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Act2-ex-3 シリウスの試練~希望の想い~

 遅くなりました。

 どうにも風邪を引いたみたいで、ちょっとグロッキーです。

 それでもどうにか更新をしたいと思います。

 もしかしたら、明日は一話だけかもしれませんが、ご了承のほどをば。

「ノゾミ。いつまで外に立っているんですか?」


 アルトリアが扉を開けながら、ため息を吐いていた。


 希望もさっきまでは部屋の中でファフニールさまとティアさんのパリピっぷりにドン引きしていたのだけど、いきなり──。


「シリウスちゃん?」


 シリウスを呼んだかと思ったら、外に飛び出してしまったんだ。


 そのまま「心の回廊」に飛び込んでいきそうだったから、慌てて止めたんだ。


「なにしているんだよ、希望」


「シリウスちゃんに呼ばれた気がしたんだ」


「シリウスに?」


「うん。ノゾミままって呼ばれたんだ」


 希望は回廊を見つめていた。


 気のせいだと言うのは簡単だったけど、「双竜殿」の中ではなにが起きても不思議じゃない。


 だからシリウスが希望を呼んだのは、ありえることだ。


 ありえることなのだけど──。


「ありえません! そこはノゾミままではなく、「まま上」とシリウスちゃんなら言いますから!」


 胸を張りながらアルトリアははっきりと否定してくれた。


 まぁ、アルトリアがそう言うのもわかる。


 たしかにシリウスであれば、希望ではなく、アルトリアを呼びそうだからね。


 だからアルトリアは否定したわけで、俺も概ね納得していた。でも──。


「でも、たしかにシリウスちゃんの声だったよ」


 希望は頑なだった。


 シリウスに呼ばれたと言い張る。嫁の言うことだから、俺も信じてあげたかったのだけど──。


「やめておくのだな、ノゾミとやら。試練中の回廊に飛び込むのは、自殺行為だぞ?」


 ファフニールさまも希望を止めた。


 希望が言っていることを信じていないというわけではなく、単純に希望を案じて言っているみたいだ。


「試練中の回廊に飛び込めば、異空間に呑み込まれる。先に試練を受けた者が入り口か謁見の間にたどり着いたうえであれば問題ないが、試練中に踏み込めば別の空間に呑み込まれよう。過去、試練中の回廊に踏み込んだ者は誰ひとりとて帰ることはなかった」


 ファフニールさまはパリピのなりを潜めて、真剣な面持ちで希望に語っていた。


 それにしても試練中の回廊って、そんなに危険だったのか。


 アルトリアが青い顔をしている。


 たしかにあと三十分早かったら確実に俺は試練中だったわけだし、そうなるとアルトリアが別の空間に呑み込まれていたわけだし。


「危なかったね」


「……まさか、命の危機だったなんて思っていなかったです」


 アルトリアは顔を青くしたまま頷いた。運がよかったとしか言いようがない。


 まぁ話を聞いた以上は、今後はちゃんと確認するだろうな。それはきっと希望だって同じはずで──。


「それでも私は行きます」


 同じだと思っていたのに、希望はまさかの発言をしてくれた。人の話を聞いていなかったのかな?


「ファフニールさまの話を聞いていたのか?」


「聞いていたよ。それでも行かなきゃいけないの。だってシリウスちゃんが呼んでいたんだ。ノゾミままって呼んでくれていたんだ。だから私は行かなきゃいけない」


 希望はいまにも「心の回廊」に飛び込んでいきそうな勢いだった。


 希望がシリウスをかわいがってくれているのは知っているし、シリウスも希望に懐いているのも知っている。


 心情で言えば行かせてあげたい。


 けれどダメだ。


 話を聞いたいまは、いや話を聞いてしまったいまだからこそ、希望を行かせるわけにはいかない。


「ダメだよ、行くな希望!」


 希望の腕を取り、強引に引き寄せた。けれど希望は俺の腕の中で暴れ出す。


「お願い、行かせて香恋! シリウスちゃんが呼んでいるの!」


「シリウスとは別の空間に飛ばされるって言われだろう!? いま行ったって、そこにシリウスはいないんだよ!」


「でも、もしかしたら行けるかもしれないもの!」


 希望は頑なだった。なんでそんなに頑なになっているのかな。


「なんでそんなに」


「もうひとりは嫌だもん。もう、一緒にいなかったせいで後悔するのは嫌!」


 希望が叫んだ。


 後悔? 後悔ってなんのことだよ。


 俺が知る限り、そんな後悔を希望がしたわけじゃないはず。


 でも希望はまるで後悔をしてきたみたいな言い方をしていた。


 俺の知らない後悔を希望はしていたのかな。


「なんのことを」


「あんたのことだよ! あの日、あんたがいなくなったあの日! 私を誘ってくれたでしょう!?」


 誘った? ああ、そっか、そうだったな。


 あの日、俺は希望を誘っていた。


 あの日の仕事は佐藤さんのところケルちゃんの散歩だった。


 大変な仕事ではないし、佐藤さんは希望のことを知っている人だから、一緒に散歩しようよと誘ったんだ。でも希望は──。


「ケルちゃん、私と一緒だとあんまり楽しそうにしてくれないからなぁ」


 そう言って断ったんだ。


 実際ケルちゃんは希望には懐いていない。


 まぁ懐いていないとは言っても、吼えたり唸ったりするってことではなく、ちゃんと相手をしてくれないって意味。


 希望もそのことがわかっているから、あまりケルちゃんには近寄らないでいた。


「ケルちゃんは香恋が大好きだからね。大好きな香恋とふたりっきりなのを邪魔したらかわいそうだもの」


 希望は笑っていた。


 それが面倒だからではなく、希望がケルちゃんを想っての言葉であったのは間違いない。


 そして俺はひとりでケルちゃんの散歩をして、そのままおばあちゃんの墓参りに行き、この世界に来た。


 もしあの日希望も一緒に散歩をしていれば、きっと希望も一緒にこの世界に来ていたかもしれない。


 俺がいなくなったせいで、希望がひどい目に遭っていたことは聞かされていた。


 昔からの友達たちは希望を庇ってくれたり、慰めてくれていたりしていたみたいだけど、高校からの友達はみんな希望を非難していたみたいだ。


 正確には俺と最後に会った一心さんの従妹だからだ。


 だからこそ希望はいじめを受けていた。


 たぶん、希望の容姿も理由のひとつではあったんだと思う。


 あの日までは俺がいたからこそ、表面上ではそれがなかった。


 けれど俺がいなくなったせいで希望はいじめられてしまっていた。


 希望を守っていた俺がいなくなったせいで、誰も希望を守ってあげられなくなってしまった。


「だから後悔したくないの。シリウスちゃんが呼んでいるから、行ってあげたいの。だからお願い、行かせて香恋」


 希望は泣いていた。


 泣きながら懇願してくる。


 惚れた女にそこまで言われて黙っていることはできない。


 でもさ、ここで希望を行かせるわけにはいかない。


 だってそうなったらさ、今度は俺がひとりになるじゃんか。


「ダメだ」


「どうして? 私は、んっ」


 希望の唇を奪う。


 後ろでアルトリアが叫んでいるけれど、いまはアルトリアの相手をしている余裕はない。


 抱きしめながらキスを交わす。それも触れるだけじゃなくて、深い方のキスです。


 ……なんでそっちかなと自分でも思ったけれど、どうでもいい。


 いま大事なのはさ、俺の気持ちをきちんと伝えることだもの。


 キスする前に伝えろよというのはスルーします。


「か、香恋?」


 希望の顏が紅い。


 でもそれは俺だって同じはず。めちゃくちゃ顔が熱いもの。


「希望が後悔したのは知っている。でもさ、俺にも同じ想いをさせるのか?」


「え?」


「好きな女が死ぬかもしれないのに見送って後悔しろって希望は言うのか!?」


「す、好きな女? 私が?」


 希望が慌てている。


 後ろではアルトリアがひどいことになっているだろうけれど、いまは希望を落ち着かせることが先決だもの。


 後のことは、いまが終わってから考える! 


 そんなややぶっ飛んだことを思いつつ、俺ははっきりと言った。


「そうだよ。俺は希望に惚れている! だから行くな! シリウスを信じて待っていろ! 俺をひとりにするな!」


 全身が熱くなるのを感じながら俺は叫んだ。


 アルトリアがすでに吸血鬼モードになっていそうな気がするけれど、あえて気にしないまま、希望を見つめる。


「……信じる、か」


「そうだよ。信じられないか?」


「そんなことはないよ。ただ心配で」


「それが信じていないって言っているんだよ。シリウスは俺の娘だ。だから信じてやってくれ」


 笑い掛けると希望はわかったと頷いてくれた。


 まだ葛藤はあるだろうけれど、それでもわかったと言ってくれた。


 それで俺には十分だった。


 よかったと思ったけれど、まだ終わってはいなかった。


「「旦那さま」ぁ?」


 アルトリアの声。振り返るとそこには血の瞳を浮かべるアルトリアが立っていた。


「話を聞かせてほしいなぁ?」 


 にこりと笑って俺の襟首を掴んで謁見の間へと連れ込んでいく。


 抵抗することさえもできず、俺はいつものように血を吸われました。


 それから一時間、希望はずっと回廊の手前でシリウスを待っていた。


 いい加減中に入ればいいのにとは言えない。


 俺も本来なら隣に立って待っていたいところだった。


 でももう立っていられないんだ。


 相変わらず、アルトリアは致死量ぎりぎりまで吸ってくれます。


「シリウスちゃんなら必ず来ます。だからそろそろ」


「わかっている。でももう少しだけ」


 希望がそう言って回廊を見やった。そのとき。


「わぅ!」


 回廊の向こうから聞き慣れた声が聞こえてきたんだ。

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