Act2-ex-4 シリウスの試練~ロード・シリウス~
今日は二話更新じゃなく一話更新となりました。
したかったんですけどねぇ←汗
廊下はどこまでも真っ暗だった。
ばぁばと手を繋いで歩いているから、転ばないけれどひとりだったら何回か転んでいそう。
でも転んでも泣かないよ、わたしは強い子だもん。
「……暗いのは怖い?」
ばぁばが隣で笑っている。
わたしが暗いのを怖がっていると思われているみたい。
暗いのは怖くないもん。
ウルフだった頃は、まだちち上たちが生きていた頃は、暗い中で過ごしていたんだ。
怖いわけがない。怖がってたら、ちち上に怒られてしまうもの。
「怖くないよ。わたしは暗いのは平気だもん」
「本当に?」
ばぁばはじっと私を見つめていた。
なんでそんなことを聞いてくるのかよくわからないけれど、聞かれたら答えるのが礼儀だってまま上が言っていた。
だから同じことを言ったの。平気だよ、って。もともとは灯りのない森の中で暮らしていたんだからって。そう言ったのだけど──。
「その割には、震えているね?」
ばぁばは私をじっと見つめながら言った。
ごまかしちゃダメだよ、ってばぁばの目は言っていた。
ごまかすことはできないみたい。
「……本当は怖いの」
「どうして? シリウスちゃんはもともと森の中に住んでいたんだよね?」
「うん。それでも怖いの」
「理由を教えてくれる?」
ばぁばが立ち止まって、わたしと目線を合わせてくれた。
ばぁばは優しく笑ってくれている。
まま上やノゾミままを思わせてくれる笑顔。
どうしてこんなにも優しい人を、私はいままで怖がっていたのかな。不思議だね。
「……暗いとなにも見えないから。なにも見えないのは怖いから嫌なの」
お日様が出ていれば、どんなに暗くてもその先にはなにかがあることはわかる。
けれど夜になるとなにも見えなくなってしまう。
どんなに目を凝らしてもなにも見えない。
その見えないところになにかがいるかもしれない。そう思うとすごく怖かった。
「おまえは闇の狼の一族なのだぞ?」
わたしが闇を怖がっているとちち上は困ったように言っていた。
ちち上もはは上も闇の狼イトメアウルフだった。
群れのみんなも闇の狼ばかり。
たいていがブラックウルフで、ダークネスウルフはそんなにいなかった。
ナイトメアウルフはちち上とはは上だけだった。
そんな群れのボスであるちち上とはは上の娘として産まれたわたしは、群れのみんなからは闇の申し子だと言われていた。
でも、私は闇の力も持っていたけれど、光の力もあったんだ。
それが私の毛並みに現れていた。
白と黒の斑模様の毛並み。
闇の狼の一族であるはずなのに、私は光の力も扱えた。
もしちち上とはは上がボスでなければ、きっと私はいじめられていたと思う。
闇の狼の一族は狼の魔物の中でも特に誇り高く、同族以外には決して心を許さない。
特に人間に従うことをよしとはしない。
人間に従うのは光の狼の一族が大半だってちち上が言っていた。
その光の狼の一族を闇の狼の一族はみんな嫌っていた。
光の狼の一族はそうじゃないみたいだけど、闇の狼の一族が一方的に光の狼の一族を嫌っているらしい。その理由が人間に従いやすいだからみたい。
ほかの狼の一族にも人間に従う狼はいるらしいけれど、一番多いのは光の狼の一族。
ちち上が言うには光という力が他者を尊重しやすい性格に導いてしまうんじゃないかってこと。
反対に闇の狼の一族は人間に従うことはいままで一度もなかった。
ちち上の群れ以外にも闇の狼の一族はいるけれど、ほかの群れでも人間に従った狼は一匹もいなかったらしい。
光とは違い、闇は他者を尊重しない。
同族であれば協力するけれど、基本的にここーの性格になりやすいらしい。
でもその分認めた者には心を開くとちち上は言っていた。
あの言い方だと、昔人間に従った狼が闇の狼の一族にもいたんじゃないかな。
本当のところはわからない。
ちち上はもういないから聞きようがないもの。
でもわたしはきっと闇の狼の一族のなかにはそんな変わり者もいたんだってずっと思っていた。
でもまさかわたしもその変わり者になるとは思っていなかった。
もともと私は変わり者だったというのもあるかもしれない。
だって私は闇の狼の一族のくせに、闇を嫌っていた。
なにも見えなくなる闇が怖くてたまらなかった。
そうなった原因はばぁばにもあるんだけど、それを言ったらばぁばが傷ついちゃいそうだから、あえて言わないよ。
「……もしかしてばぁばにも原因がある?」
あ、気づいちゃった。
でもここは否定しないといけないよね。
そんなことはないよと首を振ったけれど、もう遅かった。
ばぁばが肩を落としてしまっていたもの。
わぅ、失敗しちゃった。
「そっかぁ、やっぱりばぁばにも原因あるよねぇ。なにせオバケと思われていたんだし。波長が「先代」と同じだったから、問題ないかなと思っていたんだけどね。これだと「先代」も私が言いたいことの大部分は察してくれていただけだったのかなぁ」
ばぁばはため息を吐きながら、よくわからないことを言っていた。
「先代」って誰のことなんだろう?
そう言えばトカゲじじいが、「シリウスの名を継いだ」とか言っていた気がする。
わたし以外にも「シリウス」って名前の狼がいたのかな?
「ばぁば、わたし以外にも「シリウス」っていたの?」
「あれ? 知らないの?」
「うん。わたしの名前はぱぱ上がつけてくれたから。星の名前だって言っていたよ」
「そっか。香恋はそういう理由で。地球であれば問題はなかったけれど、この世界であれば「シリウス」という名前は特別な意味を持つの。ただもう数千年も昔の話だから、文献さえも残っていないだろうけどね」
数千年前。
言葉だけじゃいまいちわからない。
すごく昔のことだっていうのはわかるけれど、いまいちどれくらい昔なのかはわからない。
わたしはまだ産まれて半年って話だもの。
「数千年前ってどれくらい前?」
「そうだなぁ。風の古竜を知っているね。ゴンさんのおじいさん」
「うん。トカゲじじいでしょう?」
トカゲじじいのおかげでグレーウルフに進化できた。
どうして進化できたのかは自分でもわからないけれど、トカゲじじいがいてくれたから、いまのわたしがあるの。
ちち上たちともお話ができるのはすべてトカゲじじいのおかげなの。
「と、トカゲじじい。ふーくんがどんな反応をしていたのか見てみたかったな」
ばぁばは笑っていた。
トカゲじじいって呼んだことが面白かったみたい。
「ふーくん?」
「シリウスちゃんの言うトカゲじじいのことだよ。あの子が小さい頃から私は知っているからね。それにしてもあの子が最古の古竜の片割れになっているとか、ちょっと信じられないなぁ」
「そうなの?」
「だってふーくんは、子供の頃すごい甘えん坊だったんだよ? 遊びに行くといつも甘えてきたからねぇ。その子がまさかロードとなり、古竜となるなんてね。数千年という時間の流れをばぁばはしみじみと感じざるを得ないね」
「トカゲじじいが子供の頃が数千年前?」
「そう。それくらい昔の話なんだよ」
トカゲじじいに子供の頃があった。
あたり前のことだけど、そのあたり前にわたしはびっくりした。
そんな昔の話なんだって。それと不思議に思った。
どうしてばぁばは数千年前のことを知っているんだろうって。
ぱぱ上は人間なのだから、ばぁばも人間のはずなのに。
人間は百年も生きられないって話なのに、どうして数千年前のことをばぁばは知っているのかな。
「ばぁばは何者なの?」
「さて? 自分が何者なのかって言葉は答えようがないね。それはそれぞれがそれぞれの人生を歩んだ先に掴む答えであって」
「そういう小難しいことは聞いていないの」
「あははは、ごまかしはダメかぁ。そうだよね。私自身がごまかしちゃダメって言っていたのに、自分はごまかすのはフェアじゃないよね。ん~、そうだな。ばぁばも一応は人間さんだよ。半分は、だね」
「半分? まま上と同じで人魔族なの?」
「……ん~、近いけれど違うかな? まぁ似たようなものだと思ってくれればいいよ」
ばぁばはあいまいに言って笑った。
ごまかさないと言ったのに、結局ごまかされちゃった。
でもばぁばだってごまかしたくてしているわけじゃないと思うから、私はなにも言わないことにした。
「……ありがとう。あなたが香恋の娘であってくれて嬉しいよ。まさか「先代」の名を継いだ子がそうなるとは思っていなかったけれど。せいぜいあの子の眷属になってくれればいいと思っていたのだけど」
「けんぞく?」
「わかりやすく言えば、部下ってところかな?」
「わたしはぱぱ上の娘だもん。部下じゃないもん」
「ごめんごめん。とにかく、あなたが香恋の娘となってくれたことを私は誇りに思っていますよ。ありがとう、次代の「ロード・シリウス」よ」
「ろーど・しりうす?」
「シリウスちゃんと同じ名前の狼さんのことだよ。とても強くて優しくて、カッコいい狼さんだったんだ」
ばぁばは笑っていた。
笑っているけれど、どこか悲しそうだった。
なんで笑っているのに悲しいのか、わたしにはよくわからない。
「シリウスちゃんもあの子みたいになってね。ばぁばは応援しているよ。そのためには闇を怖がらないようになってね。光が強いままじゃダメ。闇も受け入れないと、あの子みたいにはなれない。そうして初めて「零の座」に至れるのだから」
「ぜろ?」
「ふふふ、いつかわかる日が来るよ。さて、そろそろかな?」
ばぁばが前を見た。なにがそろそろなんだろうと思っていたら──。
「──シリウスちゃんなら必ず来ます。だからそろそろ」
「わかっている。でももう少しだけ」
まま上とノゾミままの声が聞こえてきた。尻尾がひとりで動いていく。
「ばぁばはここまで。あとはシリウスちゃん、あなたひとりで行ってね」
「でも」
「大丈夫。シリウスちゃんは強い子だもの。あなたならきっとできる」
ばぁばはまっすぐに私を見つめていた。
わたしを信じてくれている。
期待には応えないといけない。
ぱぱ上がいつもそうしているみたいに。だから──。
「わぅ!」
私はいつもみたいに鳴いて答えた。
ばぁばは嬉しそうに笑っていた。
笑うばぁばに見送られる形でわたしはまま上とノゾミままの元へと向かって行った。
次回で特別編はおしまいです。




