文明が発達していないこの世界では、魔法と言う超常的な力が世の理となっている。
その分機械での生産ラインよりも人手がいらなくなる可能性は否定しきれないけれど、少なくとも魔法を使うための人手は必要だった。
あとは作った缶詰を販売する人手。
ああ、あとそもそも缶詰を作るための工場を建てるための人手やら工場から販売所へと移送するための人手もいるね。
こうして見ると人手ってわりと必要だな。それも大量に。ただ人手であれば、どうとでもできるからね。
「人手がいるのですか。でもそこまでの人数は用意できるかは」
「問題はないですよ、エンヴィーさん」
「と言いますと?」
「最初は冒険者ギルドへの依頼という形にすればいいんですから」
そう、人手の問題はとりあえず冒険者ギルドへの依頼という形にすればいい。
まぁさすがに恒常的の依頼というわけにはいかないから、あくまでも冒険者ギルドへの依頼は初期段階。缶詰のことをこの国の人たちの間で知られるまでの間だけ。
というよりもまずは冒険者たちの間で流行らせることが先決だもの。
なにせ缶詰っていうものは、冒険者たちにとってはとても相性のいい食べ物だからね。
俺もこれでも一応は冒険者だからわかるけれど、冒険者にとって食べることも仕事のうちだ。
腹が減っては戦はできぬ。それはどこの世界でも通用する普遍的な事実だ。
実際兵站あってこそ戦うことができるんだ。
なにせお腹が減っては力なんて出るわけもないからね。
それに兵站とは別に食糧だけじゃなく、武器弾薬、治療するための薬なども含まれている。
その兵站をおろそかにしか戦うことなんてできるわけもない。
和樹兄も「素人ほど戦術を語りたがるが、実際の戦いを決めるのは兵站の存在だ」と言っていたからね。
和樹兄はプロの軍人さんってわけじゃないはずなんだけど、まぁ細かいことはいいかな。
とにかく冒険者にとって食糧やら薬やらはとても重要だ。
食事は最悪魔物を倒して食べればいいけれど、すべての魔物が食用に向くとは限らないし、仮に食べられたとしても美味いとは限らない。美味かったとしても毒があるかもしれない。
だからこそきちんとした食事を。ちゃんとした保存食を常備するというのは冒険者にとっては基本中の基本みたいなものだ。
だいたいは干し肉だけど、その干し肉にだって美味いまずいはある。
だいたい干し肉とひと口にいっても、たいていの店ではなんの肉なのかまでは聞かなきゃわからないんだ。
店によっては肉の種類を教えてくれないところもある。
でも買わないっていう選択肢は冒険者には存在しない。
買わなきゃ食えるかどうかもわからない魔物の肉を食わなきゃいけないんだ。
そんなものを食うよりかは、なんの肉かは定かではないけれど、一応店売りしているものを買うってものだよ。少なくとも俺であればそうする。
だけど、もし中身もわかって、味もそれなりで、そして干し肉よりも保存の利く食べ物があったら?
それも手ごろな価格で買えるものがあれば?
俺であれば買うよ。それも大量買いするね。
地球で売っている缶詰であれば、一年は確実に保つもの。
ものによってはそれ以上に保存できるものもあるけれど、さすがに最初から地球で販売しているレベルの缶詰が作れるとは思っていない。
そもそも缶詰作りのためのノウハウだってないんだ。手さぐりで始めることになるけれど、時間はたっぷりとあるし、材料だって腐るほどにあるんだ。
ならそれを利用しない手はない。
最終的には「蛇の王国」の特産品になってくれればいいけれど、さすがにそれは夢物語にすぎるとククルさんには言われてしまった。
でも決して不可能だとは俺は思っていない。
「つまり最終的には我が国をあげてのプロジェクトという形にしようということでいいのですか? カレンちゃん」
さすがはエンヴィーさんだ。
最終的に俺が目指している形を理解してくれている。
これなら話は早いかもしれない。そう思っていたのだけど──。
「……申し訳ないですが、現時点では頷けませんね」
エンヴィーさんは申し訳なさそうに。でもはっきりとそう言ってくれた。
希望の考えた案は缶詰でした。
実際異世界で缶詰は有用ですが、それをあえて却下したエンヴィーさんの考えとは?
続きは六時になります。




