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Act2‐59 希望の願い

 台風すごかったですね。

 寝ていたけど←ヲイ

 シリウスちゃんがアルトリアを見つめている。


 私の場所からじゃ顔は見られない。


 でも勇ましそうに振られる尻尾を見るかぎりは、心配はいらないみたいだね。


 まだ会ったばかりの子だけど、この子が強い子だっていうのはわかる。


 自分のしたことと正面から向かい合う。


 シリウスちゃんにはそう言ったけれど、その実それができる人というのは、子供はおろか大人にだってそうそういない。


 自分のしたことと曖昧に言ったけれど、要は自分がしてきたすべてと向かい合うことができる人なんてそうそういるわけがない。


 すべて。


 つまりはいいことも悪いことも。


 自分がいままでに行ってきたことと向き合う。


 少なくとも私には難しい。


 できなくはない。けれど難しいことだよ。


 それこそ幼いあの子にできることじゃなかった。


 でもシリウスちゃんは向かい合っている。


 尻尾を勇ましく振ってはいるけれど、内面でどれほどの恐怖と戦っているのかは窺い知れる。


 それでもあの子は立っていた。


 自分ひとりで戦いの場に立っている。


 すごい子だと思う。


 内面に恐怖のすべてを押し込んで自ら立ち向かっているのだもの。


 少なくともあの年齢の頃の私にはできない。


 あの年齢だと向かい合うことなんて本来はしない。


 駄々をこねるだけがあたり前だった。


 でもシリウスちゃんはまっすぐに自分がしたことを、アルトリアを傷付けたということをみずから清算しようとしている。


 本当にすごい子だ。こんなすごい子のままになったなんて信じられないよ。


 もしかしたらアルトリアの様子がおかしいのだって、シリウスちゃんのまま上だという重圧に負けてしまったからなのかもしれない。


 気持ちはわかるよ。


 こんなすごい子にまま上と呼ばれて慕われているんだ。


 慕われるにふさわしい自分であり続けなきゃいけないって思うのは当然だもの。


 私だってままとして頑張らなきゃいけないって思うんだから。


 私よりも長く、まま上として頑張っているだろうアルトリアがこうなっちゃうのも仕方がないことなのかもしれない。


 そうであったとしても、私はままとしてシリウスちゃんの頑張りを見守ってあげないといけない。


 それがいまの私にできることだから。


 ただ、アルトリアの前でシリウスちゃんにキスをしたのはやりすぎだったかな。


 シリウスちゃんを応援するためだけにしたことだったけれど、いま思えば完全に余計でしたね、うん。


 だってアルトリアの目が怖いもの。


「うちの娘になにをしてくれるんだ」って顔をしているね、あれは。


 いやいやちょっと待とうか。


 シリウスちゃんは私の娘でもあるのだよ。


 だから私がキスをしたところで問題はない。


 というかさ、シリウスちゃんだって喜んでいたじゃんか。


 だから問題ないっしょ。うん、問題ないといいな。


「まま上、話があるの」


 シリウスちゃんが口を開いた。


 どう見ても勇気を振り絞っていますっていう体だね。


 頑張っているなぁと思う。


 実にかわいらしく、そしてちょっとだけカッコいいね。


 いままでシリウスちゃんは「シリウス」って自分のことを言っていたのに、さっきあの子は「わたし」って言っていた。


 いままでは幼い子供だった。


 いまも見た目の上ではそうだよ。


 けれど内面は少し成長したんだろうね。


 一人称を変えたのが、そのいい証拠だね。


 そのことにアルトリアは気づいてくれるかな。


 いまシリウスちゃんは自分の意思であなたと対峙しようとしているってことに。


 自分の意思で自分がしてしまったことを清算しようとしていることに。


 アルトリアは気づいてくれるかな。


 気づかないのであれば、アルトリアはライバルでもなんでもない。


 もし気づくのであれば、ライバルの誕生だね。


 昨日のアルトリアはどこか浮ついていた。


 普段のアルトリアはたぶんああじゃないんだろう。


 普段でもああいう風であれば、私の敵にはなりえない。


 打ち負かすことは簡単だった。


 でもたぶん昨日のアルトリアは普段のアルトリアではないんだろうね。


 もし普段からああいう調子だと言うのであれば、シリウスちゃんがアルトリアに懐くことはなかったと思う。


 まま上と呼んで慕うことはなかったはず。


 せいぜい「おねえちゃん」だったんじゃないかな?


 だけどシリウスはアルトリアを「まま上」と呼んで慕っていた。


 それが答えだよ。


 そんなアルトリアとであれば私はライバルだと思える。


 競い合える相手だと思う。


 それこそ親友にさえなれるんじゃないかな。


 香恋をめぐる恋のライバル兼親友。


 そういう関係に私はなりたいと思っている。


 少なくともいけ好かない相手に取られたと思うくらいであれば、親友と競い合って負けたと思った方がまだ精神衛生上ましだもの。


 だからこんなところで躓かれるのは嫌。


 それにシリウスちゃんがアルトリアを傷付けたことをいつまでも気にしているのを見ているのも嫌。


 アルトリアがどう思っているかはわからないけれど、私としてはシリウスちゃんには笑顔でいてほしいもの。


 元気いっぱいでみんなから愛される笑顔をいつも浮かべていてほしいと思っている。


 その笑顔を浮かべられない要因になるものはできるだけ摘み取っておきたい。


 たとえそれがシリウスちゃんにとっては余計なことだったとしてもね。


 だからこそアルトリアには立ち直ってほしいんだ。


 シリウスちゃんが大好きなあの子に戻ってほしい。


 わざわざライバル候補に塩を送る理由はそのくらいでしかない。


 私だってわざわざ送ってどうするのとは思っているよ。


 そんな意味のないことをしてどうするのって。


 でもさ、こういうのは理屈じゃないんだよね。


 単純に私がそうしたいってだけのことだもん。


 香恋を好きなのと一緒だよ。


 私があの子を好きだと思っているように、アルトリアには立ち直ってほしいって思っているというだけのこと。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 私は正々堂々とあの子と戦いたいだけだもの。


 香恋にはバカ正直だよなぁと言われちゃったけどね。


 でもその後すごく嬉しいことを香恋は言ってくれた。


「でも希望らしいよね。俺の好きな希望らしいよ」


 好きなって香恋は言ってくれたんだ。


 それが社交辞令みたいなものであったとしても、私はそれだけで頑張れる。


 安い女だなと自分でも思うよ。


 それでもさ、女の子というのは好きな人の言葉で一喜一憂してしまう生き物なんですよ。


 それはきっとアルトリアにも同意してもらえることだって信じているよ。


 そう、そんな話を私はあの子としてみたい。


 親友同士で好きな人を取り合うとか、現実ではなかなかに拝めないシチュエーションだよね。


 でもそのシチュエーションに私は全力で取り組む所存なのですよ。


 だから立ってよ、アルトリア。


 昨日の夜みたいにさ、負けないんだからと言ってよ。


 そうしたら私も次も負かせてあげるって言ってあげる。


 ただ昨日みたいにいがみ合うようにではなく、お互いに笑いながら言いたいな。


 だってそっちの方が親友って感じがするでしょう? 


 親友なのだから笑い合いたいんだ。


 笑い合いながらの取り合いをしてみたいんだ。


 だからいまあなたに脱落してもらうわけにはいかない。


 たとえその結果私が負けて、あなたが選ばれることになっても、私は決して後悔しない。


 あなたをこのまま脱落させることの方が私は後悔するもの。


 だからお願い、立ち上がってアルトリア。


 戦うために、競い合うための握手をしおうよ。


 そうして笑い合おうよ。


 それが私とあなたの在り方だって言いたいからさ。


「シリウスちゃん。私になにを言いたいの? だって私はあなたに嫌われて」


 アルトリアが顔を俯かせている。もうどうして俯くかなって言いたいところだけど、無理もないかな。


 でもここで負けてもらうわけにはいかないのですよ。


 となると、私もひと肌脱ぎますかね。


 さぁ、やろうか、アルトリア。


 無理やりでも立ち上がってもらうから覚悟してよね。

 そろそろ第二章も終わりです。

 

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